
物事に向き合っている時には訳わからないまま無我夢中、
自分の事もよく理解できなかった。
だからむやみに苛立ったり、反抗したり、ひねくれたり、ひがんだり、ねたんだりしてた様に今思えば笑えるぐらい理解できます。
悪い事だけでもなく、人に合わせたり、気を使ったり、恥かしかったり、緊張したりもです。
ただただ思うままに物事に向き合っていて、
変にエネルギー消耗して疲れたり気負ったり、
そうやって真面目に真向に向き合っていたと思う私の人生です。
時に冗談を受け止めれなかったり、リアクション薄だったり。
ジョークかジョークでないか頭を抱えたりして一瞬フリーズします。
お笑い番組や漫才が大好きだったのは純粋に笑えたからだったのかなと思いま
す。
裏を読まないで、見ないで済むという傷つく事もないしね
お腹抱えて大笑いしていました。
日曜日になると一人で大きな声で何時間も歌っていたのも私にとったらそこにエネルギー消費する事でバランスを取っていたんだと思います。
純粋になったり正直になったり素直になったりするのにも力んでしまう。
裏切られたらどうしようとか、どこかで心にストップがかかってしまう。
そんな自分がいました。
そんな恐れや緊張や自分にストップがかかる理由にも気づいたのは
スピリチュアルの世界を知ってからです、
自分の人生を振り返り、自分を知って理解をする旅を続けてから。
その真っ向からの向き合い方で最終的に自分の一番苦手な事に気づいたキーワードが「嘘」だったかなと。
隠し事も秘密もそんな事の一つ。
誰にでも隠し事や秘密はあるだろうけど。
それも死ぬまで持って行けば本当の事になると同じで、
自分で理由も分かり理解し納得していればいいのかなと思うけど。
下心や騙す心が歪んでいると双方が苦しむことになる。
正直になるの反対でもある嘘、偽り。
脳で考える事、人生で起こっている事は本来虚像の世界でもあるのですが、
その意味があるという事ですよね。
自分がそう生きたかったからこそ向き合ってた出来事。
噓が大嫌いで、大の苦手。
幼い頃から大人まで、もちろん自分も嘘ついた事もあります。
その時の理由も感情も覚えています。
後にしっかり納得して処理してる。
疑ったりもした。
そんな自分も嫌いだった。
本当だと信じたいから疑う。
信じる理由を探した。
信じる理由を作ったりした。
その対象が人だったり物事だったりです。
全ては自分が自分に正直に生きるために…だったのかなと今なら理解できます。
そう思うと、出会って関わってきた人どんな人も全てに感謝 (^.^)
素直、正直、実直は「直感」を磨きます。
既に2000年からは宇宙もみずがめ座の新時代と言われています。
そんな今は直感で生きるという事が唯一の生き方。
そう世の中も変わってきたし、変わってきている。
私が予言している事でもなく、そんな事にアンテナを張っているとそんなインスピレーションや情報も伝わってくる。
今生にそんな生き方をしてたんだと思うと有難くて仕方がない。
今からはその直感を活かして生きていきたい。
躊躇している場合ではない (^^;)
志しには嘘はないのだろうけど、その世界に染まってしまうのでしょうか (^^;)
正直な政治家に国を任せたいですね。
混乱を国民に押し付けてほしくないもんです。