吉守稲荷神社 東京都杉並区浜田山2丁目11
周りの色に溶け込んだような神社。
結構、車通りの多い道に面した神様は、この地域を開拓した子孫の方の屋敷神のよう。
誰でもお参りできるようになっています。ありがたい。
吉守稲荷神社 東京都杉並区浜田山2丁目11
周りの色に溶け込んだような神社。
結構、車通りの多い道に面した神様は、この地域を開拓した子孫の方の屋敷神のよう。
誰でもお参りできるようになっています。ありがたい。
現代的に、列車で運ばれてきた神様。
そしてお塚エリアがとても明るく、楽しい神社です。
「妻は夫をいたわりつ、夫は妻に慕いつつ」の「壺坂霊験記」名調子で成功した浪曲の浪花亭綾太郎を祀るお稲荷さんも鎮座。
ふるさとに戻ったような懐かしい気持ちを感じてみてください
江東天祖神社 東京都江東区亀戸3-38-35
日本で初めて鉄筋コンクリートで本殿を作った 神社 。
そのおかげで、たくさんの人々を空襲から守りました。
神が人を守り、人は神を祀る。
長い歴史と現代が融合した素敵な 神社 です。
浜田山稲荷大明神
東京都杉並区浜田山3丁目4−2
浜田山の静かな住宅街。
通り過ぎそうにさりげなく聖域は、言葉では表せない清らかな空気にあふれていました。
浜田山の歴史を見てきた神様です
「杉並風土記」森泰樹 著. 杉並郷土史会
浜田山この辺り、神田川の北側は浜田山。浜田山の地名は江戸の頃、内藤新宿の商人である浜田屋弥兵衛に由来する。浜田屋は浜田山4丁目の杉並南郵便局辺り一帯に松やくぬぎの林(此の辺りでは「山」と呼ぶ)を持っていたようである。そこには一族が眠っており、お彼岸には浜田屋の一族がこの地を訪れ、仏の供養へと村の子供たちにお菓子や銭を配り、それはもうお祀りのような騒ぎでもあり、一躍「浜田山」という名が有名になった。浜田屋は明治に米相場に失敗し没落したが、浜田山は小字として残った、と言う
熱田神社 東京都台東区今戸2丁目13−6
今戸の静かな聖域。
こちらのご神宝は、江戸時代に奉納された大太刀「陰陽丸」。
調べてみると、その刀工は旗本。
どういう経緯で刀鍛冶になったのかはわかりませんでしたが、
彼の得意作は短刀と言うにもかかわらず、大太刀を奉納しています。
60歳を超えて、ものすごいチャレンジをしているのです。
その大太刀はコロナの流行時に、町内を祓うために巡行した神の刀となったのです。