JUSSI SALMIAKKINEN (ユッシ☆サルミアッキネン)

フィンランド各地の日の出、日の入り時間の変化をウィークリーでご紹介します。

FILE-036 世界を股にかけた中年応援団 その1

2006-03-06 11:50:13 | フィンランドぶらぶら紀行
【トレードマークの大きなブルークロスはよく目立つ!】

上の写真の大きなフィランド国旗にご注目いただきたい。
国旗には何やら文字が書いてある。
彼らこそは、世界を股にかけた中年スキー応援団「SAMPPA RYHMÄ」である。SAMPPA は人名、RYHMÄ はグループの意であり、詳細はよくわからないが、フィンランドで高名な方が主催するスキークラブだったそうだ。(SAMPPA氏は既に亡くなられ、クラブとしての活動は終了しているそうだ。)
彼らは、1985年のノルディック世界選手権ゼーフェルト大会(オーストリア)を皮切りに、五輪やノルディック世界選手権の開催地に揃いのユニフォームで大挙して訪れ、フィンランド選手の応援を続けるおじさん、おばさんたちのグループである。
大きなブルークロスには、 HYVÄ SUOMI ! の文字と男子競技の場合は、 HYVÄ POJAT ! (いいぞ、坊やたち!)、女子競技の場合では、 HYVÄ TYTÖT ! (いいぞ、お嬢ちゃんたち!)のメッセージが書いてある。なんとも、中年の貫禄を感じるメッセージだ。彼らを知ってから、過去の大きなスキー大会のビデオをもう一度見てみたら、彼らの特徴のあるブルークロスがあちこちに映っていた。恐るべし!


彼らとの出会いは、1998年の長野五輪にさかのぼる。
私は、クロカン会場があった白馬に2週間あまり滞在し、クロカンのすべての種目で日本選手の応援をした。その時に、知り合いが彼らの宿泊、移動などの世話をした関係で彼らを知ることになった。当時から、フィンランドに興味があった私は、彼らとコミュニケーションを試みたが、最初のうちはうまくいかなかった。が、私が持っていた日本の鈴(金属製で直径10cmくらいの大きなもの)を彼らの一人が興味を示し、彼の持つピン・バッジ(LAHTI 2001)と交換したことから、交流が始まった。
やがて、長野五輪も終わりを迎え、帰国前に片言ながら、フィンランドでの再会を約束し、別れた。
それから3年、ラハティで行われたノルディック世界選手権で彼らとの再会を果たすことができたのだ。



ただ、その頃はフィンランド語はほとんどわからなかったので(今もそれほど変わっていないけど)、英語がわかる人をたよりにコミニュケーションするしかなかった。それではまずいと思い、以後フィン語を学ぶようになったのだ。彼らの中でも、当ブログ既出の Timo おじさん(大きなブルークロスの所有者)とは、今もつき合いが続いている。


ノルディック世界選手権ラハティ大会・2001年2月撮影

コメント (6)
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