第三話 広がり始めた距離
半ば諦めていた少女との再会、正志は嬉しさよりも驚きで一杯だった。
それも少女の方から挨拶をしてくれたのだから・・・
「えーと、よろしくねってことは、俺たちのこと知ってるの?」
声も出せずにいる正志の代弁をするかのように一哉が尋ねた。
「うん、知ってるよ。須賀くんに浅川くんでしょ?」
少女はにっこりと笑ってみせる。
その笑顔がとても自然で愛らしい。まるで春の陽射しの中、華やかな園で爽やかな風を受けたような・・・そんな心地のよさである。
しかし、その直後、そんな気分に浸っている正志を打ち破るように後から「あ、おっはよう!」と女子生徒の甲高い声が響く。
正志の後ろから現れたこの女子生徒はどうやら少女の知人らしく、正志たちを置き去りにするかのように、そのまま談笑しながら教室へと連れて行ってしまった。
「ハハハハ。感激の再会だったのに残念だったな正志」
一哉がニヤツキながら左の肘で小突いてくる。
「そっか、小学校は違ったけど中学だと同じ学区になるんだな」
確かに会話ができると思っていただけに少しがっかりではあったが、同じクラスにもなれたし、自分のことも知ってくれていた。今はそれだけで十分だと正志は感じていた。
その後、彼女が”泉沢彩夏“という名前であること、そしてなぜ正志たちのことを知っていたのかが明らかになった。
「わたし、元々野球とかサッカーを観るのって好きなの。それでたまたま友達と一緒に二人が出ている試合を見てたら、なんだか気になっちゃって。それから何度か観ているうちにすっかりファンになっちゃったんだ」
この発言に正志は嬉しくなった。
あの日、たまたま練習場に現れただけと思っていたのが、実は何度も自分たちの試合を観に足を運んでくれていた・・・それもファンであると公言してくれたのだから。
「そ、それ・・・」
正志は「それは嬉しいな」と言おうとしたのだが、どうも緊張でどもってしまって歯切れが悪くなってしまう。
すると・・・
「いやあ、嬉しいね。泉沢さんみたいな可愛い人にファンなんて言われるなんてさ」
先に一哉にそう言われてしまい、まんまと先を越されてしまうことになった。
一哉は基本的に初対面だろうが、男女関係なく友人のように接することが出来る。
正志はそんな一哉の性格を羨ましく思う反面、時折妬ましくも思っていた。
一哉は正志と違っていつもヒーローだった。クラス対抗でドッジボールをやらせても、球技大会でサッカーをやらせてもエースとして活躍する。
正志もそれなりに自分の良さを見せるものの、一哉と比べると地味に映ってしまう。例えるなら太陽と月、光と影。だが、そんな対照的な二人だからこそ、却ってお互いを補うことで1+1が2ではなく3にも5にもなっているといえる。
しかし、そんな名コンビの二人にも少しずつ距離が出始める。
正志と一哉は部活に入る代わりにシニアリーグで野球を続けることになった。シニアリーグとは中学生のやる硬式野球のことで、高校野球やその先にあるプロを目指す野球少年たちが目指すエリートコースのようなものだ。
常に上を目指す正志と一哉がシニアリーグに入団するのは当然のことである。
ところが、一哉はその素質を見込まれて早々に一軍に混じって練習することを許されたが、正志は実力不足と判断され、二軍で雑用に追われることとなってしまった。
キャッチング、スローイング、インサイドワークといったキャッチャーに必要なものは高い水準で兼ね備えているつもりでいた正志だったが上に上がいる。
正志以上のキャッチャーでさらに打撃も上な選手はチームに何人もいたのである。
秋になると、三年生が引退したことで一哉が中継ぎとして試合に出るケースが増えた。すでにチームの構想で、一哉にいずれはエースを任せたいとう意向があるようだった。
一方、正志は相変わらず二軍の雑用と時折、誰かのボールを受けるというただのブルペン捕手という立場で一哉とは雲泥の差であった。
そんな一哉の勇姿を客席から見ることしか出来ない自分の姿に、正志は惨めさを感じずにはいられなかった。
しかも、一哉には試合を観に来た彩夏たち女子の声援が飛んでいるのだ。これほど堪えることはない。
彩夏の声援を自分も受けたい、一哉と同じ舞台に立ちたい。
これまでキャッチャーとして一哉をリードしていくのが自分の仕事だと思っていた正志に初めて野望の火が灯った。
中学一年の秋、正志は打者としての道を切り拓くことを決断したのだ。
ただ一人の笑顔を、そして心を掴むために──
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やっぱり面白いですね~。
続きが気になります!!
ほんと直家さん文章力あって羨ましいです^^
この辺はどうしようか考えたのですが、
まあ、こういう形に持って行くのがいいかなと思いまして・・・
いつも応援ありがとうございます。
拙い文章ですが、よろしければ最後までお付き合いください<(_ _)>