ヤンディーズ

現在闘病中で「病んでいる」ボーカル&ギタリスト、「太郎」の独り言

ザ・ストンパー、上田馬之助、鶴見五郎VSアレックス・スミルノフ、ジプシー・ジョー、キューバン・アサシン

2023年05月14日 | プロレス
スター選手が居ないし外国人レスラーも夢が有る感じでは無いのですが
モンゴリアンストンパーという超一流選手を招聘した国際プロレスの
外国人側対決が面白かったりしました。
何だろ?国際って昭和の哀愁と懐かしさを感じるんです。

現在の「間」が無い、スピーディーでテクニカルな技の応酬の
現代純プロレス。長州革命でハイスパートプロレスという革命が起きる迄
こういう大袈裟で間のある打撃等のプロレスが楽しかったりします。
初代タイガーマスクでさえ、しっかり間を取りレスリングをして
そこで魅せる素晴らしい空中殺法が光ったという事で。
ストンパーを意識するスミルノフのハイキックと
名前の通り、ストンピングを魅せるストンパー。
個人的に鶴見とキューバアサシンの攻防が好きです。
こういう見せ方も昭和というか。
上田とジョーが脇役という感じ。
会場は盛り上がっていない様に感じますが
そこで試合後のヒール外人側選手のラフな乱闘が映えたり。
相変わらず鶴見のフロントスープレックスは美しいですな。


国際プロレス '79.11.16 ザ・ストンパー、上田馬之助、鶴見五郎VSアレックス・スミルノフ、ジプシー・ジョー、キューバン・アサシン


このメンツって意外と複雑で
国際エース格のジプシージョーに、リーダー役のアレックススミルノフが
強いジェラシーを持っていた事、
上がるリングを作ってくれた吉原社長の恩をアメリカで苦い思いをしながら
ビジネスライクか?先への諦めか?国際を去る上田への
国際メンバー達の怒り。マイティー井上が語るには
ストロング小林の去り方と変わらない、という事の様です。
そして、キューバアサシンは恐ろしく喧嘩が強いという噂も。
(目玉をえぐり出すとか)

「間」の使い方という面、今地上波で観れるプロレスでは
新日本プロレスのチャンピオン、オカダカズチカが上手いのかな、
と思います。

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2 コメント

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Unknown (凸椪)
2023-05-18 18:34:10
ストンパー選手は1970年あたりに旧日本プロレスに来日したのを、その頃、放映開始したばかりのNET(現テレビ朝日)で視ました。ヒールのないブーツを履いた“踏み潰し男”という触れ込みでしたが、数か月後には別人で「ストンパー」を名乗るレスラーが来日してファンと戸惑わせたものです。日プロ幹部でTV解説をしていたE藤K吉氏は、申し訳のように後者の方が強いと述べていたのは失笑ものでした。両ストンパーを区別する意味から、その後前者を「モンゴリアン・ストンパー」と称していたようですが、ゴッツイ印象ながらどうにもモンゴル系には見えませんでした(笑)。大相撲で横綱クラスにでも昇進していたらモンゴル人と信じていたかも知れませんが…。ただG草津をスリーパーホールドで失神させるほどのパワーは特質ものでした。
私が国際プロレスをナマで観たのは再末期の都市興行のみで、ほとんどはテレビ観戦でしたし、丁度、その頃(1980年)には地方転勤中で、その地では国プロのテレビ放映も2週遅れでGジョー、スミルノフも記憶が薄かった。何れの選手も全米主要マーケットでは一流とは言えなかったため、多少ファイトマネーは安くてもオファーのあった国際プロでトップ外人となっていたのではないかと感じました。
国プロ解散(倒産)後になって再度、彼らを全日・新日で彼らを観ることになるわけですが、アサシンだけは見逃しました(別人の「アサシン(刺客)」は視(観)ましたが、全身着ぐるみのマスクマンでした)。以前にここのブログでも取り上げていたキング・ハクなどアイランド系のレスラーは、私生活でも荒っぽく喧嘩が強い人が多いように思います。
若い頃の猪木とストンパーはタッグパートナーだったそうで、猪木のカナダ遠征の時にカルガリーでリングへ乱入して猪木を助太刀したのを新日中継で視た覚えがありますが、直後のシリーズに参戦を予定されていながら何故か来日キャンセルになっていました。
上田馬之助は(カブキの言では)ガチンコに強くてもレスリングは“塩っぱい”という特性からラフファイターとして生き残る道を選んだのでしょうが、マジで正統派的なレスリングを取っていた日プロ時代は確かに退屈な試合でした。意外と好人物だったそうですが…。
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Unknown (太郎)
2023-05-19 19:29:16
凸樫さん

当時既にアメリカのテリトリーでやっていくのはギャラは
厳しい状況だったそうです。スミルノフは各テリトリーで
トップを取っていたそうですが、それでも家族を養うのはギリギリだったと。
(後に猪木とのシングル戦が組まれますが)
そんな状況下で国際から常連のオファーが有ると。
後にスミルノフもジョーもギャラアップで全日本に移った訳ですし
当時アメリカ、カナダの選手はNWAやWWFのビッグテリトリーで活躍しないと苦しい時代だったと。
この頃、再びAWAのガニアやニックが来日してますが
国際は鶴見クラスの選手には2年位ノーギャラだった様で
ストンパー招聘は大剛のカナダルートだと思いますが
私が子供の頃から存在を知っていた大物でした。
どう見ても「モンゴリア」では無いですが子供の頃は
キラーカーンもモンゴル人と思っていた位です。
スミルノフやジョーより格上というだけあり
ストンピングだけで迫力有り、魅せる力を披露してる様に思えます。
そして一流だけあって来日中、時間が有ればジムでトレーニングしてたそう。
今、技1つで魅せられるプロレスって無いと思うんです。
今、手元に有る元ゴング編集長の小佐野氏の本が有りますが
日プロ時代から名前の付け方はデタラメだった様ですね。
あのアブドーラ・ザ・ブッチャーさえも本人来日前に
覆面レスラーのブッチャーが来日したそうですし。
キューバアサシンは先程、とある動画を見ていたら
前田、猪木Vsアンドレの歴史的試合が有った
第4回IWGPリーグで来日している様です。
船木のYou Tubeチャンネルでキューバアサシンの恐ろしさが
語られた事が有りました。
上田は、小佐野本によると専門家でも何とも評価し辛い選手の様です。
アメリカでも後輩のカブキやナガサキの下のカードでやっていた様で。
ただ、律儀な人柄と中途半端なまだら金髪にし
独特の存在感が有ったと。
vs馬場の不穏試合では関節技の攻防が有ったり
山本小鉄やヒロ斉藤戦では壮絶な流血マッチが有ったりで。
この3試合のインパクトは凄かったです。
個人的にジプシージョーはとても好きな選手です。
新日本に来ていた後のヨコズナとワイルドサモアンが路上で喧嘩になり
凄かったそうです。それを見た田中ケロ氏は
「日本人選手、勝てねえなぁ…」と語っておりました。
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