夜汽車の客

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上野行き急行 八甲田 その4

2019-11-22 09:42:29 | 日記
大きな風呂敷包みや柳行李などを背負った人々が、私のそばを次々とすり抜けてゆく。 寝台車を取ってある私はあえて急ぐ必要などないが、周りに煽られて先行き不安な思いで、無意識のうちに足は早まる。 
青森駅、8番ホームにはこれから乗る八甲田号の重厚な紺色の車体が姿を現していた。 すでに多くの乗客はそれぞれの指定の寝台を見定め、いくつもの荷物を整理する人、所在なさそうに寝台の端に腰かけている人、様々な目的を持った人々が発車を待っていた。 2等寝台は上、中、下の3段ベッドである。私の寝台は一番上、はしごをよじ登り、とりもなおさず、自分の居場所を確保することができた。 天井は低い。胡坐をかいた体勢では頭が天井に付いてしまうため、少しかがんでいなければならない。落下防止のためのベルトが2か所、取り付けられている。 日頃から寝相が悪いため、ベルとの間から落ちはしないかと心配になる。 他の乗客はすでにカーテンが閉められ、寝る体勢でいるようだ。 外では駅弁売りが大声を張り上げてホームを行き来している。やがて鉄道唱歌のメロディが流れて、車掌の車内放送が始まる。 23時57分、列車は定刻通り、青森駅のホームをゆっくりと動き始めるのであった。


2019/11/21

2019-11-21 19:07:00 | 日記
船が埠頭に近づくにつれ、下船の準備に船内は慌ただしさを増してきた。早々と出口に並んだ客は、船が岸壁に接岸し下船の合図があるやいなや、一斉に乗り換えのホームに向かって全速力で走りはじめる。それはあたこも火事場のくそ力を発揮するかのように、長い階段を駆け上がり、かけおり大荷物を物ともせず、信じがたい速さで突進するのであった。
ホームでは赤帽が身軽な動きで客の荷をさばいている。深夜のホームは席を確保することに必死の人々の怒鳴り声が飛び交い、火事場のような騒ぎであった。

よくわからないけどボジョレヌーボーの解禁の日に

2019-11-21 17:01:40 | 日記
昨日、ある酒場での事、ボジョレヌーボーの解禁だから、今日はワインにしようと、店主に注文すると、今夜の12時まで開けられませんと言う。 それほどのワイン通ではないゆえ、さしてボジョレにこだわるつもりはないが、あえて理由を聞くと、酒屋さんからうるさく言われているからとのことだった。 あまり説得力のある答えとも思われないがとりあえずそんなものかとしよう。 まあ、好意的にとれば、アルコールの類は、時間的制約を設けた方が、それに対する期待も高まり、禁が明けた時の解放感が増し、酒もよりうまく飲めるというものだ。 但し酒はその場にふさわしい音楽と良い肴と、心を解きほぐす会話の妙、そしていい女と。 それさえあれば最高だね。

静かなるポケモン狂騒曲

2019-11-19 17:51:19 | 日記
ポケモンとは一体何なのかよく知らない。よく知らいないだけに週末の観光地で見た光景はちょっとした驚きだった。 土産物屋や飲食店が立ち並ぶある地方都市の一画、今日は珍しく観光客で賑わっている様子に見えたのが、なんとほとんどの通行人がスマホ片手に、難しい顔しながら歩いている。聞くところによるとこの辺にポケモンが出没するそうだ。なるほどそれで夥しい数の訪問客が集まってきたのかと、納得がいった。それにしてもある種、異様な光景であった。(と、私には見えた) どの人も真剣な表情で何かを追い求めている。 ああゆうものは中、高校生以下の子供の遊びかと思っていたのが、見るといい年をした大人が随分といるものだ。他人の趣味にケチをつけるつもりは毛頭ないが、誰かと連れ立ってではなく、それぞれ単独で来ているところからすると、それにはハマった人でしかわからない魅力があるに違いない。
事程左様に大人でも夢中にさせる訳は何なのか、その背景の方に寧ろ興味がわく。 



ニヒリズムについて

2019-11-18 17:20:06 | 日記
ニヒルという日本語を聞かなくなって久しい。 若い世代の人はこの言葉を聞いたことすらないと言う人もいよう。その昔、西部劇のさすらいのガンマンとか、股旅物の渡世人、時代小説の古典と言われる、大菩薩峠の机龍之介など、ニヒルでかっこいい主人公が活躍した時代もあった。それがいつのまにか、人々の記憶の彼方に消えてしまいつつある。なぜなのだろう? 手前勝手な推測ではあるが、一つにはインターネットの普及で情報化が格段に進み、何事もマニュアルどおりに処理され、世間の常識とされる暗黙の取り決めが理解されにくい。 昔はタブーとされた性に対する制約も、ほぼなし崩しに等しいような状況である。 こうした風潮は世の中がより自由な方向に向かっているという意味ではない。 人々が苦労せず、頭も体力も使わなくなってきたせいでもあると考える。 近年しばしば「ダイジョブです」という言葉を耳にする。実に便利な言葉ではあるが、全くもってあいまいな言い方でもある。 時折、何の意味なのか判断に苦しむ場合もある。 これは人々それぞれがお互いに濃密な人間関係を無意識のうちに避ける傾向にすぎないと感じる。とは言えこれは深い意味でのニヒリズムではない。 世の中便利にはなってきたが、人間のロボット化が進んでいるように思える。