道路地図と繋げ、人間は常に思考の地図と魂の地図でナビされながら人生を歩んでるという話を続けていました
思考は肉体自身の自分が選択して決断しているという話でしたが…
後は見えない地図でもあります
なので、そんな事は人生に無関係だと思う人はそのままで良いと思います
その目的地に進んで到着を祝えば良いんだと… (^.^)
自分に内蔵されてるGPSは宇宙に繋がっていて見守られていて、いずれは宇宙というかイコールの魂の源へ帰って行くのですから… (^^;)
でもその間には…色んな見えない地図があるので認識してブレンドして活用して生きましょうという話でもありました
思考の地図、家族の地図、魂の地図、先祖の地図、神様の地図、地球の地図、宇宙の地図… (^.^)
思考の地図も大事で、魂や神様や宇宙からの閃きを脳でキャッチしてそれを第二の脳の腹に落とし込み思考で操縦して行くからです
だからブレンドして行くと良いという話をしていました
その全ての地図をブレンドしてバランスとっていくんだと… (^.^)
先ほどこんな見えない地図はこの世には、また、自分には関係無いと思ってても良いよと言いました
常々仕事の事やお金の事、欲しい物の事、人の事…この世の常の事ばかり考えている人は、内臓されたGPSもそこまでしか届きません
知らぬが仏とも言いますからね (^.^)
先祖に見守られて助けてもらうと…死後の世界へ先に行ったご先祖様の元へ自分たちも行くんだと思っている人はGPSもここまでだと思っていてそれ以上の機能は発揮しません
死後の世界へ行ってからまた新たに続きがあると知りますから、そこから始まります
神様の世界を信じている人は神様の世界まで届きますが、高次の神様は自由だし何でも認めて見守るだけなので引っ張ってもらえないので、そのGPSを頼りに自力で進まないといけません
そして、地球の波動レベル、宇宙の波動レベルの存在も認め、合わせGPSが途切れそうに発信も受信も難しくなっても意識を強く送ると繋がり、太い受信パイプとなります
知らなかったり、無いと思っていると無いです
魂の地図は源と繋がっているから一生懸命に進もうとしていますが
肉体が眠っている時にもGPSは働いています
思考に向けて一生懸命に働きます
寝ている間に宇宙や魂の源まで行けば地図を取り入れたりエネルギー補給までして戻って来ます
寝ている時にも思考が働くとGPSもそこまでしか到達しないのでエネルギーも補給できないままとなります
質の良い眠りとなるように寝ている間だけは思考をストップさせたいもんです
瞑想や祈りの時もそうですが
自分の思っている先を知らないとそこでストップします
なんでも知っている事が全てだと思っていたらそこまでです
まだまだ自分の知らない未知の世界があるんだと認識するだけで見えない地図も自分にブレンドできるんです (^.^)
ましてや瞑想や祈りをしている時にこの世に意識が在るままだと思考も入って来ます
そうなると、GPSも狂いますね
自分が意識した所のどこか分からない所へアクセスして、変なところに繋がります
瞑想が怖いと言われるのもそのせいで、瞑想で疲れるというのもそんな意味も含まれているという事です
なんなら、災害とか事故に遭う瞬間に意識やGPSがどこに繋がっているかとしたら、肉体だけ傷を負う場合もあるし、意識はどこかで見ているかも知れないんです(突然の幽体離脱も出来ますから)
私も昔は神だの仏だのという世界も何の事?と思っていた人間でしたが
死後の世界があるんや…霊界幽界って在るんや…
それってご先祖様と仏様の世界っていうんや…
神様の世界ってホントに在るんや…
こんな風にどんどん地図が大きくなりました
そして宇宙って在るんだよと教えてもらって、へぇ~そうなんだぁと自分でアンテナ伸ばしました
それを教えてもらって自分でその場面というか地図というか見せてもらった時の場面はジャックと豆の樹みたいに蔦をツタって登ってる自分でした
その先が宇宙でした
瞑想の時だったので夢と言えば夢、瞑想で何か訳の分からん事が見えたんだと言われればそうなんでしょうが…
その時からアンテナは宇宙へ繋がるようになりました
まだまだ思考が働いていましたが、段々自分の人生では魂が繋げてくれて誘導してナビして行ってくれました
とにかく先祖とかの幽界霊界へのアンテナは宇宙へ繋がってから意識するようにしておこうと思いました
その幽界霊界の世界は見える聞こえる次元の低い意識も在るので人間界を羨み惑わされて途中下車の時間が長くなると思ったから先ずは行きつくところが先にまだあるなら先(宇宙)に進んでしまおうと思ったんです
言っておきます…先にはまだまだ未知の世界があるんだよと…どんな事でも自分の制限は外しておいた方が良いですよ (^.^)
想定外の出来事がこの世でも自然界でも起こっている現在です
この世に縛られていると辛く苦しい世界にずっといないといけなくなります
現にコロナ禍でもですが、そもそも「生きたい」と思っている事自体が自分を苦しめる制限です
「生きたい」と思っているから辛い怖い、不安、心配となりあがいてしまうんでしょう…「命への執着」でもある
思考の地図には描かれているかも知れませんよ…何が怖いのか、何が不安なのか、どう心配なのかを外す方法
生かされているんだから生きている、もう終わりだよと言われれば終わりなんです
その例が臨終のときにちゃんと証明されていますよね
さっきのさっきまで痛い苦しいと言ってた人間も意識が抜けると痛くないし苦しくない
そこで終了と言われ肉体を脱ぎ捨て離れて行かざるを得ないんです
まあ仏の世界ではその後閻魔大王さんの審判があると言われていますが…それもスルーする方法だってちゃんと地図があるんです
それもちゃんと魂の地図の目的地と道筋に描かれている
何千年も何万年も宇宙や地球や人類が始まった時から繰り返されている
それぞれの地図に組み込まれている
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