次に即ち本師、為に戒本を指して、罪相を識らしむ、方に教て戒を誦せしむ。既に其れ熟し已て大律蔵を誦す。日日誦過し旦旦之を試す。恒に受持せざる、恐くは心力を損ぜん。律蔵を誦し了て方に経論を学す。此は是れ西方師資の途轍なり。復た聖を去ること懸に遠しと雖も、然而、此の法未だ虧けず、此の二師を之の父母に喩えると為す。
豈に受けんと欲するの時、常の労倦に非ず、亦た既に得已て戒、懐に関わらざること有り。始の有て終わり無し、惜むべきこと之れ甚だし。
自ら一会有り、受を求めて、受已て重て師に参ぜざるして、戒経を誦せず、律典を披かず、虚しく法位に霑て自損損他す。此の若くの流れ法の滅を成すものなり。
『南海寄帰伝』巻3・4丁裏、原漢文、段落等は当方で付す
さて、簡単に意味を採ってみよう。戒律を授けた本師は、戒本をもって移動して、その受者に罪相を知らせ、そして戒を唱えさせるという。そして、それらを諳んじたら、大律蔵を唱えるという。これは、義浄であれば説一切有部系の律蔵などを意味したかもしれないが、中国では一般的に『四分律』『十誦律』なども考えておくべきだろうか。
そして、律蔵を日々に唱え、朝になればその内容が正しいか試すなどするという。理由は、律蔵をしっかりと記憶しなければ、心力を損するからだという。
また、律蔵を唱え終わってから、経論を学ぶという。これは、戒定慧のように、経律論を段階的に学ぶことを意味しており、その様子を「西方の師資の途轍」であるという。しかも、義浄が趣いたインドは、既に釈尊が入滅してから1500年以上(当時の考え方)が経過しており、中国では末法に入っていたという認識も存在したが、義浄は、未だに本師・教授師の二師を父母に喩えるなどし、しっかりとした比丘を生み出す存在だと考えていたという。
それから、戒を受けようとするならば、常に怠けてはならず、受け終わった後でも、自分の中にしっかりと定着しなければ、始めだけあって終わりがない状態であるから、とても惜しむべきだという。この辺は、受けただけで終わるのでは無く、身に着けなくては戒律の意味が無い、ということである。
そして、この一段のまとめとして、一会があって、戒を受けようと思っても、受け終わってから師に参じたり、戒経を唱えなかったり、律典を学ばなかったりすれば、ただ法位に入っていても、自己も他己も毀損するとし、このような振る舞いをする者を、法を滅する者だとしているのである。
受戒から持戒へ、という流れを示した一節である。そして、続く文章は、西方に於ける行法を示し、この文章との対比を指摘するのである。
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