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テレサ・テン(鄧麗君、Teresa Teng)の残照

『ラーメン事件』

早いもので2022年も残すところあとわずかになりました。

 

思い返せば、ロシアがウクライナ侵攻を開始するという考えられない事態に世界中が驚かされたのが2月24日のことでした。

そして、7月8日には、安倍晋三元内閣総理大臣が選挙演説中に銃撃され死亡するという、世界一安全なはずの民主主義国家日本にあるまじき事件が起こりました。

 

なんとも痛ましい事件が起こってしまった2022年でしたが、年末になってサッカーのワールドカップでの日本の活躍には大いに励まされました。

 

そして、本日ボクシングの井上尚弥選手がバンタム級の世界王座4団体統一を日本人として初めて成し遂げた試合を観戦し、同じ日本人として誇らしく感じました。

 

2022年は本当に様々な事件があった、忘れられない一年になりました。

 

さて、話は過去へと遡りますが、1984年12月13日には、読売テレビとUSENが共催していた全日本有線放送大賞が日本テレビ系列で放送されました。

 

グランプリにはテレサ・テンが歌った「つぐない」が選ばれ、テレサは見事日本の歌謡界への復活を遂げました。

 

この年から「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」と3年連続で全日本有線放送大賞と日本有線大賞のグランプリ、大賞を受賞するという、それまで誰も成し遂げられなかった快挙を達成し、テレサは日本でも揺るぎない人気を得ることになったのでした。

 

この全日本有線放送大賞グランプリ受賞の時のエピソードがテレサの元マネージャーだった西田裕司(にしだ ひろし)さんが書かれた『追憶のテレサ・テン』の中にありますので、ご紹介したいと思います。

 

発表の前日に大阪についたテレサと西田さんでしたが、なにか食べようということになったところから話は始まります。

 

【たまたまおいしいラーメンの屋台があるということを聞いて、そこへラーメンを食べに行ったのだ。テレサはそのラーメンをものすごく気に入ってしまった。「これはおいしい」といって感激していた。食べ終わったあとでも、「おいしかった、本当においしかった」としつこいくらいにいうのである。】

『追憶のテレサ・テン』P86

 

その後、エピソードは続きますが、長くなるので『追憶のテレサ・テン』の内容を要約させていただきます。

 

大阪のおいしい屋台のラーメンがすっかり気に入ってしまったテレサは、グランプリをとったらもう一度あのラーメンを食べに行きたくて、西田さんと食べに行く約束をしました。見事グランプリをとったテレサでしたが、全日本有線放送大賞グランプリ受賞後、11PMの番組の中で受賞した歌手たちを招待しての祝賀パーティーがあり、屋台にラーメンを食べに行く時間がなかったようでした。

 

おなかが空いたテレサに西田さんは、スタジオに屋台のうどんとかそばとかが用意されていたのでそれを食べておこうとすすめるのですが、テレサは、昨日の屋台のラーメンのおいしさが忘れられず、スタジオの屋台のうどんやそばは食べなかったそうです。

 

やむを得ず西田さんが部下に屋台のラーメンを買ってきたもらうことにしたのですが、20分ほどして帰ってきた部下は、あのラーメン屋は出前はやらないとのことで、テレサは何も食べられないままだったようです。

 

そこへちょうど中森明菜さんのマネージャーが、明菜さんのためのラーメンを手に持って帰ってきました。

 

それを見たテレサは、「ああ、ラーメンだ」と声を上げました。

そばにいた小林幸子さんと話が始まり、

小林:「おなかがすくわよね。グランプリをとるとたいへんね。」

テレサ:「昨日食べたラーメンがおいしかった、また食べたかったのにうちのマネージャーはラーメンを持ってきてくれない・・・」

小林:「それはかわいそうね」

 

そんな話をしていたそうです。側にいたマネージャーの西田さんは、いても立ってもいられない心境だった、とのことです。

 

そこへ中森明菜さんがやって来て「テレサさん食べてください」といってラーメンを差し出してくれ、テレサは、そのラーメンをありがたくいただいたとのことでした。

 

中森明菜さんにもテレサと小林幸子さんが話していた内容が聞こえたようでした。

 

それ以来テレサは、「明菜さんはラーメンをくれたんですよ。あの人って本当に優しい人です」と何度も何度もいっていた、という内容のラーメン事件について西田さんが書かれています。

 

詳しくは、西田裕司著『追憶のテレサ・テン』P86~P93を御覧ください。

 

このラーメン事件の後、テレサと西田さんの関係はしばらくギクシャクしたようで、本当にマネージャーというはたらきも大変だなと思います。

 

ここで少し補足させていただくとすれば、歌手が芸能活動する上で当時の日本では、芸能事務所とレコード会社に所属し、マネージメント業務は芸能事務所が、レコーディングやレコードの販売に関してはレコード会社が担っているのが一般的でした。

 

事実、ポリドールレコード時代のテレサは、渡辺プロダクションの子会社のサンズという芸能事務所の所属でした。当然マネージメント業務はサンズの担当者が行っていたのです。

 

ところが、トーラスレコード時代のテレサの日本での活動のマネージメントは、トーラスレコードの西田裕司さんが担当しており、芸能事務所には所属していませんでした。

 

そういった経緯もあり、十分なマネージメントができなかったのも無理はありません。

 

『追憶のテレサ・テン』P66~P77に書かれていますが、全日本有線放送大賞や日本有線大賞は、ほぼ有線放送へのリクエストの数で決まる賞ですが、レコード大賞や歌謡大賞は、芸能事務所の力がかなり物を言うようです。

 

当然ながらテレビ局の対応も芸能事務所の力によって変わってくるのでしょう。

 

以前から他のアーティストがあたりまえのように受ける待遇を、テレサが何ひとつ受けていないことに対しての不満もあり、このラーメン事件をきっかけにテレサと西田さんとの関係もギクシャクすることになってしまったようです。

 

それに付け加えるとすれば、テレサが生まれ育った家庭は、決して裕福ではありませんでしたが、一家団らんの食事の時間を大切にしていたようです。西田裕司さんが「テレサは食事を楽しむために仕事をしているのではないか」と思うほど、美味しく楽しく食事を摂ることをとても大切にしていたようです。

 

そしてまた、日本社会の仕事に対する考え方が、この事件に大きく影響しているのではないでしょうか。

かつて、日本の高度成長期を支えた仕事第一主義。

 

ふり返れば、私自身も知らず知らず仕事第一主義で生きてきたようです。

かつては、仕事が忙しい場合は食事抜きもいとわずという感じがありました。

そんな私にすれば、腹が減っているのならとりあえずうどんでも食べておけばいいのにと思ってしまうのです。

 

西田裕司さんもそう感じたようでしたが、テレサが食事を楽しむことを大切にしており、とりあえず食べておくというような食事の仕方はしないだろうとも思ったようでした。

 

敗戦後の驚異的な経済成長を支えていた日本人の勤勉性は、仕事第一主義となり、食事を楽しむことなどさほど意味のないことのようにさえ思えたかつての日本。

 

食事をこよなく愛したテレサの価値観とは、所詮相容れることはできませんでした。

 

かくして全日本有線放送大賞のグランプリを受賞したこの上なく悦ばしい夜に、このような悲しいラーメン事件が勃発してしまったのでした。

 

さて、ラーメンで思い出しましたが、それは、私がまだ20代の頃の話です。

 

冬の寒い朝、出勤途中の私は、時々食べに行くラーメン屋さんに置いてある飲料の自動販売機が目に留まりました。

 

バイクで通勤していた私は、寒さで凍えそうな手をあったかい缶コーヒーで温めたくなり、自動販売機の前で停まりました。

 

お金を出して缶コーヒーを買おうとした瞬間、ラーメン屋のおばちゃんが出てきて、「兄ちゃん、缶コーヒーでも飲んできなよ」と言って、あったかい缶コーヒーを出してくれたのでした。

 

時々食べに行くだけのラーメン屋のおばちゃんが私のことを覚えていてくれて、おまけに缶コーヒーまで出してくれ、若い頃の私には本当に嬉しい出来事でした。

 

なぜ私がこの出来事を鮮明に覚えているかというと、あったかい缶コーヒーで凍えそうな手を温めることができたことも一因ではありますが、なによりラーメン屋のおばちゃんの人情味あふれる優しさが、私の心まで温めてくれたからにほかなりません。

 

優しさというと、今回のラーメン事件で、テレサはラーメンをくれた中森明菜さんを「本当に優しい人」と言い続けたようですが、実はそう言うテレサ自身も本当に優しい人でした。

 

決して裕福ではなかった子供時代を送ったテレサは、若いときから貧しい子供たちや孤児の境遇に深い同情をよせて、コンサートの売上の一部を寄付し続けてきたのでした。

 

テレサの優しさは、きっと不遇な子供たちに伝わり、彼らの心を温めたに違いありません。

 

ラーメンの温かさ、缶コーヒーの温かさ、心の温かさ、寒い冬であれば温かさを求めたくなります。

 

でも、いつまでも温かく感じ続けるのは、やはり心の温かさでしょう。

 

テレサ・テンさんのように、周りの人たちの心を温めることができる人に会えることは、本当に幸せなことです。

 

私もテレサ・テンさんの優しさに触れ、心が温かくなった一人ですので、本当に幸せな人間だと思います。

 

テレサ・テンさんのように大きな事はできませんが、せめて一人でも二人でも周りの人たちの心を温めることができたらと願っております。

 

来年こそ、心温まる2023年となりますように。

 

※参考資料
・西田裕司著『追憶のテレサ・テン』サンマーク出版刊

・平野久美子著『テレサ・テンが見た夢』筑摩書房刊

 

(以下:12月14日追記)
本日12月14日、『Teresa Teng - 愛の歌姫 TBS Collection』が発売されました。
事前予約していたので、我が家にも先程届きました。
以前話題にした「テレサ・テン15周年スペシャル」や「日本有線大賞」、また若かりし頃のテレサが登場する「8時だョ!全員集合」など、TBSに眠っていたお宝映像満載で、本当に楽しみです。
時間がある年末年始にじっくりと見たいと思っております。
どうやらこれで、心温まる年末年始を過ごせそうです。

コメント一覧

telluru52
ありがとうございます。
参加させていただき、拝見するところから始めさせてください。
よろしくお願いいたします。
テレサ・テン ファン
今のところ、LINEグループでは、
テレサのYouTube映像などを共有して、その曲について
短い説明や感想を書くなどといった、極めてシンプルな
投稿しかされていません。それで良いと思っています。

このブログのような、きちんとした論考ではなく、LINE
ですので短文ばかりです。

ライトなファンの方も多いようにお見受けしますし、
しっかり議論するというよりも、ファンとしての意識の
共有の場という性格が強いです。高齢者層も比較的若い
年齢の方もいます。

ですので、投稿にご無理は申し上げない(全く書かない
で見るだけの方も多数)ですし、是非お気軽にご参加を
ご検討いただければ幸いです。
telluru52
ありがとうございます。
テレサ・テン東京ファンクラブの活動が軌道に乗ることを願っております。
さて、LINEグループの件ですが、準備が整ったらメールさせていただきますので、よろしくお願いいたします。
なお、私は直接テレサ・テンさんにお会いしたことがないので、ここ3年ほどの間に集めた資料に基づいて文章を書いております。
全くのにわか仕込みですので、おかしなことを書いているかもしれません。
その点はあしからずご了承ください。
テレサ・テン ファン
以前、「地球が回る音」に書き込んだ者です。
「テレサ・テン東京ファンクラブ」は、既に活動を開始し、
ファンクラブイベントもスタートしました。
会費を払う会員とは別に、クラブ未加入の方でも無料で
参加できるLINEグループも開設しました。
LINEグループはまだ約80名の参加で、活発に書き込む
のは私くらいで、あまり軌道にのってはいませんが、
よろしければ、ご参加をご検討いただけると幸いです。
下記ホームページから主催者にメールして、ご希望を
お伝えいただければ、すぐに対応してくれます。

https://www.teresateng-tokyo-fanclub.com/

ブログ主様のような、テレサのウンチクを語れる方に
もし加わっていただけると心強いです。
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