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夢物語610

こんばんは。
締め切りがございましてこの物語がなかなか書けません、

今朝は、不思議なシーンの夢でした。ある白い部屋で仕事をしているのですが、違う職場の友人が増なぜか仕事をしています。少しずつ人が増えていき、気がついたらたくさんの人が同じ部屋で仕事をしている、という夢です。
友人は他の人と少しトラブルがありましたが、その人に謝ってまた仲良く仕事をしており、私はそれを見て安心しました。

それとは別にデパートような建物に行ったシーンでは、エレベーターが止まっていて希望の階に上がれず、2階はボタンが押せたので、行ってみたらもう閉店しており、どなたかが亡くなった(?)という雰囲気でした。「あまりに複雑すぎて、判断が難しくなった」というようなことを周囲の方が噂しています。私は鍵のようなものを白髪の上層部らしき方に渡して帰ります。

昨日はとても綺麗な海の夢を見ました。とても綺麗な白い砂浜を歩いて、海辺に立つ夢です。
何か今よりも少し昔の昭和30年代位の雰囲気で皆が素朴な綿の洋服を着ている夢です。白いシャツとベージュのパンツという感じです。
神社のお祭りのような簡素な出店では、黒いバックやパンプスなどが仕事ように売られていました。
皆で写真を撮ったりしています。写真に写った海もとても綺麗でした。

先々日は何かが奥にいるような少し暗い川の夢を見ました。海の夢の前日で、手すりが低くて近づくのが不安になるような印象があり、そこから離れる夢です。

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「みこころ」は、大切に畏れ敬うべきものと思っております。

でもこちらに器がないとそのメッセージをうけとったり、生かすことができないので、そのようなことがないように研鑽が求められるように思います。「みことば」は意味というよりは喜びあるいは感動を感じとるもの、のように思います。

どのような職務にも家庭での生活にも「みこころ」はあり、昭和の頃はその厳しい面が強調されておりました。あらためて「みこころ」の何が素晴らしいのかを自分に問うてみたいような気持ちがございます。

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富士山は数年前から厳しい雰囲気を持たれていて、自然はやはり大切にすべきものと思います。
自然の「みこころ」には大変大きな時空間があり、アリのような私にはその大きさははかりしれません。ただ、未熟なりに器を磨くことと、大自然に感謝をすること、は何か厳しさが和らぐように思われます。

家に帰ってくるとユリの花の良い香りがして大変嬉しい気持ちになります。
花が咲いている、とか虫が鳴いているというのは生命を感じて尊いものです。

日本に住む方は小さい頃から漫画やアニメでイメージの情報量は世界最高峰と思われます。どのようにイメージを共有するのか、辰の年は楽しみたいものです。

こちらに書いていることは創作物語です。

今日もありがとうございます😊






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