たかきの独りごとパートⅡ

近況報告(感謝・感動・感心をテーマとし、今年度は家庭菜園が中心予定です。尚、不定期更新とさせていただきます。)

◎稲盛氏、日航会長就任へ

2010-01-14 08:23:58 | 日記
☆富士山ライブカメラは、三ツ峠山山頂より(今朝7時56分)


☆富士山ライブカメラは、忍野八海より(今朝7:49)


★昨夜も風が強く、今朝も冷え込んでいる。気温は0度Cで、近くの水たまりなどは、氷になっていた。今季初めての氷である。山陽高速道は福山西ICと広島IC間が通行止め、又高速バスは広島と益田間のR191の一部が運休という。今年は、ことのほか雪による影響が多い様に感じる。週間天気では、来週からは少し気温も上がりそうである。もう少し暖かい日になって欲しいものである。
今日の朝刊一面には、稲盛氏の日航会長就任関連記事がある。
朝日=稲盛氏、日航会長就任へ「無給で働かせてもらう」
日経=日航CEOに稲盛氏国交省「社員の意識改革期待」
読売=京セラ・稲盛名誉会長日航会長への就任受託

・稲盛氏は鳩山首相からの要請後、記者団に対し「私なりに協力したいと申し上げた。社員の方を救うために努力したい。国のシンボルである日航というより、社員の幸せのために」と述べた。そのうえで「私も年なので、週に3、4日の勤務でやらせて頂くことになる。無給で働かせてもらう」と述べた。(朝日新聞)

日航が事実上倒産の危機に陥ったのは、経営陣・政治家・官僚の方の責任は免れまい。
稲盛氏が49000人近い従業員の幸せを心配されておられるのが印象的だ!やはり、氏は会社の発展より従業員の幸せを第一に考えられる経営者と言えよう。
是非稲盛氏の経営手腕に期待したいものである。
合わせて国内の航空行政全般について、見直す機会になればと思っているが?

☆株式会社日本航空インターナショナル:沿革

市場情報 東証1部 9205 2002年10月1日上場
大証1部 9205 2002年10月1日上場
名証1部 9205 2002年10月1日上場

略称 日航、JAL、ジャル
本社所在地 日本
〒140-8605
東京都品川区東品川二丁目4番11号
設立 2002年(平成14年)10月2日
(株式会社日本航空システム)
業種 空運業
事業内容 航空輸送事業およびこれに関連する事業等を営む会社の持株会社として、これら事業会社の経営管理ならびにこれに付帯または関連する業務
代表者 西松遙(代表取締役社長)
資本金 2,510億円
売上高 連結:1兆9,511億58百万円
単独:184億95百万円
(2009年3月期)
純利益 連結:△631億94百万円
単独:29億59百万円
(2009年3月期)
総資産 連結:1兆7,506億79百万円
単独:1兆0,634億14百万円
(2009年3月期)
従業員数 連結:48,934名 単独:12人
(2009年4月30日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サ-ビス信託銀行4.07%
みずほコーポレート銀行 3.44%
三菱東京UFJ銀行 3.07%
三井物産 2.74%
東急電鉄 2.40%
日本政策投資銀行2.39%
東京海上日動火災保険2.09%
(2009年3月31日現在)
主要子会社 (株)日本航空インターナショナル 100%
外部リンク http://www.jal.com/ja/
特記事項:平均年収:8,107,000円

◆過去の出来事・トピックス
・警視局の改革が行われ、再び警視庁をおく(1881)

・ホーチミンがベトナム民主共和国の独立を宣言(1950)
・伊豆大島近海地震。死者25人(1978)

・南極で生きていた! カラフト犬タロ&ジロ(1959)
 1956年秋、日本の南極観測隊が「宗谷」に乗り、東京港を出発。11人の隊員とともに15頭のカラフト犬も犬ぞり隊として参加した。翌年1月には南極に昭和基地を開設したが1958年、再び南極を訪れた「宗谷」は厚い氷にはばまれ基地に近づけず、第2次越冬隊を送り込むことを断念。やっとのことで11人の越冬隊員をヘリコプターで救出したが、15頭のカラフト犬たちは無人基地に置き去りにされた。翌1959年のこの日、ヘリコプターが南極の雪上に動くカラフト犬タロとジロを発見、2頭の生存を確認した。その後、ジロは南極で死亡したが、タロは5年後に日本に帰国し、余生を北海道で過ごした。


◆記念日・年中行事・お祭り
・裸の若者が護符を奪い合う、どやどや(大阪府)

◆本日の誕生日
・ 三島由紀夫(作家・1925)、石田純一(俳優・1955)

☆今日の「誕生日の花と花言葉」
・ツバキ(ツバキ科)
・気取らない優美さ

☆「きょうの一句」
・椿折てきのふの雨をこぼしけり  蕪村

~心に響く366の寸言~

【大努力 2】

秀れた者となるためには、
人の数倍の努力と苦労をしなければならない。

人の寝るところは半分にし、
人の食うところは半分くらいにしても、
努力するところは人の十倍も二十倍もやるだけの
元気がなければならぬ。
 
二十歳前後や三十歳前後は、
いくら力(つと)めても疲労などするものではない。
心身ともに旺盛(おうせい)な時である。

まかり間違って病気になったり死んだりすれば、
その時は天命と諦(あきら)めるのである。

学徒が学問のために死ぬのは本望ではないか。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)
  http://shop.chichi.co.jp/item_detail.command?item_cd=746&category_cd

☆1月14日 松下幸之助[一日一話]

<不景気またよし>
好景気は結構だが、不景気は感心しないという。たしかに、その時点時点で見るとそうであろう。
けれども、そういう一コマ一コマであっても全体について見たら、不景気の過程もまた偉大なる生成発展の一つであるとも考えられる。
不景気のときには苦しく困難ではあるが、不景気なるがゆえにはじめて得られるものがある。不景気になったために知らなかったことを知った、ある悟りを開いたということがある。それによって次の手が打てる。だから不景気のときには、伸びているところも少なくない。そういう見方をするならば、不景気もまた結構ということになると思うのである。

☆「たかきの独りごとパートⅡ」はブログの開設から 173日
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タイトル:たかきの独りごとパートⅡ
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