このゆえに、朝に成道して夕に涅槃する諸仏、いまだ功徳かけたり、といはず。
「仏教」巻
この一節について、江戸時代の学僧・瞎道本光禅師が以下のように註釈している。
須扇多仏、朝に成道して夕べに涅槃し、化仏の住世甚大に長りき。大智度論に証するが如し、後に当に附録すべし。
『正法眼蔵却退一字参』「仏教」篇
つまり、瞎道禅師は『大智度論』に見られる「須扇多仏」に因む話だと断定されたのである。典拠は、以下の通りである。
亦た須扇多仏の如し、弟子本行未熟なり、便ち捨てて涅槃に入り、化仏として一劫留まりて以て衆生を度す。
『大智度論』巻7
つまり、須扇多仏は弟子が未熟だったため、涅槃に入った後で「化仏」という存在となって長く衆生を度したという。問題はこの「化仏」だが、「四住煩悩無明習気断ず、故に真仏と名づく。化仏とは、方便現形して以て衆生を化す、真仏に非ざるなり」(『注大乗入楞伽経』巻9「変化品第十五」)という考えもあるようだ。つまりは、自ら仏としては入滅しているが、その後、何らかの姿となって人々を導いたという話になっている。
ところで、鳩摩羅什訳『大智度論』は同じく羅什訳『摩訶般若波羅蜜経』に対応しており、先の内容は以下の一節が該当すると思われる。
須菩提、譬えば須扇多仏の如し。阿耨多羅三藐三菩提を得て、三乗の為に転法輪するも、菩薩の記を得る者有ること無し。化して仏と作り已りて、身寿命を捨てて、無余涅槃に入る。
『摩訶般若波羅蜜経』巻8「六喩品第七十七」
ただ、文章としては『大智度論』との差が少しあるようで、そのため、須扇多仏について論じた後代の文献では『大智度論』の方が参照された。例えば、以下の一節はどうか。
智度論に説くは、須扇多仏、朝に現じ暮に寂す。阿弥陀仏の寿命、無量無辺阿僧祇劫なり。釈迦の寿量、百年に満たず等なり。
澄観『大方広仏華厳経随疏演義鈔』巻34
実際の文章には、「朝に現じ暮に寂す」とまでは書かれていないが、中国でこのように解釈されたのである。そして、おそらくは瞎道禅師もこの辺の註釈を参照されたと思われ、結果として道元禅師の文章を、『大智度論』に結び付けたものと思われる。