今年の桜観察を本格的にスタートする前、冬の間十分に歩いて過ごさなかった(同年代の知人からは「よく歩くよね~」と言われてはいましたが…)ので、長く歩く練習のつもりで、護国寺を散歩してきました。秋の終わりに仁王門をくぐったところだけお邪魔していて、その後、きちんとお参りしていなくて気になっていたので、その気持ちも解消できました。
護国寺は天和元年(1681年)、五代将軍徳川綱吉が創建。明治16年、大正15年と火災に遭いましたが、観音堂(本堂)や仁王門、惣門などは、創建当時のものと言われています。さらに、東京の都心にありながら関東大震災や東京大空襲にも耐えて残った名刹です。尾崎豊の葬儀が行われたところとして記憶にある人もいると思います。
3月5日(土) 護国寺
仁王門をくぐって右手に富士塚があったのでまずはここを登頂!
その後、重要文化財である本堂や薬師堂など、じっくりめぐらせていただきました。
画像は撮りませんでしたが、じつはここの墓所には著名な方々が多く眠っていらっしゃいます。
山縣有朋、大隈重信、三条実美などなどのほか、わが故郷のお殿様・松平不昧公(墓所はここ以外にあと2つありますが)、さらには梶原一騎、大山倍達のお墓もあったりして、ちょっとした「墓マイラー」の聖地のようにもなっていたりするのだとか。
おかげさまで、広大な敷地内をたっぷり時間をかけてお参りしたおかげで、ザクザク歩くための体力づくりになりました。またじっくりめぐりたいので「墓マイラー」になりに行こうと考えています。
※昨夜の地震。11年前の次レベルくらいの恐怖感でした。このまま何も起こりませんように。
護国寺は天和元年(1681年)、五代将軍徳川綱吉が創建。明治16年、大正15年と火災に遭いましたが、観音堂(本堂)や仁王門、惣門などは、創建当時のものと言われています。さらに、東京の都心にありながら関東大震災や東京大空襲にも耐えて残った名刹です。尾崎豊の葬儀が行われたところとして記憶にある人もいると思います。
3月5日(土) 護国寺
仁王門をくぐって右手に富士塚があったのでまずはここを登頂!
その後、重要文化財である本堂や薬師堂など、じっくりめぐらせていただきました。
画像は撮りませんでしたが、じつはここの墓所には著名な方々が多く眠っていらっしゃいます。
山縣有朋、大隈重信、三条実美などなどのほか、わが故郷のお殿様・松平不昧公(墓所はここ以外にあと2つありますが)、さらには梶原一騎、大山倍達のお墓もあったりして、ちょっとした「墓マイラー」の聖地のようにもなっていたりするのだとか。
おかげさまで、広大な敷地内をたっぷり時間をかけてお参りしたおかげで、ザクザク歩くための体力づくりになりました。またじっくりめぐりたいので「墓マイラー」になりに行こうと考えています。
※昨夜の地震。11年前の次レベルくらいの恐怖感でした。このまま何も起こりませんように。