うつくしい日々 

おだやかで、ゆたかな。

退院~

2008-11-25 02:13:21 | Weblog
10/28(火)
私は同じベッドの端で眠りました。たいは何度か「ママぁ…」と目を覚ましました。点滴の影響から夜が明ける前に2回くらいお手洗いにも起き、もうしゃきしゃき歩いていてほっとしました。

起床時間の7時には周囲が活気づき、でも私たちが体を起こしたのは朝食の8時でした。
お箸を持っていなくて、割り箸をもらいに行きました。さすがにいつもの食欲はなく、でも点滴を外すために頑張って食べ、でもごはんとお味噌汁を一口ずつ残しました。
傷を痛がり、ぐったりのたい…
でも、持参していたウルトラマンたちの姿を見せると急に元気になり、本を開きました。
「心のもちようって、ほんとに大切なんだな」と思ったのも束の間、また疲れて横になってしまいました。
処方された薬を飲むのに水を汲める場所は聞いたけど、コップを持っていなくて一瞬戸惑ったら、あかちゃんに付き添っている同じ病室の方が、かわいい紙コップを2つ重ねで下さいました。ありがとう。

11時前に58ゆうがやってきました。
58は「ゆうが2時間ごとに起きた~」とふらふらです。
昨夜は車に乗るとすぐに寝たけど、家に着くとしゃっきり起きて、きゃっきゃと活発になったらしい…
その後やっと寝たけど…とのことでした。
手術が終わって病院を出るとき、ゆうは私たちと別れた後しばらくまだご機嫌だったけど、建物を出ようとする時になって来た方を指差し、「戻りたい」と泣いたそうです。ゆう出産のときのたいみたいだね。ゆうも頑張ってくれたんだねぇ。

ゆうは病棟の廊下にあった車にまたがり、すいすい行き来して、ごきげん。その間に私と58が病室に入れ替わり立ち替わりで退院の準備。時に置き去りにされ、「…」なたい。
ようやく全部済ませて車に乗り、病院を後にしました。
「たい、おひるごはんはお外とおうち、どっちがいい?」
「おうち~」
というわけで家に帰りました。昨日のアジ21尾があるからなんとかなるだろう。

家でどうにか食事の準備をして、昼食にしました。
が、このアジ…
骨まで柔らかくなるようなやり方で煮付けていたのだけど、この骨、なんともおいしくない!
サバやサンマに比べ、淡白なせいです。そこまで考えつかなかったよ。かなり薄味なせいでもある。昨日帰ってから修正するつもりだったから…もう当分そんな気力はないかもしれない。そして21尾もあるんだけど…
まあ4尾減って、17尾か。

お昼を食べたらみんなでゴロゴロ。いつのまにか昼寝していました。でも結局たいは一人だけ、つけっぱなしだったテレビをずっとずっと、何時間も見ていました。眠れなかったのは、やはり手術の影響なのかな。

今振り返ると、たいはその後1週間くらい何かと荒れていて、私は介護疲れしていました。
そんな日々にも慣れて余裕ができてきたけど、あれから4週間経とうとしている明日、診察結果によっては骨を固定している針金を抜くことになりそうです。
完治まで6~8週間と言われているので、折り返し地点かな。



長い夜。

2008-11-17 13:44:27 | Weblog
控え室には各手術室ごとの進行状況がわかるモニターがあります。
この日はたいだけ。「4歳 男」「麻酔中」の表示が出ていました。
幼稚園の担任の先生と園長先生がずっとつきそってくれました。いろんな話をして待ちました。
ゆうは終始控え室を出たり入ったり、58と夜の病院を歩き回ったり、にこにこご機嫌でとてもいい子にしていました。

今晩の入院の付き添いのことは、最初、少し迷っていました。ゆうはまだおっぱいで眠るし夜中に起きることがあるので、58に任せたらかわいそうかも…58に付き添ってもらうか…などなど。でも、突発的な事故で、更に手術で心と体が受けた衝撃を思うと、やっぱり私が一緒にいたいと思いました。58も、たいが無意識では「とうちゃん」より「ママ~」と泣くのを見ていたので、私の考えに賛成してくれました。

手術が終わったのは夜中でした。途中、事前の説明で聞いていたけれど「骨の戻りが良くないので、少し切開してもいいですか」と尋ねに来られたのが心配だったものの、無事に成功だそうです。
終電もなくなった幼稚園の先生たちは、無事終わってほんとうによかった、大変だと思うけどがんばってと私たちを優しく励まし、ゆうにはとってもいい子だったねと声をかけて帰って行かれました。
病室へ戻るときに58と抱っこを交代して、58がたいの顔を見に行きました。私はゆうと待合室で待ち、でもこのときは、もう何も考えられませんでした。疲労。
ほどなくして58は戻り、ゆうと帰って行きました。おつかれ、おやすみ~。

手術だなんて。

2008-11-09 22:39:44 | Weblog
手術の説明を受けている間に、ついにたいはうとうと居眠り…私の隣のパイプ椅子でゆらゆらしていたので私にもたれさせました。20時30分。事故発生から4時間半。そうこうしているうちに私も、聞いてる話が右から左。かかりつけ外科の安心できる先生の話で、何よりちょっと小難しい用語が出てきて、頭が即座に理解できなかったから…「58と先生、まかせた…」
麻酔科医の先生は穏やかな優し気なひとで、全身麻酔が心配だったけど、しっかり観察、管理していますからと言ってくれて…「麻酔科の先生、まかせた…」

話が終わり、たいを起こして病室へ。着替えて待機ののち、手術室へ入ったのが21:20でした。自動ドアが閉まって一人になったたいの心細い泣き声が聞こえてきました。ああ、いやだよ。ひとりになるの、いやがってた。
せめてこれまでゆっくりできたらよかったのに…疲れてるけど大丈夫かな。麻酔はやっぱり心配だな。いろいろ考えながら、控え室へ入りました。

とんできたとうちゃん

2008-11-09 00:55:33 | Weblog
では今から九大病院へ向かわなきゃいけない。
入院することになる。一旦自宅に寄って、必要な持ち物をまとめて、それから行こうということになり、幼稚園の先生方とタクシーに乗りました。行き先を告げようとした瞬間、目の前を58車がぎゅいーんと横切り、病院の駐車場にぐわっしゃと止まりました。診察の合間に電話しておいたのですが、さすが。なんという迅速さ。
「たい!!とうちゃんが助けにきたよ!すみません!やっぱりいいです、降ります!!」
たいは安堵でうぇ~んと泣いています。降りて58の顔を見るなり、「 と ぉ ちゃ ~ ん 」「たいぃ~」
私も本当に心強い。すぐ家まで行って、私はひとりで家に戻りました。

「なにがいる。なにがいる?」焦りを抑え込んだ、へんな冷静さで部屋を見回します。
保険証と乳児医療証。私とたいの着替え。ゆうのも。58に念を押された、たいのウルトラマン人形と本。私のクレンジングと基礎化粧品。あとは?あとは?そうだ、病院は乾燥してる。気管支炎気味の私に、飴。あとお茶(水筒につめた)。
58がまた何かとりに帰らなくて済むように。労力が最小で済むように~
とにかくとにかく荷造りして、車に戻りました。

九大に着くと、広大で建物だらけで、駐車場がよくわからない。先に降りて受付を済ませました。車を停めて合流した58ゆうとともに診察、その後たいだけ残され、カーテンをひかれて検査。また泣き叫ぶたい…外から声援を送る58と私。退屈して動き回りたいのを58に抑えられ、暴れるゆう。点滴をつけられたたいと、再び対面。
またレントゲン撮影のあと、病室に通されました。小児病棟には15歳以下の子供は入れません。ゆうが入れず病室で手術の説明を受けられないので、違う階に移動して話を聞きました。たいは疲れのピークを迎えていました。そして私も。

はじめての。

2008-11-06 18:12:25 | Weblog
10/27(月)
かるく連休疲れの月曜日。たくさん遊んだ週末でした。
午後のお迎え前に、昨日おさかな村で買った、トロ箱特価\300の中身を確認して呆然、アジが21尾も入ってるやんか!
特価品なので、下処理なしのまるごとです。そんなにたくさんあるとはね…けっこう大きいし…
とりあえず、うっそやろと思いながら頭と腹をとりつつ考え、圧力鍋に全部入れて、迷ったけど煮付けにしました。お刺身、さらにおすそわけなんかも考えたけど、半端な鮮度と切れ味のよくない包丁に、諦め。
お迎えに向かい、途中で会ったともだちと話しながら歩いていると、園から電話。「たいしくんがけがをしました」

ともだちが協力を約束してくれて、励ましてくれて、別れました。そしてこちらから指定した外科へ向かいました。
先に着いて待っていると、先生方に付き添われ、タクシーでたいが到着。「 マ マぁ ー 」

病院に入って、入り口付近にゆうをベビーカーごと置きっ放し。先生がひとめ見て、レントゲン。台に腕を載せるのを痛がるたい。方向を変えるのも、痛い痛いたい。撮影後の待ち時間は、泣くというより悲鳴をあげ続けていました。
再度診察(ここでぽっきり折れた腕の骨の写真を見ました)の後、ギプス室に。ベッドに横になるのもいやでいやでたまらなかったたい、数人の看護士さんに押さえられ、先生にまず腕を引っ張られます。「ぎゃあ~!!ぃいたぁいぃ~!!!」
更にその腕をぐいーっと曲げられ、ギプスを着けるときのあの形まで持っていきます。「せんせい、やめてぇ~!!」
私は看護士さんと一緒にたいを押さえながら、ぎりぎりの精神状態を保っていました。
先生はなおも患部をぐりぐり触りながら、「…手術がいるかもしれんなぁ」」

再度レントゲン撮影、やっぱりつながっていない。
しかし、「九大で手術を…」と言われた頃には、腕を固定されて痛みが和らいだたいはだいぶ落ち着いていました。

はじめての骨折。続きはまた。