つらつら日暮らし

仏道者にとっての衣食住とは?

原始仏教以来、仏道修行者にとっての衣食住とは「四依法(衣食住+薬)」に見るように、一切のとらわれから脱しなくてはならず、世間の人が用いないもの、捨てるものを利用して生活していた。それとは直接関係無いが、鎌倉時代の僧侶の中には、この辺を別様に整理した事例があった。

 又云、衣食住の三は三悪道なり。
 衣裳を求かざるは畜生道の業なり。
 食物をむさぼりもとむるは餓鬼道の業なり。
 住所をかまふるは地獄道の業なり。
 しかれば、三悪道をはなれんと欲せば、衣食住をはなるべきなり。
    『一遍上人語録』


こちらは、時宗の開祖となる一遍上人(1239~89)の語録から引用してみた。なお、一般的に一遍上人とは呼称されるが、僧名などを表記すると一遍智真上人というべきか。ところで、一遍上人の教えの本質について、例えば岩波文庫本の『一遍上人語録』の校注を行った大橋俊雄先生は、端的に「捨」の一字を重視している。

その点を踏まえると、確かにこの教えも「捨」であることが分かる。

そこで、一遍上人は、「衣食住」の3つについては、更なる迷いを生み出すことが考えられるため、「三悪道」であると批判した。もちろん、他の仏道者に類似した教えを見たことはあるが、ここまで厳しいのは中々見ない。

示に云、学道の人、衣食を貪ることなかれ。人々皆食分あり、命分あり。非分の食命を求むとも来るべからず。
    『正法眼蔵随聞記』巻1


こちらは、道元禅師と、その会下に入られた懐奘禅師への説示や問答などを中心に集めた文献となるが、この時代の道元禅師は、「貧の学道」も説かれ、とらわれてはならないとされるが、とはいえ、一遍上人のように、それらにとらわれた報いなどを示してはいない。

それに、先のような示し方は、例えば現代的な観点では適切だといえるのかどうか、疑問無しとはしない(要するに、因果論を実体的に見ることで、様々な差別的観念や言動が生ずる可能性がある)。内容が重要だけに、示し方の問題が残念ではある。

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