それで、まずは漢訳律典を調べてみると、以下の記述を見出した。
客比丘、遂に庫を開き、偸みて鉢を将ち去れば、知庫比丘、応に鉢を償うべし。
『善見律毘婆沙』巻9、『大正蔵』巻24・738c
この『善見律毘婆沙』であるが、5世紀に学僧ブッダゴーサが現在のスリランカで撰述した律蔵註釈書の抄訳だとされる。つまりは、上座部系の律蔵に対する註釈である。他の律典に「知庫」が見られないのは、「律」本文には無くて、註釈書にあるからであろう。ということは、5世紀の仏教教団では、「知庫」に該当する役職が必要になったことを意味している。そして、その役職は、僧団に寄進された物品や金銭を、僧団全体の「庫蔵」に入れ、管理する立場であった。
そういえば、先に挙げた通り禅林の頭首の多くの役名には、知客・知蔵・知浴・知殿のように、「知」の字が用いられ、それこそ「知事」も「知」の字が入っているが、この場合の「知」の意味は、「つかさどる」である。よって、「知庫」とあれば、「庫蔵の諸事を司る」こと、あるいはその役職の僧を指すわけである。
そこで、禅林の「頭首」的な位置付けとして見ていくと、宋代の禅僧の語録に幾つかの用例を見出すことが出来る。
・覚民知庫に示す 『圜悟仏果禅師語録』巻15「法語中」
・質知庫の鎖龕 『虚堂和尚語録』巻6
・新知庫の下火 『如浄和尚語録』巻下
以上のように、中国宋代、11~13世紀にかけて活動した禅僧(臨済宗と曹洞宗)の語録に、禅林内の配役「知庫」に対する法語類が見られるわけである。そうなると、後は清規類の記述だが、以下の通りの文章を見出すことが出来た。
古叢林に副寺の名無し。惟るに庫頭と称し、一切の支收出内を掌る。即ち知庫の職なり。凡そ庫司の金穀、菴門の資具、物の大小無く悉く簿に書す。
『幻住庵清規』「知庫」項
意外と、「知庫」の定義を書いている清規は少なかったが、1317年に成立した『幻住庵清規』には見ることが出来た。おそらく、『幻住庵清規』では「副寺」に統一させずに、別個に配役を置いていて、だからこそ、「庫頭」の別表現であるとしている。しかし、ここから理解出来ることは、「知庫」は「副寺」と同じ役職であり、結果として「庫頭」が頭首から見られなくなったように、「知庫」もまた頭首から見られなくなったという理解が良いのだと思う。
それで、前回の記事と同様に、江戸時代に於ける「知庫」の受容を見ようと思ったが、意外と出てこない。面山瑞方禅師『洞上僧堂清規行法鈔』巻5「諸職法」に於いては、いわゆる六知事・六頭首・五侍者侍聖に含まれない「列職」項があるが、そこには「知庫」も「庫頭」も両方とも入っていない。更に、「副寺」項にも記録されていない。
ただし、「常住銭穀結算法」(『僧堂清規』巻5所収)に、以下のようにあった。
結算の法は、典座寮と庫司〈今時、知庫〉とに、出と納との両簿を製て・・・
『曹全』「清規」巻・180頁下段~181頁上段
このようにあって、この場合の「庫司」とは配役名というよりは、その前にある「典座寮」の記述に引かれる形で、寮舎(部署)名として理解されるものだろうか?そう思っていたら、ようやく以下の一節を見つけた。
今比は、若輩なる者に、金銀の出納を致させ、これを知庫となづけて、副寺・典座のつかひものの様にするは、大きなるちがひなり。知庫は、庫司のこと、監寺等の名としるべし。ゆへに常住の出納は、庫司はからふ。
面山禅師『洞上僧堂清規考訂別録』巻6「諸職法考訂」、『曹全』「清規」巻・290頁下段、カナをかなにするなど見易く改める
もう、これで良いではないか。由来や位置付けなどは、拙僧の疑問点は全て解決。それに、今時も「副寺」「庫院」との関係性について分からないと思っていたら、江戸時代中期もそんな感じだったらしいことが分かった。そして、面山禅師は副寺と同じ位置付けだと考えているようである。
さて、ついでに現行の『行持軌範』はどうかというと、実は「知庫」は出ていないのである。しかし、本山僧堂などで「知庫寮」はあるし、地方での大法要の場合も同じく設置される。その辺が気になったので、少し別の文献も見てみた。すると来馬琢道老師編『禅門宝鑑』(鴻盟社・明治44年)の「授戒会」項に、配役の1つとして、直壇寮付きの「直知庫」が見られた。つまりこれは、大法要としての授戒会に必要な配役だったということになる。
残念ながらそれくらいしか見られなかったのだが、以上から得られた推測を含む結論である。おそらくは、大きな伽藍を持つ寺院の場合、大法要などでは知事も頭首も6人ずつ並ぶ場合も出てきて、そうなると、副寺として両班に取られる可能性に鑑み、別個、法要の出納担当としての「知庫」が、慣習として置かれるようになった、という理解では如何だろうか。面山禅師の記事からも、それは理解出来るように思う。
それにしても、今日の記事は「知庫」だけに、ちゃんと調べないと「チコちゃんに叱られる」ような気がして・・・
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