あまいろ
Challenge 4 簡単なことだったんだね その2
亜衣の言葉に一瞬、たじろいだ守屋だったが、すぐにキッと睨み返しながら、
「皆原!あんた何しに来たのさ?ここは部外者以外立ち入り禁止だよ。もう、仮入部期間も終わったあんたには関係ないんだから引っ込んでな!」
と言い返す。
「はあ?正規の練習が終わった後にこんなイビりをやってて部外者もなにもないわよ。それに関係大有りよ。友達をこんな目に遭わされて黙ってらんないね!」
(あんな酷いことを言ったわたしのことを友達って言ってくれるの?)
散々、裏切られてきたばかりの麻巳からすれば信じられないことだった。他人の危機に自分のことを省みずに助けに入ってくれる人がいようなどとは夢にも思わなかったのだ。
「はん!友達?こんなぼっちなんかと?笑わせてくれるじゃないのさ。ねえ?」
守屋は馬鹿にしたような口調で言うと、仲間たちと一緒になって笑い合った。
だが、亜衣はそんな守屋たちの笑い声など耳にも入っていないかのように、麻巳の元に寄ってきて手を差し伸べてきた。
「七瀬さん、立てる?」
「・・・・・・うん」
感極まってそれ以上声が出なかった。そしてその差し伸べられた手の感触は麻巳が今までに触れた誰の手よりも温かく、何より優しさに溢れていた。
「ふん、くさい友情ごっこなんかしちゃってさ。馬鹿じゃないの?そんなに七瀬が大事な友達だってんならあんたもこの特訓に付き合ってみる?」
「へえ、おもしろそうじゃない。やってみなさいよ。あんたが七瀬さんにしたようにやってみなよ!」
守屋の挑発に亜衣は真っ向から受ける姿勢を見せる。
「皆原さん、やめて。こんなことにあなたまで付き合うことないわ」
こうして来てくれただけでも感謝せずにはいられないことだった。それだけに亜衣まで同じように傷ついてほしくはなかった。
「七瀬さん、わたしが止めたら、そのボールをトスして。いいわね?」
亜衣はそれだけ言うと、制服の上着を脱ぎ捨て、コートの中央へと進んだ。
「へえ、やる気満々じゃん。だけど、その態度もどこまで続くかしらね!」
不敵な亜衣の態度に守屋は苛立ったのか、まだ構えてすらいない亜衣に向かって、奇襲をかけるように容赦なくボールを三球ほど立て続けに投げ込んできた。
すると、亜衣は直立姿勢のまま、右腕、左腕、また右腕とまるでお手玉でも扱うように、その三球をことごとくレシーブして見せた。
その鮮やかさは、守屋の仲間たちも思わず見とれてしまうほどだった。
「七瀬さん!」
亜衣の声がコートに鳴り響く。
守屋の仲間たちと同じように、亜衣のレシーブに見とれていた麻巳は思い出したようにトスの体勢に入ると、三つの球を一呼吸置きながら次々と亜衣の頭上へと送り出す。
そして、落ちてきたボールに向かって、亜衣が大きく跳躍する。
相変わらずの見事な跳躍力であった。照明から注がれる光の効果もあってか、麻巳にとっては神々しいまでの姿に映っていた。
その時、麻巳の脳裏に一つの光景が甦った。それは先日見た夢の中で、光の中から自分に向かって手を差し伸べてきた人、それが今、麻巳の中で完全に亜衣の姿と重なったのだ。
(あの夢は、皆原さんがわたしを導いてくれることを暗示していた?)
運命や、占いといったものを麻巳は信じていなかった。だが、この時ばかりはそういう奇跡的な運命もあるのかもしれないと思わずには入られなかった。
麻巳がそんなことを考えているうちに、亜衣が一つめのボールをスパイクする。
高い打点から打ち放たれたそのボールは、台の上にある守屋の右膝へと命中した。
「ああ!」
小さく呻きながら片膝を付く守屋。だが、これだけでは終わらない。続けて二球目が、今度は腹の付近へと襲い掛かる。
だが、守屋もつい最近までスタメンを張っていた選手だ。むざむざ続けて喰らいはしない。今度は両腕でレシーブしてこれを防ぐ。
ホッとして安堵の表情を見せる守屋。しかしそれも束の間のことだった。すでに三球目が目の前に迫っており、レシーブしたばかりの守屋にこれを防ぐ手立てはなかった。
そう、二球目は言わば撒き餌のようなもので、本命の三球目を確実に当てるためのものだったのだ。
強烈なボールが守屋の顔面へと炸裂し、守屋はその勢いに押されて台の上から転げ落ちた。それは見る者を戦慄させる恐ろしいまでの威力であった。
だが、それ以上に凄いのは亜衣の跳躍力と滞空能力である。亜衣は一度のジャンプで三球全てをスパイクしてみせたのだ。守屋たちとはこの時点で桁が違っている。
「さあて、他の先輩方はどうします?同じようになるのをお望みですか?それともバレーじゃなく力づくで来ます?わたしは構いませんよどっちでも。わたし、こう見えても合気道三段ですからね」
落ち着き払った声と凛とした瞳。その様子からどう見てもハッタリであるとは思えなかった。それに暴力沙汰などになったら出場停止になってしまう。そうなれば、今度は自分たちが三年生の的にされてしまう。それだけはどうしても避けなければならない。二年生たちには引き下がるしか選択肢はなかった。
「今度七瀬さんにこんな真似したら一人ずつぶっ潰すからね」
「わ、わかったわよ。もう、しないからさ。だからキャプテンや先生には・・・・・・」
「はいはい、黙っててあげるから約束は守りなさいよ?」
完全に立場が入れ替わっていた。首謀者の守屋などは亜衣の放ったスパイクを受け気絶してしまい、未だに目を覚まさずに床の上に寝かされたままである。
二人は、二年生たちに後片付けを任せ、一足先に体育館を出た。すでに時間は午後8時近くになっていて、すっかり夜空になっていた。だが、その夜の中にきらめく桜の木々たちがより艶やかに見え、麻巳は思わず目を見張った。
「綺麗だね」
亜衣も同じように思っていたらしく、麻巳の横で夜桜に見とれている。
「ねえ、どうして助けてくれたの?」
麻巳は亜衣に訊ねた。
そんな麻巳の言葉に亜衣は呆気に取られたような顔を見せた。
「どうしてって。友達が酷い目に遭ってたからって理由だけじゃ駄目かな?」
そう答える亜衣の言葉にはなんの気取りも感じられなかった。本当にそう思っているとしか見えないのだ。
「だって、わたし・・・・・・あなたに酷いこと何度も言ったんだよ。今朝、校門にいなかったし、絶対怒ってると思ってた」
「あ、わたしは別に気にしてないよ。それと今朝はちょっと寝坊しちゃってさ」
亜衣は茶目っ気たっぷりに舌を出す。
「でも・・・・・・」
そうは言われても麻巳は気が済まない。とにかく謝らねばとさらに口を開こうとした。
すると、亜衣は、
「ねえ、桜といえばワシントンの桜の木の話が有名だけど、ワシントンにはこういう言葉があるの知ってる?」
と麻巳の言葉を遮るように話し出す。
「“友情とは成長の遅い植物である。その友情が本当の意味で花を咲かすまでには幾たびの試練や困難にも耐え抜かなければならない”って」
「友情は成長の遅い植物・・・・・・!」
「わたしね、仲良くするとか一緒に遊ぶってだけが友達じゃないと思うんだ。それ以外に、刺激しあってお互いを高め合えるのが本当の友達だと思うの。そして、わたしはそれがあなたとなら出来ると思ったんだ。だから、あなたに何を言われようと、いつか本当の友達になれるのなら全然構わないってね」
麻巳にとって、これ以上の言葉はなかった。亜衣の行動力と言動には一点の曇りもないことは明白である。
「わたし、バカだった。自分が傷つくのを恐れてずっと、友達を作ることから逃げてたんだ。本当は友達になるって簡単なことだったんだね」
体の奥底から込み上げてくる熱いものが涙に形を変えて、麻巳の白やかな頬を伝って流れ落ちる。
「今からでもまだ間に合うよ」
亜衣が麻巳の両手を優しく包みこむ。
満月の光が祝福するかのように二人の姿を明るく照らしていた。
第5話につづく
次回からようやく本格始動という感じです。
ちょっと構想秘話なんかも語りたいと思います。
Challenge 4 簡単なことだったんだね その2
亜衣の言葉に一瞬、たじろいだ守屋だったが、すぐにキッと睨み返しながら、
「皆原!あんた何しに来たのさ?ここは部外者以外立ち入り禁止だよ。もう、仮入部期間も終わったあんたには関係ないんだから引っ込んでな!」
と言い返す。
「はあ?正規の練習が終わった後にこんなイビりをやってて部外者もなにもないわよ。それに関係大有りよ。友達をこんな目に遭わされて黙ってらんないね!」
(あんな酷いことを言ったわたしのことを友達って言ってくれるの?)
散々、裏切られてきたばかりの麻巳からすれば信じられないことだった。他人の危機に自分のことを省みずに助けに入ってくれる人がいようなどとは夢にも思わなかったのだ。
「はん!友達?こんなぼっちなんかと?笑わせてくれるじゃないのさ。ねえ?」
守屋は馬鹿にしたような口調で言うと、仲間たちと一緒になって笑い合った。
だが、亜衣はそんな守屋たちの笑い声など耳にも入っていないかのように、麻巳の元に寄ってきて手を差し伸べてきた。
「七瀬さん、立てる?」
「・・・・・・うん」
感極まってそれ以上声が出なかった。そしてその差し伸べられた手の感触は麻巳が今までに触れた誰の手よりも温かく、何より優しさに溢れていた。
「ふん、くさい友情ごっこなんかしちゃってさ。馬鹿じゃないの?そんなに七瀬が大事な友達だってんならあんたもこの特訓に付き合ってみる?」
「へえ、おもしろそうじゃない。やってみなさいよ。あんたが七瀬さんにしたようにやってみなよ!」
守屋の挑発に亜衣は真っ向から受ける姿勢を見せる。
「皆原さん、やめて。こんなことにあなたまで付き合うことないわ」
こうして来てくれただけでも感謝せずにはいられないことだった。それだけに亜衣まで同じように傷ついてほしくはなかった。
「七瀬さん、わたしが止めたら、そのボールをトスして。いいわね?」
亜衣はそれだけ言うと、制服の上着を脱ぎ捨て、コートの中央へと進んだ。
「へえ、やる気満々じゃん。だけど、その態度もどこまで続くかしらね!」
不敵な亜衣の態度に守屋は苛立ったのか、まだ構えてすらいない亜衣に向かって、奇襲をかけるように容赦なくボールを三球ほど立て続けに投げ込んできた。
すると、亜衣は直立姿勢のまま、右腕、左腕、また右腕とまるでお手玉でも扱うように、その三球をことごとくレシーブして見せた。
その鮮やかさは、守屋の仲間たちも思わず見とれてしまうほどだった。
「七瀬さん!」
亜衣の声がコートに鳴り響く。
守屋の仲間たちと同じように、亜衣のレシーブに見とれていた麻巳は思い出したようにトスの体勢に入ると、三つの球を一呼吸置きながら次々と亜衣の頭上へと送り出す。
そして、落ちてきたボールに向かって、亜衣が大きく跳躍する。
相変わらずの見事な跳躍力であった。照明から注がれる光の効果もあってか、麻巳にとっては神々しいまでの姿に映っていた。
その時、麻巳の脳裏に一つの光景が甦った。それは先日見た夢の中で、光の中から自分に向かって手を差し伸べてきた人、それが今、麻巳の中で完全に亜衣の姿と重なったのだ。
(あの夢は、皆原さんがわたしを導いてくれることを暗示していた?)
運命や、占いといったものを麻巳は信じていなかった。だが、この時ばかりはそういう奇跡的な運命もあるのかもしれないと思わずには入られなかった。
麻巳がそんなことを考えているうちに、亜衣が一つめのボールをスパイクする。
高い打点から打ち放たれたそのボールは、台の上にある守屋の右膝へと命中した。
「ああ!」
小さく呻きながら片膝を付く守屋。だが、これだけでは終わらない。続けて二球目が、今度は腹の付近へと襲い掛かる。
だが、守屋もつい最近までスタメンを張っていた選手だ。むざむざ続けて喰らいはしない。今度は両腕でレシーブしてこれを防ぐ。
ホッとして安堵の表情を見せる守屋。しかしそれも束の間のことだった。すでに三球目が目の前に迫っており、レシーブしたばかりの守屋にこれを防ぐ手立てはなかった。
そう、二球目は言わば撒き餌のようなもので、本命の三球目を確実に当てるためのものだったのだ。
強烈なボールが守屋の顔面へと炸裂し、守屋はその勢いに押されて台の上から転げ落ちた。それは見る者を戦慄させる恐ろしいまでの威力であった。
だが、それ以上に凄いのは亜衣の跳躍力と滞空能力である。亜衣は一度のジャンプで三球全てをスパイクしてみせたのだ。守屋たちとはこの時点で桁が違っている。
「さあて、他の先輩方はどうします?同じようになるのをお望みですか?それともバレーじゃなく力づくで来ます?わたしは構いませんよどっちでも。わたし、こう見えても合気道三段ですからね」
落ち着き払った声と凛とした瞳。その様子からどう見てもハッタリであるとは思えなかった。それに暴力沙汰などになったら出場停止になってしまう。そうなれば、今度は自分たちが三年生の的にされてしまう。それだけはどうしても避けなければならない。二年生たちには引き下がるしか選択肢はなかった。
「今度七瀬さんにこんな真似したら一人ずつぶっ潰すからね」
「わ、わかったわよ。もう、しないからさ。だからキャプテンや先生には・・・・・・」
「はいはい、黙っててあげるから約束は守りなさいよ?」
完全に立場が入れ替わっていた。首謀者の守屋などは亜衣の放ったスパイクを受け気絶してしまい、未だに目を覚まさずに床の上に寝かされたままである。
二人は、二年生たちに後片付けを任せ、一足先に体育館を出た。すでに時間は午後8時近くになっていて、すっかり夜空になっていた。だが、その夜の中にきらめく桜の木々たちがより艶やかに見え、麻巳は思わず目を見張った。
「綺麗だね」
亜衣も同じように思っていたらしく、麻巳の横で夜桜に見とれている。
「ねえ、どうして助けてくれたの?」
麻巳は亜衣に訊ねた。
そんな麻巳の言葉に亜衣は呆気に取られたような顔を見せた。
「どうしてって。友達が酷い目に遭ってたからって理由だけじゃ駄目かな?」
そう答える亜衣の言葉にはなんの気取りも感じられなかった。本当にそう思っているとしか見えないのだ。
「だって、わたし・・・・・・あなたに酷いこと何度も言ったんだよ。今朝、校門にいなかったし、絶対怒ってると思ってた」
「あ、わたしは別に気にしてないよ。それと今朝はちょっと寝坊しちゃってさ」
亜衣は茶目っ気たっぷりに舌を出す。
「でも・・・・・・」
そうは言われても麻巳は気が済まない。とにかく謝らねばとさらに口を開こうとした。
すると、亜衣は、
「ねえ、桜といえばワシントンの桜の木の話が有名だけど、ワシントンにはこういう言葉があるの知ってる?」
と麻巳の言葉を遮るように話し出す。
「“友情とは成長の遅い植物である。その友情が本当の意味で花を咲かすまでには幾たびの試練や困難にも耐え抜かなければならない”って」
「友情は成長の遅い植物・・・・・・!」
「わたしね、仲良くするとか一緒に遊ぶってだけが友達じゃないと思うんだ。それ以外に、刺激しあってお互いを高め合えるのが本当の友達だと思うの。そして、わたしはそれがあなたとなら出来ると思ったんだ。だから、あなたに何を言われようと、いつか本当の友達になれるのなら全然構わないってね」
麻巳にとって、これ以上の言葉はなかった。亜衣の行動力と言動には一点の曇りもないことは明白である。
「わたし、バカだった。自分が傷つくのを恐れてずっと、友達を作ることから逃げてたんだ。本当は友達になるって簡単なことだったんだね」
体の奥底から込み上げてくる熱いものが涙に形を変えて、麻巳の白やかな頬を伝って流れ落ちる。
「今からでもまだ間に合うよ」
亜衣が麻巳の両手を優しく包みこむ。
満月の光が祝福するかのように二人の姿を明るく照らしていた。
第5話につづく
次回からようやく本格始動という感じです。
ちょっと構想秘話なんかも語りたいと思います。
惚れました!いや前から惚れてたんですけど!
惚れ直しました///
麻巳ちゃんと亜衣ちゃんが
これからどういう風になっていくのか
楽しみでなりません><
ちょっとチート過ぎって感じもありますが、
まあ主人公はこれくらいじゃないとつまらないので。
ご期待に沿えるかどうかわかりませんが、頑張ります!