格差と貧困ゼミぶろぐ

東京大学「格差と貧困を考える」ゼミのブログです。授業やフィールドワークの内容をお伝えしていきます!

ディスカッション:『反貧困』

2011-06-23 23:00:00 | 活動報告

6/23はまるまる1コマをディスカッションでした。

湯浅誠『反貧困』(岩波新書、2008年)を全員読んできて、それをもとに議論しました。
この本は日本の貧困問題と反貧困活動の実態がわかりやすくまとめられていて、しかも簡単に読めます。貧困問題の入門書としてかなりオススメです。(因みに、著者の湯浅さんは派遣村の村長をされた方です)

2グループに分かれて、それそれの班でスタッフが司会進行をします。
まずゼミ生から各章の要約の発表があり、その後ディスカッション。

まず、「日本は戦後ずっと企業中心の社会だった」という認識を前提として共有しました。内容としては、何故生活保護の捕捉率(本来受給すべき年収の世帯のうち実際に受給している割合)は低いのか、貧困の世代間連鎖の問題、雇用の流動化についてなど多岐にわたりました。

議論が盛り上がり、スタッフにとっても勉強になりました。

(文責:上野)


日本社会の構造から見た貧困問題

2011-06-16 23:00:00 | 活動報告

6/16は、労働法政策学者の濱口桂一郎さんに講演をしていただきました。
濱口さんは厚生労働省などを経て、現在独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)というところで統括研究員をなさっています。ご自身の書かれている「hamachanブログ」でも有名です。

講演内容を細かく書くとそれだけでとても長くなってしまうので、簡単に箇条書きにします。

詳しくは濱口さんの出した『新しい労働社会』という岩波新書(2009年)を読むと分かり易いと思います。
※ただ、この本は新書の中ではかなり難しい部類に入ります。


〈日本の雇用システムはメンバーシップ型〉(⇔欧州はジョブ型

日本では「男性正社員は」会社のメンバーだとみなされてる。そのため会社の言うことには何でも従え、となる(過重責任、長時間労働、転勤)
・日本では、会社は人(=メンバーである男性正社員)の束だと考えられ、人に仕事を割り振る。そのためある仕事が景気変動などで無くなっても、それをやっていた社員は解雇されず(長期雇用)他の仕事に回される(配転)。
・欧州では、会社は仕事の束だと考えられ、それぞれの仕事(ジョブ)に人が割り当てられる。そのため採用段階からその労働者の仕事内容は決まっていて、他の仕事に回されることはない。その仕事が無くなったら解雇される。

・仕事内容が決まっていない以上、それをもとに賃金額を決定することはできない(低賃金な仕事への配転を社員が嫌がり人事移動がうまくいかないため)。

⇒どれだけ長く同じ会社に勤めたか、で賃金額が決まる(=年功賃金制

 

〈日本の社会保障は企業頼み〉

・日本では、会社のメンバーである男性正社員が一家を養うのが前提とされていた。

・そのため、正社員やその家族が必要とする住宅費や子供の養育費は会社が賃金(生活給)という形で面倒をみる。年功賃金制によって中高年になると賃金額が増えるため、養育費等の出費が増えても大丈夫だった。

・企業が面倒を見るため、行政は教育や住宅にお金をあまりかけてこなかった。手薄い社会保障。

 

〈メンバーとみなされない非正規労働者――正社員との待遇格差〉
非正規労働者はメンバーではない⇒どれだけ長く勤めても低賃金。しかも正社員を解雇しないために不況時には積極的に非正規社員が解雇された。

・しかしそれは今まで問題ではなかった。非正規労働者は学生アルバイトか主婦パートで、父親か夫に扶養されているのが前提だったから。

※昔からシングルマザーの人などはこの前提があてはまらず、多くは貧困状態にあった。

 

〈日本の雇用システムの機能不全〉
・90年代以降、誰にも扶養されていない非正規労働者が大量に出てきた。
・社会保障が手薄い中で、低賃金かつ不安定雇用だと簡単に貧困状態に陥ってしまう。
・たとえば、私達学生がバイトする分には低賃金かつ不安定でも構わないけれど、それで生計を立ててさらに家族まで養うとなると大変、という話。
・白紙の学生に即戦力を期待。⇔今までは何の知識も経験も無い学生を一から企業内訓練で鍛えていっていた。
 即戦力を求めるのに、採用面接で聞くのはその人の技術ではなく「サークルで何をしていましたか?」みたいな質問ぱかり。矛盾している。
・今まで過重責任と長期の雇用保障の間でバランスを取ってきたので、後者だけなくなったことで労働者を不当に搾取する企業(ブラック企業)が生まれた

以上が講演内容の大まかなまとめです。


濱口さんはゼミ後の懇親会にも来てくださり、ゼミ生の質問に答えてくださっていました。
そこで出たお話はかなりの量になるので、ここでは割愛します。
ただ一つ感じたのは、濱口さんは良い意味でかなり現実主義的な方だということです。
単なる学者と違って、官僚として行政の現場を見てきた人だからだと思います。
それと、法やシステムと現実がズレたところに貧困が生まれるのだから、貧困を捉えるには労働法それ自体だけを見ていても駄目だということを仰っていたのが印象的でした。

(文責:稲垣)

 


映画『フツーの仕事がしたい』

2011-06-09 23:00:00 | 活動報告

今回は、ドキュメンタリー映画「フツーの仕事がしたい」を鑑賞しました。

この映画は、トラック運転手の皆倉信和さんが、労働組合の仲間とともに戦い「フツーの仕事」を手に入れる物語です。詳しくはこちら http://nomalabor.exblog.jp 2008年制作/70分/土屋トカチ監督。

 

※以下は映画のあらすじになりますので、ネタバレを避けたい方は読まないことをお勧めします。

 

【過酷な労働環境】

皆倉さんは、高校を卒業し運送関連の仕事を転々とした後、東都運輸という会社でセメント輸送運転手として働き始めました。しかし東都運輸は、オール歩合制といって、運んだ分だけ給料が入るという制度をとっていました。最長で月の労働時間が552時間におよぶこともあり、睡眠時間を含む自分の時間は1日に5時間しかありません。それだけ働いても月給30万程度で、残業代も出ず社会保険もありません。さらに「会社が赤字だから」といって賃金が一方的に下げられることもありました。それでも皆倉さんは、周りの同僚も同じだけ働いているため「この業界ではこれがフツーなんだ」と思っていました。

 

【労働組合への加入】

その後、燃料まで運転手が負担する制度になり、さすがにこれでは生活していけないと感じた皆倉さんは労働組合「連帯ユニオン」に入りました。

連帯ユニオンは「誰でも一人でもどんな職業でも加入できる」労働組合です。皆倉さんの職場では他に労働組合に入っている人はいませんでしたが、「一人でも入れる」という言葉を頼りに加入しました。組合に入り、初めて自分の労働環境が異常なことに気づきます。

 

【ヤクザの脅迫】

しかし、組合への加入を会社に通告したときから、会社ぐるみの組合脱退工作が始まりました。組合を辞めるよう社長だけでなく、社長の友人を名乗る工藤というヤクザが出てきて皆倉さんを脅しました。映画では社長や工藤とユニオンの代表が会社の事務所で激しくやりあう場面が克明に映し出されています。

さらに工藤は、皆倉さんのお母さんの葬儀にも何人もの男を引き連れて押し掛けました。このとき組合員に暴行しています。怖いのは、工藤が連れてきた男たちも最初ヤクザかと思われましたが、実際は工藤に雇われただけの運転手だったということです。立場の弱い労働者(運転手)が、本人の知らないうちに利用され、同じ立場の労働者を虐げるのに使われているという構図はおぞましいものがあります。

 

【親会社との戦い】

 皆倉さんや組合が戦わなくてはならない相手は、東都運輸や工藤だけではありません。親会社も相手取る必要があります。この場合、東都運輸(孫会社)FUCOX(子会社)―住友大阪セメント(親会社)という下請け構造になっています。よって、東都運輸の社長にいくら労働条件改善の要求を出しても、決定権が親会社にある場合その要求は通りません。

葬儀の一件のあと、工藤が東都運輸の労務担当役員に就任したと組合に通告がありました。組合はそれに対し抗議ストライキしました。それだけでなく、ヤクザである工藤の就任を知りながらも東都運輸を使い続けているFUCOXに対しても組合は抗議しました。

同時に、組合はFUCOXに対し過積載も告発しました。しかしFUCOXは、「積載については本社(住友大阪セメント)が一元管理している」と責任を回避しました。

それを受け、ついに組合は大阪住友セメントに団体交渉を申し入れました。しかし大阪住友セメントは応じなかったので、強硬手段として本社前でデモを行いました。路上で白い布を掲げ、皆倉さんの戦いの記録映像を映し出しました。

デモが功を奏し、大阪住友セメントは事態の解決を約束しました。

 

【その後】

半年後、皆倉さんは仲間とともに、新会社で「フツーの」労働条件で働くことになりました。東都運輸は事実上廃業し、FUCOXは「クアトロ物流」という名前に変わりました。

 

これは、労働現場の過酷な現実を表すとともに、それに対しどう戦うかという問いの一つの答えを示している作品です。また、映画として面白いのでトラック運転手でなくても感情移入できると思います。まだ観たことのない方は一度観てみてはいかがでしょうか。

(※各地で上映会が行われているほか、201111月にはDVDが発売されます。詳細は上記URLへ。)

 

(文責:稲垣)


女性と貧困

2011-06-02 23:00:00 | 活動報告

今回は女性と貧困、特に母子家庭の抱える貧困について、母子家庭の互助組織「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事の赤石千衣子さんにお話し頂きました。赤石さんは、「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の他、ジェンダーの視点に立った新聞を発行する「ふぇみん」共同代表、「反貧困ネットワーク」副代表を務めるなど、様々な形で女性の貧困問題に関わってこられた方です。

 

女性の貧困といってもぴんと来ない方も多いのではないかと思いますが、日本の母子世帯の平均年収は両親がいる世帯の半分以下で、213万円(平成18年全国母子世帯等調査結果より)。日本のシングルマザーの就労率は世界的に見ても高いにも関わらず、非正規雇用者が多く、ワーキングプア状態に陥っているのです。母子・父子家庭の貧困率は5割以上(2007年厚生労働省)ということもわかっています。

支援策として現金給付(児童扶養手当)が採られていますが、近年では現金給付から就労支援へシフトチェンジしており、例としては母子家庭就業自立センターや母子自立教育訓練給付金があります。母子家庭の約1割が、最後のセーフティネットとされる生活保護を受給していますが、「水際作戦」と呼ばれる窓口での申請拒否や、大都市以外の地域では車保有がハードルとなって、必要なのに受給できない家庭が多いのです。

ワーキングプアのシングルマザーは、長時間労働ゆえに、また、ダブルワークをする人も17.5%と多いため、平日に子どもと過ごす時間は平均46分だとか。金銭的にも子育てに余裕がなく、それが子どもの教育格差にもつながっています。

日本の子どもの貧困率は1割を超えており(2008年:OECD)、教育費用の家庭負担が非常に重い(家族関連の給付が少ない上、教育関連の公的支出も少ない。さらに、日本は所得再分配が機能せず、控除は高所得者に多く適用されている)ため、親の収入が多いほど大学進学率も高くなっています。親の収入が子どもの学歴に直結し、学歴は就職にも影響を及ぼすことから、ひいては子どもの収入にまで関わってしまうということです。子どもの貧困の現在の課題は、子ども手当、就学援助・給付型奨学金、保育・学童クラブ、不登校児支援、子どもの医療費、学習支援、国公立大学授業料無償化など数多く、幅広い支援が必要となります。

ところで、「女性の貧困」というからにはシングルマザーの話だけではありません。若い女性の非正規化の激化、女性の半分以上が非正規雇用者であること、女性の3分の2が年収300万円以下であること、高齢女性の貧困…ほぼ全世代に渡って女性は男性より貧困状態にあります。この背景には、「男性片働きシステム」(妻付き男性モデル)を前提とした社会制度があり、被扶養のパート女性や派遣女性の働き方が拡大してきました。パートや派遣は企業にとって雇用しやすい形態なので、企業がそれを促進するわけですが、生活満足度はパート女性が最も低いとか。

これからの社会に必要なのは、性に平等・中立な制度を作ること、保育・介護分野での仕事の創出、労働者派遣法の改正、中間的セーフティネットの創出、家族関係予算・教育支援の充実、所得再分配を正常に機能させること。さらに、自己責任論で貧困を考えるのではなく、つながり、助けを求めていいという文化が必要とのことです。

今回は東北の被災地の話も出ましたが、避難所では乳児を抱えるシングルマザーが夜泣きで肩身の狭い思いをしていたり、周りに頼れる人がいなかったり、女性視点の避難所運営ができていなかったりと、苦労する女性が多いとか。そういう時に、血縁者でなくても誰かに助けを求められる状況だったら、ずいぶんと変わるはずです。

 

格差や貧困と聞いても自分は関係ないと思ってしまう人も多いのではないかと思いますが、今回の話と、人口の半分が女性であることを考えると、とても身近なものだと言えるでしょう。

 

(文責:上野)

 

 


新宿七夕訴訟/ディスカッション

2011-05-26 23:00:00 | 活動報告

5/26はゲストをお呼びする代わりに、ゼミの担当講師の戸舘弁護士が講義をしたあとディスカッションをやりました。

〈戸舘弁護士の講義〉
講義では、戸舘さん自身が貧困問題に関わるようになった経緯を交えつつ、ゼロゼロ物件・追い出し屋・ホームレスといった住まいの貧困問題を中心に話してもらいました。

戸舘さんは最初刑事事件を主に担当する弁護士になりたかったそうなんですが、何かのきっかけで路上相談会(弁護士が野宿者や生活困窮者からの相談を無料で受ける会)に行ったときのこと。
ホームレスの方の多くは借金を抱えていて、その取立てが怖いからアパートに入れないという相談を受けた。
でも、消費者金融とかからの借金は5年で消滅時効になる。だから、「消滅時効ですよ」と言うだけでその人は救われてしまったらしい。今までその人が路上で苦労してたのは何だったんだって話。これくらいのことで救われる人がいるということと、弁護士が一番多い東京でもたったこれだけの司法サービスが受けられない人がいるというのが衝撃的で、以来貧困問題に由来する事件を多く扱うようになったらしい。
やっぱり「少しのことで変えられる」っていう実感が、何か行動を起こすきっかけとしては大事なのかな、と思いました。

ゼロゼロ物件っていうのは敷金・礼金がゼロの格安物件で、それを餌に低所得者を釣って、家賃の滞納が1日でも遅れたら鍵を勝手に交換したり家具を捨てたりして追い出すような悪徳業者が存在する。特に戸舘さんは「スマイルサービス」っていう業者から受けた被害の対策弁護団事務局長をやっているそうです。
 
こういう業者に引っかかったりしてホームレスになるとどうなるか。住所不定だと定職に就きづらいのですが、そもそも憲法25条で「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されていて、生活保護制度があるんだから本当だったら住居が無い人にはすぐアパートとかへの入居費用が支給されるはず。
そうならないのは、福祉事務所の職員の多くが「水際作戦」というのをとっているから。水際作戦とは、住所不定だと生活保護が受けられない、生活保護申請に付添い人は認められない、などの嘘をついて需給させないようにすること。こんなことしてるせいもあって、生活保護制度の補足率(本来所得水準等から見て受給すべき人のうち、実際に受給している人の割合)は3割くらいしかないらしい。これを私は去年初めて聞いたんですが、まさか役所の人間が嘘をついているとは思わなかったからかなり驚きました。

ただその裏には福祉課が予算削減とか人員不足で常にオーバーワーク状態なことがあって、彼らを単に責めれば問題が解決するわけでもない。
そうはいっても、行政の酷い対応をそのままにするわけにもいかないから、今新宿区を相手に七夕訴訟が行われています(6月21日に最終弁論がありました)。

〈ディスカッション〉
残った時間で、これまでのゼミの感想と要望を一人一人話しました。貧困を自分自身の問題として捉えないと、という感想が多かったと思います。使用者側(以前ブラック企業・派遣会社に勤めてた人とか)や行政の福祉担当側の話を聞いてみたいという要望もありました。
(文責:上野)