SWORD中央ラボ分室

『アストロミゼット』HPブログ出張版
自企画の紹介が主ですが「小サイズ可動フィギュア」の可能性も広く研究しています。

【ノベル】『覚醒する夜』・5

2008-09-08 00:51:44 | Novel
 「おーい…!」
二人が消えた地面をギイチが覗き込んだ。
そこにはぽっかりと大きな穴が開いており、穴の縁には板ガラスの破片がギザギザに残って、まるで大口を開けた獣の顎の様である。
中は暗く、下ではどういう状況になっているのかここからでは確認する事が出来ない。
 「テツヤー!アイコさーん!」
…返事がない。ギイチは一度顔を上げて周囲を伺う。
先程の何ものかはまだ身を潜めているのか、それとももうどこかに行ってしまったのだろうか…今はその気配が感じられない。
とりあえずの安全を確認したギイチは身を低くして地面を観察しはじめた。暗闇の中では見下ろすよりもこうして視線を落とした方が良く見えるのだ。
叢に隠れていて分からなかったがその地面にはガラス窓が存在していた。
穴の開いた窓枠の横にも、数m置きに同様の窓を見つける。ギイチは穴の開いた窓枠に目を戻した。
窓ガラスは、恐らく強化ガラスなのだろう、意外に分厚く、本来ならば人が乗った程度では割れなかったのだろうが、どうやらここは長い年月の間に亀裂が生じてしまっていたらしい。アイコはちょうどその最も脆い部分を踏み抜いてしまったのだ…。
 「テツヤっ!アイコさんっ!大丈夫ー?」
相変わらず返事はない。
ギイチは腰のストックからプロポを取り出しジャイロプレーンを始動させる。
一度穴の上空で大きく上下させ作動状況を確認すると、そのまま穴の内部に滑り込ませて降下してゆく。
機体が空間の床付近まで降りてきたところでギイチは膝に乗せた液晶のディスプレイを頼りに小刻みにステアリングを操作し、ゆっくり旋回させた。
ハイビームで照らされた周囲の映像がジャイロプレーンから送信されてくる。中は思ったよりも広いホールになっているようだ。
倉庫として使われていたのであろうか?何やら色々と資材が置いてあるように見えるのだが、CCDの画質が荒くてもうちょっと寄らなければその特定は出来ない。
ギイチは更に周囲を旋回してテツヤとアイコの姿を探した。
いた!二人はどうやら折り重なるようにして倒れている。ギイチはジャイロプレーンを着地させるとハイビーム光を二人の顔に向けた。
 「う…うぅ…ん…」
小型ながら強烈な光に刺激を受けてようやくテツヤが息を吹き返した。
 「テツヤ!アイコさん!」
 「…っ痛てててぇ~っ」
 「テツヤっ!」
 「大丈夫…生きてる…」
遥か下方の暗がりからテツヤの声が聞こえてきた。
 「う~っ…テツヤ…重い…早く退いてよ…」
少しこもってアイコの呻きも聞こえてくる。二人とも無事のようである。
 「大丈夫?ずいぶん深そうだけど…」
 「ああ、すっげぇ高い。10mはありそうだ」
大袈裟だ。さっきの操作感覚から計って多分3~4m程度だと、内心思ったがそれは口に出さずギイチは二人に呼びかけた。
 「待ってて、今ロープか何か下ろすから」
言って、ギイチは辺りを見回す。だが周辺にはロープらしきものは見当たらない。
これだけ用意周到に装備を整えて来たギイチであったが、実は持って来た荷物にロープは無かった。
よく聞く話では冒険にロープは最低限の必需品であるのだという。
ギイチもそれはよく承知していたので出発前に一度準備はしていたのだが、ロープというのは案外かさばるもので結局断念してしまっていたことを今さらながらに後悔する。
だがそこで思考を止めてしまうわけにはいかない、「こういう場合は…」ギイチは頭脳をフル回転させる。
 「…そうだ、蔦…!」
思いつくが早いか屋敷の壁にすがりついたギイチは壁に絡まる蔦を引き落としにかかる。
根の部分はそのままにして、それを何本か三つ編みの要領で束ねると即席ロープの完成である。
 「今からロープを下ろすよ。僕たちが上で引っ張るからこれで登ってきて!」
ギイチは蔦のロープを穴の底に落とすとプロポをベルトにストックしてロープを自分の腕に絡める。
上の様子の分からないまま穴の開口部を見上げていた二人の許にするすると蔦のロープ下りてきた。
ばらばらと土砂が一緒に落ちてくるのを若干嫌がりながら、テツヤはジャイロプレーンの明かりを頼りにそれを手繰り寄せる。
 「ありがてぇ!」
 「ちょっと、普通女子差し置いて先行く?」
テツヤとアイコはロープに手をかけると、順にそれをよじ登り始めた。ぐん、と蔦越しに二人の重量が伝わってくる。
双方同じ人数でも向こうは男子としては小柄なテツヤと女子のアイコ、以前聞いた二人の体重申告に嘘がなければ支えるこちらの側の方が重いはずである。
更に蔦の根は残してあるわけだから理屈の上では充分に支えきれる計算…のはずだったのだが…。
ギイチの後方で何かが千切れる音がする。
 「えっ?」
一瞬の嫌な予感を頭の中で認識する間を与えず、途端に負荷が増した。下からの重さが二人の手に食い付いてくる。
 「あ…わあっ?!」
蔦が根元から引き抜け土くれが舞う。出し抜けに支えを失くし、引っ張られたギイチたちはそのまま引きずられる。
結果的にギイチ一人で二人分を支える形になってしまったため地上の二人はその体重差に負け、一気に穴に引きずり込まれてしまう。
とっさに手を伸ばしたギイチではあったが、足元のリュックを掴むこと叶わず奈落の底に姿を消した。

 (…チッ…!)

その数瞬前、二人がまさに落下しようとする刹那、叢から小さな影が飛び出していた。
影は落下してゆく「巨大な」蔦の弦を無造作に引っ掴む…が、それは握力そのままにむしり取られて手元を抜けていってしまった。
先程少年が残していったリュックの脇を駆け抜け、そのわずか四半分ほどの大きさの人影はやや忌々しげに穴の底を覗き込んだ。
 「…しまった…厄介な事になってしまった」

地下の暗がりに消えた少年たちを、何とかして上に引っ張り戻す方法…それもできればこちらの存在を悟らせずに自主的にそうしてもらう手段を周囲に求める人影。だが残念ながら効果的な「偶然」は見当たらない。
それ以外の方法もあることにはあるのだが、それはどれもこちらの「存在」と「意図」を今以上に相手に知らせてしまう不自然さを伴うものであった。それは都合が悪い…。
人影はしばし考え込んだ後、宙に浮かぶと屋敷の二階に消えていった…。

 「あいたたた…」
 「ご…ゴメン、二人とも、大丈夫?」
 「大丈夫じゃない。早くどけ…!」
 「…う~、まただ…重~い!」
ギイチたちは蔦のロープを上りかけていたテツヤとアイコの上に落ちてしまっていた。
 「あ~っ!ロープが!」
頼みのロープも根元から落ちてきてしまっては処置無しだ。
 「どーすんだよ!このヘマっ!」
 「ごめん…蔦の強度はちゃんと考えたんだけど…ね…」
蔦の根の方の強度は計算外であったことには口を濁すギイチは二人から逸らした目をそのまま頭上に向ける。
 「でもどうしよう?これじゃ出れない」
天井まではおよそ5m弱はありそうだ。子供にとってはまず手の届く高さではない。
 「ギイチ、お前の腕ならそのラジコンでロープを上に引っ張り上げて、どっかにくくりつけるってこと出来んじゃないか?」
 「無理だよ、こんな小型のジャイロプレーンじゃこれだけの体積を吊り上げるほどの出力は出せないし、第一、誰が上でくくりつけるの?」
 「あ…!」
テツヤはガクリと頭を垂れた。その頭を押しやってアイコの顔がせり上がってくる。
 「どこか他に出口を探しましょ。大丈夫、出入り口の無い部屋なんて無いもの」
ややこれ見よがしに、腰をさすりながら立ち上がったアイコは奇跡的に難を逃れていたジャイロプレーンを持ち上げるとハイビームで周囲を照らす。
 「!」
一同は周囲の光景に思わず息を呑んだ。
その空間は一見すると蔵の中の様に思えた。部屋としては相当広く、公民館の集会場くらいはあるな…と最初ギイチは感じていた。
中央には太い柱を取り囲むように、木組みの棚が島状に設置され、また、四方の土壁にも据え付けの棚が建ち並んでいる。
そしてそのいずれにも所狭しと古今東西の様々な物品が展示されていた。

どこかの寺社に置いてありそうな、金色の箔が剥げかかった大きな観音像。
昔の映画でしか見たことが無かったラッパ型の増幅器をもたげた蓄音機。
色あせた真鍮のトランペットはあちこちにデコボコとしたへこみがある。
煤けた古い民芸品はいくつも並んでこちらに能天気な笑顔を向ける。
革張りの大きな本には英語でタイトルが記されていたので何の本だか分からない。
玩具もある。ブリキやセルロイドの人形、どれも手垢で汚れて所々壊れていた。
中には何に使われていたのだか、その用途も分からぬ機械部品といったものまである。
とにかくその膨大な物量に圧倒される。まるで博物館みたいだとテツヤは率直に感じた。


いつの間にか四人はたった一つの明かりを頼りに部屋中の品々の鑑賞に耽りはじめていた。
 「すげぇ、これ『お宝』かな?一体いくら位するんだろう?」
テツヤが展示してある品をしげしげと眺めた。
 「どうだろね、こうしてみると貴重品には見えないものまで一緒くたになってるようだけど…」
 「でも変じゃねぇか?何で山奥の廃墟にこんな沢山の物があるんだ?」
 「…うん、それは僕も気になってた」
テツヤの疑問にギイチも灰皿なのか花瓶なのか、丸ぁるい大きな口を開けた何も考えて無さげな表情の人型の焼き物をしげしげと眺めながら同意する。
 「…盗品…」
 「えっ?!」
ポツリとアイコが呟いたのに対し一同がぎょっとして目を向ける。
 「…って、まさかね…」
そう言って自分の発言を撤回したアイコには言葉になる根拠は無い、が、ここに陳列されている物品を見て彼女にはどうしてもそうは思えなかったのだ。
まだこちらを見ている三人に、アイコは手をひらひらとさせて否定の意を示したが、それに続く台詞はほぼ独り言に近いものだったのでどうやらギイチたちには聞こえなかったようである。
 「どうにも『こっち』はのどか過ぎるのよね…こんな状況だってのにさ」
アイコにはさっきから気になっている場所があった…。

 「テツヤ!こっちに扉があるよ」
一同はギイチの示す方へ向かう。部屋の果てまで歩いたところにいかにも頑丈そうな木製の観音開きの扉が立ち塞がっていた。
ノブを掴みガチャガチャ回す。が、扉は堅く閉ざされまるで開く気配が無い。
テツヤはそれでも諦め悪く押したり引いたりしてみたが、それで何か変化があるわけではなかった。
 「鍵でもかかってるんじゃないのかな?」
 「…いや、何か鍵とは手ごたえが違うんだよなぁ。実は引き戸とか、どんでん返し…なんてことは…」
 「それは無い、と…思うよ」
忍者よろしく扉に背中を付けたテツヤにギイチが突っ込みを入れる。
 「こーゆーのこそアイコの専門だろう…って、あれ?あのメガネおサルはどこ行った?」
 「え…さぁ…?」
テツヤは周囲を見渡す。先刻テツヤと一緒にお宝を眺めていたアイコは、いつの間にかどこかにいなくなっていた。
 「あいつ、ド近眼なのに明かりも無しによく動き回れるな」
 「近眼と夜目が利くのは違うと思うよ、多分…」
すると反対側の部屋の奥からアイコの声が聞こえてきた。
 「みんな、ちょっと来て。こっちにも部屋がある」

声の先、観音開きの扉の対面の奥まった隅に一層古びた木造の階段があった。
階段は床下に続いており、階下に下りて見るとそこも同じような展示室であった。
先ほどの部屋とは異なり大分暗く感じるのは天井に窓が無いせいであろうが、何やらギイチはそれ以外の「不穏さ」に気付く。
確かに部屋全体が妙に重々しい雰囲気になっているのは闇と、それがかもし出す恐怖感もあるのだろうが、それ以上に部屋に置かれた展示物が何よりも不安を呼ぶのだ。
実際展示物の多さは上階と変わらないが、随分物々しい品が増えたような気もする。
上の階の品々に比べると確かにずっと高級そうな骨董品が目に付くのであるが、テツヤもまたここに展示してある品々に、うまく表現できない気色の悪さを感じていた。
これに比べたら上の階に置いてある品々の方がよほど「価値」あるもののように思えてならない…審美眼なんて気の利いた感性は無いがテツヤには確かにそう思えたのだ。
それにこの場にいるとどういうわけか、沈んだ気持ちとあまり気分の良くないネガティブな感情に支配されそうで、アイコはのしかかってくる「何か」に気が遠くなりそうだった。
…あまりこの部屋に長居したくない…申し合わせたわけではないが、それが三人の共通の結論となった。
いずれにしろこんなところでにわか品評会を開いたところで意味はない。若干一名の興奮をよそにギイチが一同に促した。
 「三人とも、もう行かない?ただでさえ地面から落っこちてここに来たんだから、これ以上下に行っても出口は見つかんないよ、きっと。」
本音はこの場を離れたい言い逃れなのだが、ギイチの判断ももっともで、実際上の階に扉があり、且つ室内の階段がこの部屋につながっているのであれば、より深い層に続く構造がある可能性こそあれ、この階に上と同じような扉があるとは考えにくい。
ならば奥まで探索する必要も無く常識的に考えればこちらが最終的には袋小路となることは明白である。
三人は今はギイチの手にある明かりの下に集まると元来た階段に足を向けた。

 「おをっ?」
扉の前に戻って来て、テツヤがすっとんきょうな声を上げた。あれだけ頑丈に閉ざされていた扉がいつの間にか薄く内側に開いていたからだ。
 「何よ、開いてるじゃない。本当に閉まってたの?」
先程の下の階の気分悪さが少し残っていたのかアイコが必要以上のキツさでつっかかってくるが、テツヤにしたってそんな責められるいわれは無い。
とは言え目の前の事実には首を傾げるしかすべは無かった。
 「…おっかしいなぁ、さっきは確かにしまっていたのに…。ギイチも見てたよなぁ?」
 「うん、確かに僕も確認したよ」
確信は持ちつつもギイチは少し自信なさげに応じた。
 「あ、そう。ま、ギイチ君がそういうなら本当かも。それは変だね?」
 「俺が言うと本当じゃないってのか!」
牙をむくテツヤをアイコはしれっとかわす。
 「まぁ、いいじゃない。どっちにしろ出口が見つかったのはラッキーだし。ねぇ、さっきから推理してたんだけど、もしかしたらこの部屋、屋敷の地下室なんじゃないかな?」
 「おぇ?」
 「あ…、確かに!」
 「同じ敷地内にあるんだから、ここが屋敷とは別の独立した建物だとは考え辛いじゃない」
 「…つーことは、中に入る手間が省けたって、ことか?」
 「そゆ事!結果オーライだけども、ね!」
 「あ…やっぱし、二人ともまだ探索諦めてなかったんだ…」
ギイチは二人の顔を覗き込む。二人の瞳がやけにキラキラしているのだから答えはもう、言わずもがな、…だ。
テツヤが意味ありげな薄ら笑いでギイチをにらむ。
 「まさか今更やめようなんて、言わねぇよな?」
ギイチは肩を竦めてかぶりを振った。この状況でどう反対しろというのだろうか?
 「言わないよ。こうなったら一蓮托生だしね。…ただね、もしここに誰かが住んでいるとしたらどうする?僕たち不法侵入者だよ。…これも今更、だけどね」
実はちょっと前、屋敷の外を探索していたあたりからからギイチはその可能性に思い至っていた。別に意図的にそれを黙っていたわけではないのだが、思わぬアクシデントが続いたため口にする機会を失くしていたのだった。
常識といえば至極常識的な事実に、こちらはそんな可能性すら考えていなかったテツヤがうっと、言葉に詰まってしまった。
 「こ…こんなトコに人が住んでるはずないじゃないか…」
 「絶対?万が一、ってこともあるよ?」
珍しく簡単にアドバンテージを手にすることが出来たためか、図らずもギイチがテツヤに詰め寄る形になる。
三人の間でギイチが意見を述べるときは大抵何らかの論拠をもって話すことが多い。従って(滅多に無いパターンだが…)こういう場合、テツヤには感情論で押し切る以外に反撃する手段は無いのである。
しかもすでにギイチの推測に半ば納得してしまったテツヤには、もはや返す感情論さえ無い。
一方攻勢に出ているギイチもまた、こういう局面に慣れていないためどう収めたもんだか、実は内心困ってしまっていた。
周囲に妙~な停滞感と気まずさが漂い始めていた…。
 「その時はさ、みんなで謝っちゃお!」
唐突に晴れやかな笑顔で二人の間に割って入ってきたアイコの言葉でその微妙な場は救われた。
 「悪いことした事には違いないんだし、その時は素直に謝ろうよ!その代わり、それはそれで幽霊屋敷の謎が解けるんだからさ」
今に始まったことではないが、アイコの探究心は良くも悪しくも純粋な知的好奇心から発するものである。アイコにとってみて、自分の好奇心が満たされれば、後はそれをどうするとかそんなことは二の次なのだ。
尤も、後日その事で決まって彼女は自己嫌悪に陥るらしく、その原因(今回の場合…そして大抵はネタを持ち込んだテツヤ)に対して怒りをぶつけるのだが…。
無邪気といえば無邪気だが…ギイチは暫く天を仰ぎ、それから両手を二人に開いて見せた。すでにそのつもりでいた降参の意思表示として…。
 「アイコさんがそう言うのなら、ね…」
 「うん、ありがとね。ギイチ君」
 「ぃ良~し!そうと決まれば改めて、探索開始だ!」



 「…困ったな。やはりそういう結論に辿りついたか…」



突然、展示室に聞き慣れぬ男の声が響き渡った。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【カスタマイズ】脚部をカス... | トップ | 【カスタマイズ】腕部をカス... »
最新の画像もっと見る

Novel」カテゴリの最新記事