つらつら日暮らし

常啼菩薩の捨身について

常に啼いていた菩薩というので、常啼菩薩というのがいたそうで、『大智度論』にも、その物語が収録されているのですが、とりあえず、次のような感じです。

 問うて曰く「何を以てか薩陀波崙(薩陀は秦に常波といい、崙は啼と名づく)と名づくるや。是れ父母がために名字を作すがためなりや、是れ因縁にて名字を得たるや」と。
 答えて曰く、有る人の言く「其の小時に喜んで啼きしをもっての故に常啼と名づく」と。有る人の言く「この菩薩は大悲心を行じて柔軟なるが故に、衆生が悪世に在りて貧窮し、老病し、憂苦するを見て,これがために悲泣す。是の故に衆人号して『薩陀波崙』となす」と。有る人の言く「是の菩薩は仏道を求むるが故に人衆を遠離し、空閑の処にあって、心の遠離を求め、一心に思惟籌量して、仏道を勤求せん。時に世に仏無し。是の菩薩、世世に慈悲心を行ずるも、因縁小さきを以ての故に、無仏の世に生ず。是の人は悲心もて衆生に於いて、精進して失わざらんと欲す、是の故に空閑林の中にあり。是の人、先世の福徳の因縁、及び今世の一心を以て大欲、大精進す。是の二の因縁を以ての故に、空中に教声を聞き、久しからずして便ち滅せり。即ち復た心に念えらく『我、云何ぞ問わざりし?』と。是の因縁を以ての故に、憂愁啼哭すること七日七夜す。是の因の故に、天、龍、鬼神、号して曰く『常啼』」と。
    『大智度論』巻96「薩陀波崙品巻八十八」


何故、いつもいつも啼いていたかといえば、大慈悲の心を持って修行していたのに、仏がいない世であったので、それが報われることもなく、いつも閑かな林の中にいたそうであります。そして、或る時、空から教えを告げる声がしたのに、それに応えることができず、「どうして、今の声に(仏の教えを)聞かなかったのだろう」といって嘆いていたそうです。常に啼いていたから、「常啼」というようですね。それで、この常啼菩薩でありますが、なんとかこの世界で法を聞きたいと思っていたところ、曇無竭菩薩という人に出会い、修行を進めようとします。そして、この修行とは当然の菩薩の修行、六波羅密を基本とし、六波羅密は「檀波羅密=布施行」から始まりますので、布施をしようとするわけです。

しかし、常啼菩薩は、既にあらゆる財産を捨てて出家していましたので、今更に他人のために施すような物は何も持っていませんでした。そして、いよいよ常啼菩薩は、次の念を起こします。

我れ、世々に身を喪うこと無数なるも、未だかつて清浄法のためにせざるが故に、今説法者を供養せんが為の故に、この身を喪うも、しかも大いに法利を得るなり。
    前掲同著


つまり、常啼菩薩は自分自身の身を売るという「捨身」を行い、その得た金でもって、曇無竭菩薩に対し布施をしようと志しました。或る大きな城に入り「誰か人をもとむるや」といいながら、買い手を探して歩いたといいます。しかし、結局、常啼菩薩は売れませんでした。売れ残ってしまったわけです。これでは、せっかくやる気を出したのに、空回りという感じです。ところが、この空回りをした常啼菩薩を見守ってくれていた人がおりました。帝釈天です。そして、この帝釈天が、色々と手引きをしてくれて、常啼菩薩の発心が真であるかどうか、そして捨身が本気であるかどうかを試し、晴れて、常啼菩薩は念願叶って、様々な三昧を得て、さらにこの三昧を使って多くの衆生を導き、仏の教えを心ゆくまで学ぶことが出来たということであります。

何でか知りませんが、昔話のような感じになってしまいましたので、ここから、幾つかの教訓を導き出すとすれば、まずもって、モノを学ぶ際には、自分を捨てなければならないということ、そしてそのための努力をすべきこと、また努力をしていれば、その人の様子を見ていて、評価をしてくれる人が必ず現れ、その人の下でさらに努力をすれば、報いが来るということであります。常啼菩薩の捨身行は、その意味で評価されるべきなのでしょう。なお、この後も、大乗仏教の影響下では様々な場所で、同様の「捨身」をした例はあったようです。菩薩の実践のあり方について、捨身は重要な要素であります。

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