新・秘密基地

好きな玩具やらゲームなんかを綴っていきます。

第八話

2011-06-25 23:05:08 | その他



第八話 正志 対 一哉

 灼熱の太陽が容赦なく照りつく。この試合を見ていて日に焼ける人も多いだろう。そんな太陽のように今、正志の心も激しく燃え盛っている。
(一哉、お前にはいつもいいところを持っていかれてばかりだったな。だが、今日はそうはいかない。甲子園だけは絶対渡さない!)
 正志はバットを大きく二度振って気合を見せ付ける。
 傍から見ても背筋が寒くなるような凄まじいスイングだ。福沢コーチによって授けられた斬るようなスイングの賜物である。

 ウグイス嬢の場内アナウンスによって代打・浅川の名が場内に響き渡る。

 それに真っ先に反応するのは勿論マウンドにいるあの男だ。
「ついに来たか」
 向けられた一哉の視線がそう言っているのを正志は感じ取る。
 正志も同じように視線で言葉を返す。
「待たせたな」と。
 それを見て、一哉が不敵に笑う。
 これもまたあの時と同じだ。打てるものなら打ってみろという一哉の揺ぎ無い自信、正志の目には一哉の体からその自信が水蒸気のように立ち昇っているように見えた。

 正志が右のバッターボックスに入ると、球審から「プレイ」のコールが告げられる。
 それを合図に一哉は大きく振りかぶるダイナミックなフォームで第一球を投じる。
 投げたと感じた直後にボールは聞くからに重そうな音を立てて、ミットのど真ん中に突き刺さる。当然、これはストライク。
 この一哉の挨拶代わりとも言うべき一投目は152km/hを計測していた。
(なるほど、ベンチから見ていても相当速く見えていたが、間近で見るとまた別物だな)
 正志はバットで軽く右肩を叩きながら、その球威に感心する。

 そして、一呼吸置いて再びバットを構えなおし、二球目に備える。
 その間にキャッチャーのサインを見て頷く一哉。またも大きく振りかぶって投球に入る。
(もう一球ストレートを続けてくるか?)
 これほど球が走っているわけだ。直球で押してくるのも十分考えられる。正志は迷わず直球に備える。
 ところが、ボールに勢いが足りない。正志はこれを落ちるボールと瞬時に判断し、またも見送ってみせた。
 ボールは内角低目へボール一個分ほど外れるボール球。これでカウントはワンボール、ワンストライクだ。
(ふう、縦のスライダーか。何度もチェックしておいてよかったな)
 一哉と戦うにあたって、正志が最も警戒していたのがこの縦のスライダーだった。
 中学時代までは投げていなかった自分の知らない持ち球ということ、そしてなにより縦への変化は横の変化に比べて対応しにくいということから、何度も一哉の試合が収録された映像を見て、研究していたのだ。
 この対応には一哉も苦笑するしかない様子。これで精神的に優位に立った。正志はそう思った。
 その直後の第三球。今度は決め球であるスライダーを投げ込んできた。
(待っていたぜこの球を!)
 かつての相棒の決め球だ。受けていた自分に打てないわけがない。強い確信を持ってこれを打ちにいく。
 ところが、一哉のスライダーは大きく右へと変化し、ホームプレートの右上隅を掠めながら正志のバットから逃げるようにしてミットに納まった。
「ストライクツー!」そして高鳴る球審のコール。精神的に優位に経ったと思ったのも束の間、今度は正志が追い詰められる状況になったのだ。
(バ、バカな・・・一哉のスライダーがこんなに大きく変化するなんて。いや、それよりも恐ろしいのはストライクゾーンギリギリを掠めるあのコントロール。甘かった、このスライダーは俺の知っている一哉のスライダーとは別物だった)
 全身から冷や汗が湧き出してくるのを正志は感じていた。狙い球どころかこれはわかっていても打てないレベルのボールではないか?そんなことが脳裏を掠めてくる。
 うろたえる正志は思わず、タイムをとって打席を外した。
途端に崩れかける自信。結局、才能の前には努力など報われないのか、やはり自分は一哉の引き立て役でしかないのか。
そう弱気になりかけたその時だった。
「がんばって!!」
 どこからか、そんな声が正志の耳に飛び込んできた。
 それは聞き覚えのあるあの声・・・そう、彩夏の声に似ていた。
(彩夏の声?いや、まさかな。だいたい、梁瀬の生徒である彩夏の声が俺に向けられるはずもない。それにこれだけいる観衆の中で聞き分けることなんてあり得ないものな)
 あまりの馬鹿馬鹿しさに思わず笑みがこぼれる。
(空耳でもなんでも感謝するぜ。おかげでリラックスできたしな)
 その声は正志の心に留めていたものが起こした錯覚なのかもしれない。しかし、そんな空耳でも今の正志にとっては大きな追い風であった。
 正志は集中力を研ぎ澄ますべく、バットを前に持っていきながら目を瞑り、精神統一するようにして心を落ち着かせる。
(昂ぶるな、怯えるな。無心になって斬れ)
 心の中で念仏を唱えるように何度もその言葉を繰り返す。
 そしてようやく打席に戻ると、今度はベース寄りに立ってバットを構えた。
 これはホームプレートの一角を掠めて逸れていくスライダーを打ち崩すためである。
 だが、相手もわざわざ待っている球を投げるほどバカではない。次に来たのは外角低めの直球。
 正志はこれを振り遅れながらも、なんとかバットの先に当ててファウルに逃れる。
 続く五球目、今度もまた直球。しかしコースは真ん中高め、球速も153km/hとここまでで一番速い。
 しかし、これも正志はバックネットへと直撃させ、ファウルにして見せた。
 その粘りに観衆たちも息を呑む。ここまで一哉を相手にこれほど粘るバッターはいなかった。それだけで唸らせるには十分だ。
 
 果たして次で勝負が着くのか?注目の六球目。正志は今度も直球とヤマを張り、今度こそ振り遅れまいと早めにスイングに入る。
 ところが、ボールが来ない。一見、直球のような軌道に見えて緩やかに変化するそのボールはチェンジアップだった。
(しまった。なんとかファウルに逃げないと!)
 すでにスイングに入ってしまった正志は、ここでバットを止めてもスイングを取られてしまう。そうなれば当然三振だ。なんとしてもここは逃れなければならない。
 とはいえ、あまりにもバットの出が速すぎてボールに届く前に振り切ってしまう。
「くっ!」
 すると正志は、ここで右膝を土に着けて屈むようにしながら体を精一杯前に伸ばす不恰好なフォームで、なんとかバットの先端でボールを三塁線の外へと叩き落とした。
 そしてすかさずまた、タイムを取り打席を外す。
(あいつ、チェンジアップなんて投げられるようになったのか)
 思わず口元が緩む。
 そして思い出されるのは小学生時代の記憶。かつて一哉が覚えたチェンジアップを使いたいと言ったことがあった。しかし、実際に試合で投げさせてみると、それはただ力を抜いただけの棒球であり、格好の狙い球であった。
 その紛い物だったチェンジアップを今ではちゃんと投げられるのだと思うと、なんだかおかしくなってしまうのだ。
(ふふ。ホントこいつは面白いやつだよな。対戦してなんとなくわかった。真剣勝負の醍醐味ってやつが。そしてそれが強ければ強いほどやりがいがあるってこともな)
 正志は素振りをしながらチラリとマウンドにいる一哉を見る。そして心の中で語りかける。
(一哉、お前は俺との勝負を楽しんでくれているか?)と。
 
 正志が再び打席に戻る。それを見て、一哉は額の汗を右手で拭うと、今度はロージンをつけて汗を落とす。これは汗で滑らぬように投げるためだ。
(次はなんで来る?逃げるスライダーかそれとも縦の方か?)
 正志は一哉がロージンをつけたことで、勝負を決めに来たと思い、どちらの変化球で自分を仕留めに来るのかを考える。

 ところが、一哉が投げたボールは横でも縦のスライダーでもない、内角への直球だった。
 完全に裏を掻かれた正志はバットを動かすことすら出来ない。
 しかし、コースは際どい。入っているか怪しいボールだ。
 正志は後ろを振り返り、球審の顔を覗く。それはストライクなどとコールさせないと言わんばかりの鋭い眼光だ。
 だが、この決勝戦を任されるだけあってこの球審も中々の者、正志の目を真っ向から見返しながら「ボール」と告げる。
(ナイス審判。よく見てくれてるぜ)
 この勝負にあって、この名審判。正志はこのめぐり合わせに感謝したい気持ちだった。そして誓う。このジャッジに相応しい結末を。

 それはマウンドに立つ一哉も同じようで、今のボール判定に不満を見せるような仕草は何一つ見せていない。

(さあ、来い!)
 正志の視線が一哉を捉える。
 それを合図にするかのように一哉の左足がゆっくりと上がる。そして大きく作られたテイクバックの直後に振り下ろされる鞭のようにしなる右腕!
 またしても直球だ。しかも球速はさらに上がって154km/hを計測する。
まさに空気を切り裂くストレート、ボールが白い炎となって唸りを上げる。

そこへ、一陣の風の如く巻き起こるスイングが、この白炎を一閃する。
そしてバットの奏でた調に乗って、白球は大空へと吸い込まれていった。

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2 コメント

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Unknown (夜美羽)
2011-06-26 21:22:09
ぐはっ・・・!←
またもやいいとこで・・・・っっ!
ホームランですかホームラン打てるんですか正志は((黙れ

続き楽しみにしてます!!!

  
返信する
Unknown (直家)
2011-06-27 21:29:17
>夜美羽さん
さあ、どうなるんでしょうね?

次回はキリの良いところで終わりますよ。

そしてこの試合もついに決着です。
返信する

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