〇 「自動運転サービス」と聞いたときに、最新技術を採り入れた乗り物を思い浮かべる人が多いはずだ。実際そうした研究開発や実証実験などが国内各地で進められているが、そのなかにひときわ異彩を放っているサービスがある。特定条件下において自動運行装置が運転操作の全部を代替する「レベル4」のサービスでありながら、ローテク(ロー・テクノロジー)であることをアピールしているのだ。
本記事では、このサービスの特徴と実現までの経緯、実現させた人々が考える自動運転サービスのあり方を紹介する。
いきなり登場したのではなく、レベル4へとアップグレードした。
「ムササビが皮膜を広げて滑空しているような形」と例えられることがある福井県。その県庁所在地である福井市から少し東、ちょうどムササビの顔がありそうな部分へ向け30分ほど車を走らせたところに永平寺町がある。町名は曹洞宗の大本山である永平寺に由来し、その近隣の沿道では修行僧がタンパク源として食べてきたと言われる「ごまどうふ」が名物として売られている。山々や田畑が広がる自然豊かなエリアだ。
この永平寺町における公道扱いの小道において、2023年5月より国内初となるレベル4の自動運転サービス「ZEN drive」が提供されている。今回は、現地で同事業の担当者に話を聞くとともに、実際に乗車させてもらった。
経済産業省と国土交通省が進めている「自動運転レベル4等先進モビリティサービス研究開発・社会実装プロジェクト(以下、RoAD to the L4)」の説明によると、自動運転には「運転支援」のレベル1から「条件のない完全自動運転」のレベル5までの5つのレベルがある。ZEN driveにおいて実現しているレベル4は上から2番目のレベルで、「限定条件下の完全自動運転」となっている。
ただし永平寺町における自動運転サービスへの取り組みは、ここ1~2年でいきなり始まったものではない。レベル4という強いキーワードにスポットがあたりがちだが、一連の取り組みとしてみると7~8年をかけて徐々に進行してきたプロジェクトである。
ZEN driveは、永平寺町を舞台に実証実験過程を経て実現した自動運転サービスだ。法制度が整うにつれて、当てはまるカテゴリがレベル2から3へ、3から4へとアップグレードしてきた。本稿では、レベル4というカテゴリを見据えた実証実験を経て、自動運転サービスが提供されるに至るまでの過程に焦点を当てたい。
ZEN driveは、前出のRoAD to the L4が進めているプロジェクトの1つだ。2021年に立ち上げられたRoAD to the L4では、様々な実証実験が実施されてきており、その1つとしてZEN driveがあるという位置付けになる。
この自動運転サービスが、2023年3月30日に道路運送車両法に基づいたレベル4自動運行装置としての認可を取得し、同年5月11日付けで道路交通法に基づく特定自動運行の許可を取得した。そして5月21日から、自動運転移動サービスとして一般向けに提供されだしたという運びだ。
ZEN driveの自動運転車両は、サービスが提供されている日の定刻になると、遊歩道上の決められた路線を走行する。乗車料金を支払えば、予約なしで乗車が可能。ルートは人の多い市街地を通っているわけではないため、市民の足というより、観光客の興味を引くような存在になっている印象だ。
レベル3の段階では、例えば自転車などが通って車両が動けなくなったような場面において、遠隔地にいる人が代わりにハンドルやブレーキを操作するといった対処を行う必要があった。しかし、レベル4の扱いになったことで、何かトラブルがあったときにも、自動制御でそれを乗り越えられるように変わったのがポイントだ。運行ルート近くを通っている国道364号線沿いに、遠隔から車両を監視したり制御したりする「ZEN drive遠隔監視室」がある。
事業を委託する企業を設立。
永平寺町役場で自動運転サービス関連事業の窓口を担当している山村徹氏によると、永平寺町には、元々京福電気鉄道永平寺線という鉄道路線があった。しかし同線は鉄道事故を経て2002年10月に廃線となり、一部を遊歩道に整えたが利活用が進んでいるとは言えなかったという。
そんななか、2016年に福井県の公共交通部門(当時)から、国が自動運転の実証地域を公募するという案内があった。「遊歩道は自動走行を試す走路にちょうど良いのではないかと考えたのが始まりだった」(山村氏)。
ただし町が直接事業を受託するわけにはいかなかったので、「まちづくり株式会社ZENコネクト」という企業が自動運転の実証実験の受け皿として設立された。同社は永平寺町が75%を出資している第3セクターで、単独では大きな収益を見込めないが地域としては重要な“まちづくり”関連の事業などを、町から委託されるという形で進めている。自動運転サービスの運行業務に関しても、まちづくり株式会社ZENコネクトに全面的に委任している。
道路に引かれた電磁誘導線に沿って走行。
前述の経緯から、自動運転サービスは、永平寺線跡地の遊歩道「永平寺参ろーど」の一部を運行する形で提供されている。では、どのような仕組みで自動運転を実現しているのだろうか。
「公道におけるレベル4の自動運転」と聞けば、最先端の技術が盛りだくさんのプロジェクトを想像するかもしれない。しかし、永平寺町における取り組みは、ローテクを意図的に活用しているのが特徴である。
車両は、山間に伸びる遊歩道内の全長2kmの決められたルートを、ゆっくり走る自転車と同程度の時速12キロで、片道10分程度をかけて定時運行する。乗車してみた感覚としては、ゴルフ場を走るゴルフカートのそれに近い。実際、自動運転サービスの車両はヤマハ発動機の「ゴルフカー」をベースに制作されているようだ。
車両にはハンドルが付いているが、乗客は握れないようになっており、乗客は走行中に手すりやバーを握って体を支持するよう促される。また車両には、緊急停止ボタンや監視センター呼び出しボタンが備わっている。
運行経路となっている遊歩道の道路面には電磁誘導線が引かれ、一定間隔でRFIDタグが埋め込まれている。車両は電磁誘導線に沿って走行し、RFIDタグから位置情報や、走行速度、停止など走行指示に関する信号を読み取っているという仕組みだ。
まちづくり株式会社ZENコネクトのマネージャーである平元帥史氏は、この仕組みを採用した意図を次のように説明する。「ゴルフ場にはもう何十年も前からある技術だが、こうしたローテクを取り入れているのは、過疎地を想定した自動運転という位置付けであり、国の実証からスタートしている事業だから。実際に地域で導入しやすいようコストを下げるのが狙いだった。例えば、先進的な自動運転車両は1台導入するのに何千万円もかかってしまうし、維持費も高い」。
地理的な条件からくる採用意図もある。「このあたりは山や田んぼが多く、目立つランドマークがないうえ、季節によって植物の成長具合が大きく変わりがち。冬には雪も積もるため、デジタルマップを作成したり、白線をトレースさせたりするのが難しい。加えて、山間でありGPS(全地球測位システム)の測位もずれやすく、精緻な制御がしづらい」(平元氏)。
こうした事情を踏まえて、安価に、安全性を担保しつつ、GPS測位がずれやすい山間でも使える技術ということで、電磁誘導線を採用した。「最終的には、こうした技術が日本に広がることで、地方におけるラストワンマイルの移動手段(ラストワンマイル・モビリティ)として有効活用されていけばうれしい」(平元氏)。
国土交通省は、移動需要に対して十分な交通サービスが存在しないエリアにおいて、鉄道・路線バスなどの基幹交通への接続や日常生活拠点や観光施設までの移動に使われるモビリティでタクシー、乗合タクシーなどによって担われているものを「ラストワンマイル・モビリティ」と説明する。輸送人員の減少により公共交通機関が立ち行かなくなっているなかにおいても、日常生活、観光・ビジネス目的の来訪などによるラストワンマイル・モビリティの需要は依然として大きいが、各地でその需要に応えられていないとしている。
「実用的なラストワンマイル」の実証フィールドになればいい。
冒頭で述べた通り、永平寺町はレベル4の自動運転を導入したくて取り組んできたわけではない。過疎地モデルとして、実用性の高い自動運転の仕組みを、閉鎖的な環境で整えていたところ、制度として設けられている自動運転のレギュレーションがアップデートされたことにより、いち早く高いレベルに当てはまった事例――。これが正しい解釈と言えるだろう。
永平寺町の山村氏は、ローテク自動運転の将来性について、実証フィールドとしての価値を掲げる。「国は、2025年度には日本における自動運転の導入箇所を50カ所に増やすという目標を立てている。これから各地域が取り組んでいくうえで、我々のノウハウや実績が参考事例になっていけばうれしい。永平寺町には、レベル4の実証を試しやすい走行環境が整っており、地域住民の取り組みに対する理解も深い。ぜひいろんな企業に実証フィールドとして活用してもらいたい」(山村氏)。
永平寺町で提供されている自動運転サービスは、先進技術を多く活用した一般道におけるレベル4の自動運転のそれとは視点が大きく異なる。しかし、実際に地方のラストワンマイルで普及させるうえで欠かせないアプローチだ。この自動運転サービスは、実用的なラストワンマイル・モビリティを考える立場の企業にとって、重要な実証フィールドの1つとなっていくだろう。