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トップ No.5006 学術論文 学術論文緊急寄稿(3)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含むウイルス感染症と抗ウイルス薬の作用の特徴(白木公康)
緊急寄稿(3)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含むウイルス感染症と抗ウイルス薬の作用の特徴(白木公康)
No.5006 (2020年04月04日発行) P.34
白木公康 (千里金蘭大学副学長,富山大学名誉教授(医学部))
松本志郎 (熊本大学生命科学研究部小児科学講座准教授)
登録日: 2020-04-01
最終更新日: 2020-04-01
コーナー: 学術論文 学術論文
診療科: 内科 感染症
しらき きみやす:1977年阪大卒。2013年富山大学医学部学科長,2019年4月から現職。専門は臨床ウイルス学。新型コロナウイルス感染症の治療薬の候補に挙がっている抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)を開発
No.5004 緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察
No.5005 緊急寄稿(2)COVID-19治療候補薬アビガンの特徴
1. はじめに
前稿(No.5005),前々稿(No.5004)で,新型コロナウイルスのウイルス学的特徴を推測し,抗ウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)の開発過程とCOVID-19肺炎への治療効果について紹介した。本稿では,ウイルス感染症と細菌感染症の違いや種々の抗ウイルス薬の作用の特徴などについて解説する。
2. ウイルス感染症の特徴(表1)
ウイルス感染症は,ウイルスの種類によりそれぞれ特徴がある。ここでは,インフルエンザ型と水痘型に分けて紹介する。
インフルエンザはウイルスが上気道粘膜に感染して,細胞内にウイルスRNAを産生する。このような異物RNAを細胞内のToll様受容体が認識して,異物に対する自然免疫として種々のサイトカインにより炎症や発熱を誘導し1),既存免疫が応答する前に発熱等で発症する。ヒトへの実験的感染では18時間で発熱するが,日常の感染では1~2日の潜伏期間がある。水痘は,潜伏期2週間で皮膚や内臓で増えたウイルスに対する免疫が立ち上がり,感染細胞等に対する免疫応答により,丘疹,紅斑,水疱,膿疱,痂皮と症状が推移する。
COVID-19は潜伏期間が1~14日〔中央値は5.1日(95%CI;4.5~5.8)〕で,対象患者の97.5%が感染から11.5日(8.2~15.6)以内に発症すると推計される2)。COVID-19による肺炎は,新型コロナウイルスがインフルエンザウイルスと同じRNAウイルスであることと,発症後に増強される点や潜伏期間の長さを考えると,上記のサイトカインによる炎症(インフルエンザ型)と感染細胞等に対する免疫応答による炎症(水痘型)が重なり,肺炎を起こしていると考えられる。したがって,COVID-19肺炎は,ウイルスの増殖範囲が限られた初期に治療を開始して,重症化を防ぐことが望ましいと思う。
3. ウイルス感染症と細菌感染症の治療効果の違い(表1)
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細菌感染は,細菌が通常20分〜1時間で増殖し,それと戦う炎症が生じる。したがって1回の抗菌薬投与で菌が死滅し,炎症は収まり始めるため,抗菌薬の即効性を実感できる。
ウイルス感染では,SARSやインフルエンザは感染6時間,水痘は約14時間で新しいウイルスが放出され増加していく。ここに抗ウイルス薬が作用すると新たな感染細胞はできなくなるが,既感染細胞ではウイルスの増殖は続き,抗原は作られ続ける。オセルタミビル(商品名:タミフル)に比べ、アビガンで処理したインフルエンザ感染マクロファージ様細胞やインフルエンザ感染マウスでは,TNF-α産生を低下させるが,他のサイトカインの変動は見られない3)。TNF-αは,最初に誘導され一番早く消失するため,RNA合成阻害薬であるアビガンでさえ,感染細胞や感染動物でのサイトカイン産生抑制は限られる。
ウイルス感染症と細菌感染症の治療効果の違いの具体例として,細菌感染である伝染性膿痂疹(とびひ)と,ウイルス感染である水痘や帯状疱疹を比較してみる。
朝,とびひに対して抗菌薬で治療を開始すると,夕方か翌日には皮膚症状の軽減が実感できる。広範囲にとびひが広がっても抗菌薬は1日で有効性を示す。しかし,水痘や帯状疱疹では,皮疹出現時に抗ヘルペス薬を投与すると新たな感染細胞は形成されないが,発赤や皮疹は消失しない。ウイルスに対する免疫応答の成熟で見かけ上の炎症が強くなるためで,皮疹が増悪することもある。そして皮疹の改善には数日を要する。水痘では,水疱にまで進んでから抗ウイルス薬を投与しても治癒を促進しない。水疱以降の症状は免疫応答による回復過程なので,抗ウイルス薬の効果は期待しにくい。
肺炎治療についても違いがある。細菌による気管支肺炎では抗菌薬で細菌が死滅すれば炎症は収まるし,炎症は気管支,細気管支から肺胞内の管腔に生じるので,炎症後の肺実質の線維化や瘢痕化等の後遺症は起こしにくい。
ウイルス性肺炎では抗ウイルス薬によって新規感染細胞の形成を阻止しても,既感染細胞からはRNAによるサイトカインを放出し続けるので,その細胞の周囲の炎症は続く。さらに,その感染細胞に対する免疫応答は成熟し強くなる。COVID-19肺炎は,インフルエンザ型と水痘型の複合的炎症による間質性肺炎と考えられるので,SARS肺炎の回復後にもみられたような線維化や瘢痕化等の後遺症を生じるものと思われる。SARS肺炎は4週目には55%に早期の線維化の兆候を認めるなど,肺の画像上に変化を残している4)5)。ウイルス性肺炎では,細菌性肺炎の治療と同じように考えないことが重要と思う。
なお,中国・深圳の病院で実施した臨床試験では,アビガン群ではウイルス消失までに4日かかり(対照群のカレトラは11日),胸部CT所見の軽症化は9日の時点ではカレトラ群と変わらないが,投与後14日目の胸部CT所見の改善率は91.43%であり,カレトラ群の62.22%と比べて有意に改善し,カレトラ群ではまだ20%に悪化を認めていた。このように,ウイルスの消失に比べ,炎症の回復まで時間がかかっている6)。
以上から,COVID-19肺炎は,約6時間で既感染細胞から新たな感染細胞を作り,1日でウイルス増殖の4サイクル分のスピードで感染が肺内で広がると考えられる。肺炎の予後は予測できないので,肺炎を見つけたら発症後6日までにアビガン治療を開始して,早期のウイルス消失と,重症化や後遺症を防ぐことを考慮していただきたい。
4. PCRと感染性ウイルス
感染性ウイルスの割合は1/100~1000のウイルス粒子からなる。したがって,ウイルスの検出に用いられるPCR検査は,分離による感染性ウイルスの検出より約1000倍感度は高いので,診断の価値は高い。現在のPCR法は,定量(リアルタイム)PCRなので,陽性か陰性かだけではなく,ウイルスゲノム数を直接測定できる。
COVID-19は,咽頭のウイルスは発症とともに検出される。ウイルス量は10日がピークで,12~15日で減少する。鼻咽頭には症候性患者と無症状感染者も同等のウイルス負荷があるため,無症状感染者からの感染の可能性が示唆されている7)。呼吸器症状の有無にかかわらず,ゲノム数が多ければ,病勢の評価,周囲への感染リスクの評価等に使用できると思われる。すでに,数千件を超えるPCR検査の結果があるはずなので,回復した患者はゲノム量が少ないなどの,PCR法による病態分類が示されることを期待したい。
5. 抗インフルエンザ薬の作用機序と耐性出現の可能性
アビガンは抗ウイルス薬の中でも例外的に耐性ウイルスが生じず,最初から最後の患者まで同じ有効性を維持できる。そこで,アビガン以外の抗インフルエンザ薬は薬剤耐性ができるのに,なぜアビガンは耐性ができないかを少し難解な内容となるが解説したい。
図1に現在使用されている抗インフルエンザ薬の作用部位を示す8)。タミフルとバロキサビル マルボキシル(商品名:ゾフルーザ)は,ウイルスRNA合成は許すが,その後のステップで,ウイルスの感染細胞からの広がりを阻害して,抗インフルエンザ活性を示す。
インフルエンザウイルスは約10kb(1万塩基)からなり,ウイルス感染細胞の培養上清には感染性粒子が108/mL程度産生される。遺伝子複製中に変異は1/104の頻度で生じるため,細胞内で産生されたウイルスの遺伝子は,どの塩基も1/104の頻度で変異しており,薬剤耐性ウイルスの供給源となる。そのため,小児のタミフルやゾフルーザによる治療終了時には約10%に耐性ウイルスが見られる。このようにウイルスRNA合成後に作用する薬剤は,作用機序的に耐性株の出現は避けがたい。
アビガンは,ウイルスRNA合成を阻止することと,RNA依存性RNAポリメラーゼ(Rd Rp)の共通性の高い部位に作用するため,耐性ウイルスを生じない。アビガンのインフルエンザの臨床試験では,アビガン投与前後の57ペアのウイルスの感受性に変化はなく,耐性ウイルスは分離されなかった9)。インフルエンザウイルスとポリオウイルスを1カ月間アビガンの存在下で培養しても,耐性ウイルスは生じなかった8)10)11)。遺伝子組換え技術により単独で増殖できる耐性ウイルスが報告されたが,ウイルス全体を置き換えるような増殖能を持たない12)。したがってアビガンは,タミフルやゾフルーザなどで見られるように,治療中にアビガン耐性ウイルスに置き換えられるような問題は発生しないと考えられる。このように、アビガンの特性は致死性重症感染症に対する優れた効果だけでなく、耐性ウイルスができない点にもある。
6. その他の薬剤耐性と病原性
細菌感染症における薬剤耐性は,ペニシリンやテトラサイクリンのようにプラスミドによる耐性とキノロンのようなゲノム遺伝子の耐性がある。プラスミドによる耐性は宿主ゲノムに変化はないので細菌の持つ増殖性や病原性に変化はない。宿主遺伝子変異による耐性は多少増殖性に影響が出るかもしれないが,あまり病原性の低下は認めない。
抗ウイルス薬には,アビガン,アシクロビル,核酸系抗HIV薬のように遺伝子複製を阻害する薬剤と,タミフル,ゾフルーザ,HIVプロテアーゼ阻害薬などのように遺伝子複製後にウイルスの成熟や感染の拡散を阻害する薬剤がある。前者は,耐性ウイルスの供給源となる遺伝子が複製できないので,後者に比べ耐性ウイルスはできにくい。後者はウイルス感染後細胞内にウイルス遺伝子ができてからの阻害なので,遺伝子複製中に1/104〜6の頻度で変異を生じる中で耐性遺伝子ができる。したがって,前者に比べ短時間で薬剤耐性ウイルスに置き換わりやすい。
薬剤耐性ウイルスは一般的に増殖に関する遺伝子に変異があるので増殖は損なわれている。そのため,増殖スピードは遅く多少潜伏期間は延びるが,病原性は変わらない。2009年の新型インフルエンザは,タミフル耐性インフルエンザが野生株を駆逐しながら世界的流行を起こしたように,耐性株であっても増殖能を有しているし,野生株同様の病原性も有している。
以上のように,遺伝子複製後に作用する抗ウイルス薬はその宿命として耐性を生じやすいため,ウイルスの増殖期間が長い場合には,HIV感染症治療と同様に,遺伝子複製の阻害薬と併用して,耐性出現を最大限抑制することが必要である。COVID-19においては,単独使用は治験で有効性を確認する以外では慎むべきと思う。
7. アビガン治療について
1)有効性と副作用
前稿(No.5005)で中国の2つの臨床試験(武漢,深圳)の結果から,アビガンのCOVID-19肺炎に対する有効性について述べた。水痘や帯状疱疹の治療開始は水疱形成まで待たないように,COVID-19も肺炎が起きれば早期に治療を開始すべきと思う。しかし,動物実験では妊孕性に問題があるので,妊婦は禁忌である。動物実験では精子形成の問題もあったがヒトでは認められず,承認前の約500名の臨床試験では肝機能や腎機能の障害等も確認されていないが,有意に尿酸値の上昇を認め(添付文書に記載),武漢の臨床試験でも,アビガン群は尿酸値が有意に上昇した〔13.8%(16/116):2.5%(3/120)〕13)。一方,アビガンとカレトラを比較した深圳の臨床試験では,カレトラが有意に有害事象を認めた(P<0.0001)(表2)6)。有効性と副作用のバランスを考慮してアビガンの投与を検討していただきたい。
2)エボラ出血熱から致死性感染症治療薬の臨床試験の難しさを学ぶ
アビガンが日本で抗インフルエンザ薬として承認された2014年,西アフリカでは死亡率約30%のエボラ出血熱が流行していた。アビガンは広い範囲のRNAウイルス感染症に有効であることから,その有効性が発揮される機会となった。
英国では,エボラウイルス感染マウスに対して,感染と同時にアビガンを予防投与した結果,全マウスが生存することを報告した14)。ドイツでは,感染6日目からの治療は全マウスを生存させるが,8日目からでは5匹中4匹が死亡し,早期投与の重要性を示した15)。
2014年8月に世界保健機関(WHO)専門家委員会は,エボラ出血熱に開発段階の治療薬やワクチンを使用することは倫理的に問題ないとする認識を示した。標準的治療薬がないなか,動物実験の結果からアビガンへの期待が高まった。
そして,11月からフランスはギニアで,中国はシオラレオネでアビガン(中国は独自のファビピラビル)を投与する臨床試験を開始した。薬剤の臨床評価はプラセボと実薬のランダム化比較試験(RCT)が標準であるが,約30%が死亡する致死性感染症のエボラ出血熱ではプラセボの設定が倫理的に難しい。アビガンは動物実験では命を救っていることから,結局,全員が治療対象になった。詳細は省くが,副作用の懸念から,女性や子供を対象としないことも予定されていたが,家族で治療に来た場合に命の選別をすることは無理であったようだ。また,発症早期のような病状を訴える患者への問診とPCR検査のウイルス量の関係が相関せず,問診に基づく発症時期の解析も困難であったようだ。
両試験ではプラセボの代わりに,投薬準備が整うまでの患者を歴史的対照・無治療群として,生存率等を比較した。その結果,ギニアでは死者を減少させたが有意ではなく(P=0.052),シオラレオネでは有意に死亡率を下げた16)17)。
この経験は,致死性感染症における薬剤評価の倫理的問題,臨床試験の難しさを如実に示している。アビガンはエボラ出血熱の治療に参加した医療関係者の針刺し等の暴露後予防に使用され,感染が防がれている18)。HIVの針刺し事故に関しては,RCTをしなくても有効性の積み重ねにより,現在では予防投与がガイドラインに記載されているように,致死性感染症はRCTができなくても,有効性を示す結果の蓄積が重要であると思われる。
8. おわりに
中国では,COVID-19肺炎に対するアビガン投与が診療ガイドラインに組み込まれる予定だ。中国の臨床試験の結果から,現時点で,アビガンより有効な抗ウイルス薬は幻想でないかと思う。アビガンは日本発の医薬品であるが,その薬剤の評価は国内からではなく,インフルエンザは米国から,エボラ出血熱は欧州とアフリカから,COVID-19は中国からもたらされた。これまでに述べてきたような,ウイルス感染症と抗ウイルス薬の作用の特徴を理解して,今後の診療に役立てていただけることを願う。
令和を迎える際の日本医事新報の特集(2019年5月4日号「医療の近未来予想図」)で私はアビガンについて,「『アビガンがあって良かった』と評価されるような新型インフルエンザ・パンデミックが発生しないことを期待したい」と書いた。実際に,COVID-19パンデミックで「切り札・アビガン」を使うことになった今,複雑な気持ちである。
【文献】
1) Kurokawa M, et al:J Med Virol. 1996;50(2):152-8.
2) Lauer SA, et al:Ann Intern Med. 2020 Mar 10.
3) Tanaka T, et al:Acta Virol. 2017;61(1):48-55.
4) Ooi GC, et al:Respirology. 2003;8(Supp l):S15-9.
5) Lau AC, et al:Respirology. 2004;9(2):173-83.
6) Cai Q, et al:Engineering. 2020 Mar 18.
7) Zou L, et al:N Engl J Med. 2020;382(12):1177-9.
8) Shiraki K, et al: Pharmacol Ther. 2020:107512.
9) Takashita E, et al:Antiviral Res. 2016;132:170-7.
10) Daikoku T, et al:J Microbiol Immunol Infect. 2018;51(5):581-6.
11) Daikoku T, et al:J Pharmacol Sci. 2014;126(3):281-4.
12) Goldhill DH, et al:Proc Natl Acad Sci U S A. 2018;115(45):11613-8.
13) Chen C, et al:medRxi V. 2020 Mar 17.
14) Smither SJ, et al:Antiviral Res. 2014;104:153-5.
15) Oestereich L, et al:Antiviral Res. 2014;105:17-21.
16) Bai CQ, et al:Clin Infect Dis. 2016;63(10):1288-94.
17) Sissoko D, et al:Plos Med. 2016;13(3):e1001967.
18) Jacobs M, et al:Lancet Infect Dis. 2015;15(11):1300-4.
緊急寄稿(3)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含むウイルス感染症と抗ウイルス薬の作用の特徴(白木公康)
No.5006 (2020年04月04日発行) P.34
白木公康 (千里金蘭大学副学長,富山大学名誉教授(医学部))
松本志郎 (熊本大学生命科学研究部小児科学講座准教授)
登録日: 2020-04-01
最終更新日: 2020-04-01
コーナー: 学術論文 学術論文
診療科: 内科 感染症
しらき きみやす:1977年阪大卒。2013年富山大学医学部学科長,2019年4月から現職。専門は臨床ウイルス学。新型コロナウイルス感染症の治療薬の候補に挙がっている抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)を開発
No.5004 緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察
No.5005 緊急寄稿(2)COVID-19治療候補薬アビガンの特徴
1. はじめに
前稿(No.5005),前々稿(No.5004)で,新型コロナウイルスのウイルス学的特徴を推測し,抗ウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)の開発過程とCOVID-19肺炎への治療効果について紹介した。本稿では,ウイルス感染症と細菌感染症の違いや種々の抗ウイルス薬の作用の特徴などについて解説する。
2. ウイルス感染症の特徴(表1)
ウイルス感染症は,ウイルスの種類によりそれぞれ特徴がある。ここでは,インフルエンザ型と水痘型に分けて紹介する。
インフルエンザはウイルスが上気道粘膜に感染して,細胞内にウイルスRNAを産生する。このような異物RNAを細胞内のToll様受容体が認識して,異物に対する自然免疫として種々のサイトカインにより炎症や発熱を誘導し1),既存免疫が応答する前に発熱等で発症する。ヒトへの実験的感染では18時間で発熱するが,日常の感染では1~2日の潜伏期間がある。水痘は,潜伏期2週間で皮膚や内臓で増えたウイルスに対する免疫が立ち上がり,感染細胞等に対する免疫応答により,丘疹,紅斑,水疱,膿疱,痂皮と症状が推移する。
COVID-19は潜伏期間が1~14日〔中央値は5.1日(95%CI;4.5~5.8)〕で,対象患者の97.5%が感染から11.5日(8.2~15.6)以内に発症すると推計される2)。COVID-19による肺炎は,新型コロナウイルスがインフルエンザウイルスと同じRNAウイルスであることと,発症後に増強される点や潜伏期間の長さを考えると,上記のサイトカインによる炎症(インフルエンザ型)と感染細胞等に対する免疫応答による炎症(水痘型)が重なり,肺炎を起こしていると考えられる。したがって,COVID-19肺炎は,ウイルスの増殖範囲が限られた初期に治療を開始して,重症化を防ぐことが望ましいと思う。
3. ウイルス感染症と細菌感染症の治療効果の違い(表1)
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細菌感染は,細菌が通常20分〜1時間で増殖し,それと戦う炎症が生じる。したがって1回の抗菌薬投与で菌が死滅し,炎症は収まり始めるため,抗菌薬の即効性を実感できる。
ウイルス感染では,SARSやインフルエンザは感染6時間,水痘は約14時間で新しいウイルスが放出され増加していく。ここに抗ウイルス薬が作用すると新たな感染細胞はできなくなるが,既感染細胞ではウイルスの増殖は続き,抗原は作られ続ける。オセルタミビル(商品名:タミフル)に比べ、アビガンで処理したインフルエンザ感染マクロファージ様細胞やインフルエンザ感染マウスでは,TNF-α産生を低下させるが,他のサイトカインの変動は見られない3)。TNF-αは,最初に誘導され一番早く消失するため,RNA合成阻害薬であるアビガンでさえ,感染細胞や感染動物でのサイトカイン産生抑制は限られる。
ウイルス感染症と細菌感染症の治療効果の違いの具体例として,細菌感染である伝染性膿痂疹(とびひ)と,ウイルス感染である水痘や帯状疱疹を比較してみる。
朝,とびひに対して抗菌薬で治療を開始すると,夕方か翌日には皮膚症状の軽減が実感できる。広範囲にとびひが広がっても抗菌薬は1日で有効性を示す。しかし,水痘や帯状疱疹では,皮疹出現時に抗ヘルペス薬を投与すると新たな感染細胞は形成されないが,発赤や皮疹は消失しない。ウイルスに対する免疫応答の成熟で見かけ上の炎症が強くなるためで,皮疹が増悪することもある。そして皮疹の改善には数日を要する。水痘では,水疱にまで進んでから抗ウイルス薬を投与しても治癒を促進しない。水疱以降の症状は免疫応答による回復過程なので,抗ウイルス薬の効果は期待しにくい。
肺炎治療についても違いがある。細菌による気管支肺炎では抗菌薬で細菌が死滅すれば炎症は収まるし,炎症は気管支,細気管支から肺胞内の管腔に生じるので,炎症後の肺実質の線維化や瘢痕化等の後遺症は起こしにくい。
ウイルス性肺炎では抗ウイルス薬によって新規感染細胞の形成を阻止しても,既感染細胞からはRNAによるサイトカインを放出し続けるので,その細胞の周囲の炎症は続く。さらに,その感染細胞に対する免疫応答は成熟し強くなる。COVID-19肺炎は,インフルエンザ型と水痘型の複合的炎症による間質性肺炎と考えられるので,SARS肺炎の回復後にもみられたような線維化や瘢痕化等の後遺症を生じるものと思われる。SARS肺炎は4週目には55%に早期の線維化の兆候を認めるなど,肺の画像上に変化を残している4)5)。ウイルス性肺炎では,細菌性肺炎の治療と同じように考えないことが重要と思う。
なお,中国・深圳の病院で実施した臨床試験では,アビガン群ではウイルス消失までに4日かかり(対照群のカレトラは11日),胸部CT所見の軽症化は9日の時点ではカレトラ群と変わらないが,投与後14日目の胸部CT所見の改善率は91.43%であり,カレトラ群の62.22%と比べて有意に改善し,カレトラ群ではまだ20%に悪化を認めていた。このように,ウイルスの消失に比べ,炎症の回復まで時間がかかっている6)。
以上から,COVID-19肺炎は,約6時間で既感染細胞から新たな感染細胞を作り,1日でウイルス増殖の4サイクル分のスピードで感染が肺内で広がると考えられる。肺炎の予後は予測できないので,肺炎を見つけたら発症後6日までにアビガン治療を開始して,早期のウイルス消失と,重症化や後遺症を防ぐことを考慮していただきたい。
4. PCRと感染性ウイルス
感染性ウイルスの割合は1/100~1000のウイルス粒子からなる。したがって,ウイルスの検出に用いられるPCR検査は,分離による感染性ウイルスの検出より約1000倍感度は高いので,診断の価値は高い。現在のPCR法は,定量(リアルタイム)PCRなので,陽性か陰性かだけではなく,ウイルスゲノム数を直接測定できる。
COVID-19は,咽頭のウイルスは発症とともに検出される。ウイルス量は10日がピークで,12~15日で減少する。鼻咽頭には症候性患者と無症状感染者も同等のウイルス負荷があるため,無症状感染者からの感染の可能性が示唆されている7)。呼吸器症状の有無にかかわらず,ゲノム数が多ければ,病勢の評価,周囲への感染リスクの評価等に使用できると思われる。すでに,数千件を超えるPCR検査の結果があるはずなので,回復した患者はゲノム量が少ないなどの,PCR法による病態分類が示されることを期待したい。
5. 抗インフルエンザ薬の作用機序と耐性出現の可能性
アビガンは抗ウイルス薬の中でも例外的に耐性ウイルスが生じず,最初から最後の患者まで同じ有効性を維持できる。そこで,アビガン以外の抗インフルエンザ薬は薬剤耐性ができるのに,なぜアビガンは耐性ができないかを少し難解な内容となるが解説したい。
図1に現在使用されている抗インフルエンザ薬の作用部位を示す8)。タミフルとバロキサビル マルボキシル(商品名:ゾフルーザ)は,ウイルスRNA合成は許すが,その後のステップで,ウイルスの感染細胞からの広がりを阻害して,抗インフルエンザ活性を示す。
インフルエンザウイルスは約10kb(1万塩基)からなり,ウイルス感染細胞の培養上清には感染性粒子が108/mL程度産生される。遺伝子複製中に変異は1/104の頻度で生じるため,細胞内で産生されたウイルスの遺伝子は,どの塩基も1/104の頻度で変異しており,薬剤耐性ウイルスの供給源となる。そのため,小児のタミフルやゾフルーザによる治療終了時には約10%に耐性ウイルスが見られる。このようにウイルスRNA合成後に作用する薬剤は,作用機序的に耐性株の出現は避けがたい。
アビガンは,ウイルスRNA合成を阻止することと,RNA依存性RNAポリメラーゼ(Rd Rp)の共通性の高い部位に作用するため,耐性ウイルスを生じない。アビガンのインフルエンザの臨床試験では,アビガン投与前後の57ペアのウイルスの感受性に変化はなく,耐性ウイルスは分離されなかった9)。インフルエンザウイルスとポリオウイルスを1カ月間アビガンの存在下で培養しても,耐性ウイルスは生じなかった8)10)11)。遺伝子組換え技術により単独で増殖できる耐性ウイルスが報告されたが,ウイルス全体を置き換えるような増殖能を持たない12)。したがってアビガンは,タミフルやゾフルーザなどで見られるように,治療中にアビガン耐性ウイルスに置き換えられるような問題は発生しないと考えられる。このように、アビガンの特性は致死性重症感染症に対する優れた効果だけでなく、耐性ウイルスができない点にもある。
6. その他の薬剤耐性と病原性
細菌感染症における薬剤耐性は,ペニシリンやテトラサイクリンのようにプラスミドによる耐性とキノロンのようなゲノム遺伝子の耐性がある。プラスミドによる耐性は宿主ゲノムに変化はないので細菌の持つ増殖性や病原性に変化はない。宿主遺伝子変異による耐性は多少増殖性に影響が出るかもしれないが,あまり病原性の低下は認めない。
抗ウイルス薬には,アビガン,アシクロビル,核酸系抗HIV薬のように遺伝子複製を阻害する薬剤と,タミフル,ゾフルーザ,HIVプロテアーゼ阻害薬などのように遺伝子複製後にウイルスの成熟や感染の拡散を阻害する薬剤がある。前者は,耐性ウイルスの供給源となる遺伝子が複製できないので,後者に比べ耐性ウイルスはできにくい。後者はウイルス感染後細胞内にウイルス遺伝子ができてからの阻害なので,遺伝子複製中に1/104〜6の頻度で変異を生じる中で耐性遺伝子ができる。したがって,前者に比べ短時間で薬剤耐性ウイルスに置き換わりやすい。
薬剤耐性ウイルスは一般的に増殖に関する遺伝子に変異があるので増殖は損なわれている。そのため,増殖スピードは遅く多少潜伏期間は延びるが,病原性は変わらない。2009年の新型インフルエンザは,タミフル耐性インフルエンザが野生株を駆逐しながら世界的流行を起こしたように,耐性株であっても増殖能を有しているし,野生株同様の病原性も有している。
以上のように,遺伝子複製後に作用する抗ウイルス薬はその宿命として耐性を生じやすいため,ウイルスの増殖期間が長い場合には,HIV感染症治療と同様に,遺伝子複製の阻害薬と併用して,耐性出現を最大限抑制することが必要である。COVID-19においては,単独使用は治験で有効性を確認する以外では慎むべきと思う。
7. アビガン治療について
1)有効性と副作用
前稿(No.5005)で中国の2つの臨床試験(武漢,深圳)の結果から,アビガンのCOVID-19肺炎に対する有効性について述べた。水痘や帯状疱疹の治療開始は水疱形成まで待たないように,COVID-19も肺炎が起きれば早期に治療を開始すべきと思う。しかし,動物実験では妊孕性に問題があるので,妊婦は禁忌である。動物実験では精子形成の問題もあったがヒトでは認められず,承認前の約500名の臨床試験では肝機能や腎機能の障害等も確認されていないが,有意に尿酸値の上昇を認め(添付文書に記載),武漢の臨床試験でも,アビガン群は尿酸値が有意に上昇した〔13.8%(16/116):2.5%(3/120)〕13)。一方,アビガンとカレトラを比較した深圳の臨床試験では,カレトラが有意に有害事象を認めた(P<0.0001)(表2)6)。有効性と副作用のバランスを考慮してアビガンの投与を検討していただきたい。
2)エボラ出血熱から致死性感染症治療薬の臨床試験の難しさを学ぶ
アビガンが日本で抗インフルエンザ薬として承認された2014年,西アフリカでは死亡率約30%のエボラ出血熱が流行していた。アビガンは広い範囲のRNAウイルス感染症に有効であることから,その有効性が発揮される機会となった。
英国では,エボラウイルス感染マウスに対して,感染と同時にアビガンを予防投与した結果,全マウスが生存することを報告した14)。ドイツでは,感染6日目からの治療は全マウスを生存させるが,8日目からでは5匹中4匹が死亡し,早期投与の重要性を示した15)。
2014年8月に世界保健機関(WHO)専門家委員会は,エボラ出血熱に開発段階の治療薬やワクチンを使用することは倫理的に問題ないとする認識を示した。標準的治療薬がないなか,動物実験の結果からアビガンへの期待が高まった。
そして,11月からフランスはギニアで,中国はシオラレオネでアビガン(中国は独自のファビピラビル)を投与する臨床試験を開始した。薬剤の臨床評価はプラセボと実薬のランダム化比較試験(RCT)が標準であるが,約30%が死亡する致死性感染症のエボラ出血熱ではプラセボの設定が倫理的に難しい。アビガンは動物実験では命を救っていることから,結局,全員が治療対象になった。詳細は省くが,副作用の懸念から,女性や子供を対象としないことも予定されていたが,家族で治療に来た場合に命の選別をすることは無理であったようだ。また,発症早期のような病状を訴える患者への問診とPCR検査のウイルス量の関係が相関せず,問診に基づく発症時期の解析も困難であったようだ。
両試験ではプラセボの代わりに,投薬準備が整うまでの患者を歴史的対照・無治療群として,生存率等を比較した。その結果,ギニアでは死者を減少させたが有意ではなく(P=0.052),シオラレオネでは有意に死亡率を下げた16)17)。
この経験は,致死性感染症における薬剤評価の倫理的問題,臨床試験の難しさを如実に示している。アビガンはエボラ出血熱の治療に参加した医療関係者の針刺し等の暴露後予防に使用され,感染が防がれている18)。HIVの針刺し事故に関しては,RCTをしなくても有効性の積み重ねにより,現在では予防投与がガイドラインに記載されているように,致死性感染症はRCTができなくても,有効性を示す結果の蓄積が重要であると思われる。
8. おわりに
中国では,COVID-19肺炎に対するアビガン投与が診療ガイドラインに組み込まれる予定だ。中国の臨床試験の結果から,現時点で,アビガンより有効な抗ウイルス薬は幻想でないかと思う。アビガンは日本発の医薬品であるが,その薬剤の評価は国内からではなく,インフルエンザは米国から,エボラ出血熱は欧州とアフリカから,COVID-19は中国からもたらされた。これまでに述べてきたような,ウイルス感染症と抗ウイルス薬の作用の特徴を理解して,今後の診療に役立てていただけることを願う。
令和を迎える際の日本医事新報の特集(2019年5月4日号「医療の近未来予想図」)で私はアビガンについて,「『アビガンがあって良かった』と評価されるような新型インフルエンザ・パンデミックが発生しないことを期待したい」と書いた。実際に,COVID-19パンデミックで「切り札・アビガン」を使うことになった今,複雑な気持ちである。
【文献】
1) Kurokawa M, et al:J Med Virol. 1996;50(2):152-8.
2) Lauer SA, et al:Ann Intern Med. 2020 Mar 10.
3) Tanaka T, et al:Acta Virol. 2017;61(1):48-55.
4) Ooi GC, et al:Respirology. 2003;8(Supp l):S15-9.
5) Lau AC, et al:Respirology. 2004;9(2):173-83.
6) Cai Q, et al:Engineering. 2020 Mar 18.
7) Zou L, et al:N Engl J Med. 2020;382(12):1177-9.
8) Shiraki K, et al: Pharmacol Ther. 2020:107512.
9) Takashita E, et al:Antiviral Res. 2016;132:170-7.
10) Daikoku T, et al:J Microbiol Immunol Infect. 2018;51(5):581-6.
11) Daikoku T, et al:J Pharmacol Sci. 2014;126(3):281-4.
12) Goldhill DH, et al:Proc Natl Acad Sci U S A. 2018;115(45):11613-8.
13) Chen C, et al:medRxi V. 2020 Mar 17.
14) Smither SJ, et al:Antiviral Res. 2014;104:153-5.
15) Oestereich L, et al:Antiviral Res. 2014;105:17-21.
16) Bai CQ, et al:Clin Infect Dis. 2016;63(10):1288-94.
17) Sissoko D, et al:Plos Med. 2016;13(3):e1001967.
18) Jacobs M, et al:Lancet Infect Dis. 2015;15(11):1300-4.
緊急寄稿(2)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療候補薬アビガンの特徴(白木公康)
緊急寄稿(2)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療候補薬アビガンの特徴(白木公康)
No.5005 (2020年03月28日発行) P.25
白木公康 (千里金蘭大学副学長,富山大学名誉教授(医学部))
登録日: 2020-03-25
最終更新日: 2020-03-25
コーナー: 学術論文 学術論文
診療科: 内科 感染症
診療科: 医学一般 薬品
しらき きみやす:1977年阪大卒。2013年富山大学医学部学科長,2019年4月から現職。専門は臨床ウイルス学。新型コロナウイルス感染症の治療薬の候補に挙がっている抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)を開発
No.5004 緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察
N0.5006緊急寄稿(3)COVID-19を含むウイルス感染症と抗ウイルス薬の作用の特徴
1. はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界各地に広がっている。中国では,ファビピラビル(6-fluoro-3-hydroxy-2-pyrazinecarboxamide,商品名:アビガン)が有効な治療薬剤として評価されている。アビガンは致死性インフルエンザ感染動物モデルで,オセルタミビルリン酸塩(商品名:タミフル)が有効でない場合にも全動物を生存させるという,高ウイルス負荷の致死性感染症を有効に治療できる薬剤である。2014年に西アフリカで流行したエボラ出血熱の治療にも有効に使われた。その後,重症インフルエンザ肺炎に対するアビガンとタミフルの併用療法の有効性が報告されている。このほか,人の致死性RNAウイルス感染症の治療や,わが国では,重症熱性血小板減少症候群の治療にも使用された。そこで本稿では,アビガンの特徴やアビガン以外のCOVID-19治療候補薬について概説する。
2. アビガンの開発経緯
高い合成能力を有する富山化学工業(当時)と,ウイルス感染動物モデル実験系を有していた私たち富山医科薬科大学(当時)は,当初,抗ヘルペス薬の共同開発を目指していたが,アシクロビルを超える化合物を得られなかった。富山化学で合成された化合物は,抗ウイルス,抗菌,抗炎症,神経などの分野でその活性がスクリーニングされており,約3万化合物の中の1つがインフルエンザに活性を有していた。そこから,開発番号T-705(アビガン)の開発がスタートした。
アビガンは江川裕之氏らが合成し,古田要介氏らが細胞培養で抗インフルエンザ活性を見出し,富山医科薬科大学の感染動物実験施設(BSL3)において,インフルエンザ感染動物で治療効果を確認したことで,抗インフルエンザ薬としての道を歩み始めた1)。
3. アビガンの抗インフルエンザウイルス活性
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アビガンの化学構造は図1に示したように,アビガンにリボースが付加されると,生体内に存在するAICARに構造が似る。AICARはRNAの材料となるグアノシンやアデノシンの前段階のイノシンに至る前駆物質である。そのため,ウイルスのRNA依存性RNA合成酵素(RdRp)は,伸長中のウイルスRNAに,アビガンをグアノシンやアデノシンと間違えて取り込んでしまい,そこで,RNA合成が停止する。すなわち,アビガンは,RNAウイルスのRNA複製の際に,RNA鎖に取り込まれたところで,RNAの伸長を停止する。この機構は,アシクロビルと同じように,伸長阻止薬(chain terminator)として作用する。そして,アビガンの阻害活性はインフルエンザウイルスだけでなく,ほとんどのRNAウイルスのRdRpに対して,伸長を停止する活性を有する。
このような活性を有するアビガンがインフルエンザ感染動物で治療効果を示すことを確認した後,この抗インフルエンザ活性は他の抗インフルエンザ薬に比べて優れているのか,優れているのはどのような点か,という差別化の試験を行った。インフルエンザ感染動物を用いた試験では,軽症の感染ではタミフルとアビガンの治療効果に差異は認めなかった。一方,図2に示したように,致死性の高力価インフルエンザ感染モデルでは,タミフル治療で3日ほどの延命は得られるが多くのマウスが死亡する。しかしアビガンは,すべてのマウスを生存させるという強い治療効果を示した2)。このRNAウイルスの致死性感染症に対する生存効果は,その後,エボラ出血熱等への治療の際に効果を発揮した。
4. ヒトにおけるインフルエンザ治療効果
米国国防総省は,新型インフルエンザや致死性RNAウイルス感染症に対するアビガンの効果を期待して,季節性インフルエンザに対するアビガンの治験を行った。わが国でも季節性インフルエンザに対するアビガンの治験を行い,抗インフルエンザ薬としての臨床効果が認められ,2014年3月,承認を得ることとなった。これらヒトでの国内臨床試験および国際共同第Ⅲ相試験(承認用法および用量より低用量で実施された試験)において,安全性評価対象症例501例中,副作用が100例(19.96%)に認められた(臨床検査値異常を含む)。主な副作用は,血中尿酸増加24例(4.79%),下痢24例(4.79%),好中球数減少9例(1.80%),AST(GOT)増加9例(1.80%),ALT(GPT)増加8例(1.60%)等であった(添付文書に記載)。この結果からは,試験対象者に対して強い毒性があるようには思われない。アビガンは,主に水酸化体として尿中に排泄される腎排泄性薬剤であり,1日1回の投与では血中濃度を保つことは難しい。治験の際,アビガン投与前後で,57ペアのインフルエンザウイルスの感受性に変化はなく,タミフルやバロキサビル マルボキシル(商品名:ゾフルーザ)のように耐性ウイルスは分離されなかった3)。アビガンに耐性が生じないことはインフルエンザウイルスのほか,ポリオウイルスで確認した4)。
致死性インフルエンザ感染でも全マウスが生存するという優れた治療効果,そして,耐性ウイルスができず,流行の最初から最後の患者まで,同じ有効性で治療できるという特性4)は,致死性感染症に対する抗ウイルス薬として理想的である。
5. アビガンの使用上の注意と承認条件
アビガンは承認に至るまでに,考えうる種々の毒性試験が行われている。動物実験において初期胚の致死および催奇形性が認められたので,医薬品医療機器総合機構(PMDA)と米国食品医薬品局(FDA)の薬理や毒性の専門家たちから,多くの動物での安全性試験が求められ,実施された。健常人に対する毒性の懸念があれば,アビガンを薬剤として認めず,ヒトでの臨床試験をさせない選択肢もあったが,両機関は動物での安全性試験のデータから,妊孕性以外に問題がないと判断し,ヒトでの第Ⅰ相試験が始まった。動物実験では精子の減少が認められたが,ヒトでの試験では影響がないことが確認された。
動物実験において初期胚の致死および催奇形性が認められたことによって,承認時には,胎児に障害を起こす可能性を排除するため,妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与が禁忌となった。そして添付文書には,投与期間中および投与終了後7日間はきわめて有効な避妊法の実施を徹底することが注意喚起されている。こうした対応により,新たな薬害の発生を防ぐことができると考えている。
このほかの副作用については,上記の国内臨床試験および国際共同第Ⅲ相試験で重篤な副作用や後遺症は認められていない。胎児への影響に注意すれば,致死性RNA感染症をアビガンで治療することは問題ないと考えている。ただ,妊婦を避けたとしても,それ以外の予期せぬ重篤な副作用の出現を否定するものでないことは他の薬剤と同様である。
以上のことから,添付文書には,「本剤は,他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分な新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症が発生し,本剤を当該インフルエンザウイルスへの対策に使用すると国が判断した場合にのみ,患者への投与が検討される医薬品である。本剤の使用に際しては,国が示す当該インフルエンザウイルスへの対策の情報を含め,最新の情報を随時参照し,適切な患者に対して使用すること」と記載され,国が管理する薬剤として承認された。
2015年7月,台湾がアビガンの備蓄を決定し,17年3月には日本で200万人分の備蓄が決定して,現在に至っている。中国の研究では重症インフルエンザ肺炎の治療で,タミフル単独に比べ,タミフルとアビガンの併用療法が有意に良好な結果を得ている5)。
6. COVID-19に有効な可能性のある薬剤
COVID-19は現在,標準的治療薬はない。そこで中国の国家衛生健康委員会は,7万以上の薬物または化合物の中から5000の薬物候補を選択した。その後,従来のコロナウイルスに対して細胞レベルでテストし,最終的に,抗マラリア薬クロロキン,アビガン,エボラ出血熱の臨床試験で使用されたレムデシビルの3剤に絞り,臨床試験を始めた。このほかにも,治療候補薬の臨床試験が多数行われている。世界保健機関(WHO)は抗HIV薬ロピナビル・リトナビル(商品名:カレトラ)とレムデシビルの臨床試験を実施している。
(1)クロロキン
クロロキンは副作用として網膜症を起こすことから,現在わが国ではヒドロキシクロロキンが,皮膚エリテマトーデス・全身性エリテマトーデスの適応を有する。作用機序は不明であるが,臨床的な有効性があったと中国の国家衛生健康委員会が報告している。
(2)カレトラ
HIVプロテアーゼ阻害薬のカレトラは治療効果が期待されたが,十分な効果は確認されていない。重症COVID-19患者の有意な改善,死亡率の低下,ウイルス消失が認められなかった6)。さらに,アビガン群はカレトラ群に比べ,ウイルス消失が有意に早く,胸部CTの改善率が有意に高いと報告されている7)。
(3)レムデシビル
レムデシビルは,細胞培養レベルでは低濃度でエボラウイルスや新型コロナウイルスの増殖を抑えることから効果が期待される。ただ,エボラ出血熱に対しては,2種の抗体療法の方がレムデシビルより優れていたと報告されている8)。無治療群との比較はなく,抗体療法との比較なので,レムデシビルの有効性評価は難しいと思われる。COVID-19に対する有効性に関しては現在,中国をはじめとした国際共同治験等が進行中である。
(4)アビガン
アビガンに関しては,抗ウイルス活性濃度(EC50)がエボラウイルスと新型コロナウイルスで同じであることが報告された9)10)。このことは,細菌でいえば,大腸菌とブドウ球菌でMIC(最小発育阻止濃度)が同じであれば,同じ投与量で同様に効果があることを意味する。細胞培養レベルで効くことがわかれば,EC50値の大小は投与量が変わるだけで,有効性は維持される。
アビガンは新規の感染細胞には有効であるが,既感染細胞でウイルス産生を阻止する活性は低いので,ウイルスの成熟・拡散を阻害する薬剤と併用すると,有効な治療ができると思われる。先に述べたように,アビガンの耐性ウイルスができないという特性は,最初から最後の患者まで,有効な治療ができる点で優れていると思う。
先日,中国の深圳と武漢の病院からアビガンの有効性が報告された(表1,武漢の報告は査読前のものを公表)7)11)。試験対象者は,深圳では発症7日未満と早い一方,武漢は発症12日までのために肺炎が進行した患者がおり,深圳の方が成績が良いように見える。対照群は,深圳はカレトラ,武漢はarbidol(ウイルスの侵入阻害薬)。アビガンの投与量は初日1600mg×2,それ以降600mg×2/日(新型インフルエンザと同様)を,深圳では14日,武漢では7日間投与し,臨床効果を評価した。武漢では表1の結果に加え,解熱や咳緩和までを有意に短縮した(P<0.0001)。有害事象は尿酸値の有意の上昇を認めている。
深圳では本疾患で重要な肺の線維化や瘢痕化に関わる胸部CT所見の変化を観察した。胸部CT改善率は4日目と9日目で有意差はなかったが,14日目にアビガン群は91.4%と有意に改善した。これは胸部CT所見の改善であり,健常への回復ではないので,ウイルス性肺炎では後遺症を残す12)13)。
カレトラ群では,胸部CT悪化が9日で35.6%(16/45),14日で20%(9/45)である。中国ではCOVID-19患者のうち,重症肺炎患者の25%がICUに至っているが,この自然悪化率とカレトラ群の悪化率はほぼ同じといえる。一方,アビガン群では,14日での悪化は1例のみであるため,肺炎の重症化を阻止している意味は大きい。試験の対象が発症7日未満だと,肺炎が軽症で治療不要者を対象とする懸念があるかもしれないが,それよりも,肺の線維化や瘢痕等の後遺症を残さないことに意味があると思う。
COVID-19の発症6日までの早期治療は,肺炎による肺線維化や瘢痕化を最小限にして,死亡につながる肺炎重症化を阻止する。重要なことは,呼吸機能の予備能がない方々にいかに早期に対応するかであろう。
例えば,ウイルス感染症の帯状疱疹は,紅斑,水疱,膿疱,痂疲へと症状が移行するが,抗ウイルス薬の治療を開始するのは発疹出現時である。免疫応答により水疱ができてウイルス量がピークを過ぎるころから治療を開始しても大きな効果が期待できないからだ。
日本感染症学会の「COVID-19に対する抗ウイルス薬による治療の考え方 第1版」(2020年2月26日)では,抗ウイルス薬投与開始時期について「低酸素血症の発症」を必要条件としている。しかし,マウスのインフルエンザ肺炎では,この時期は抗ウイルス薬より,サイトカインと活性酸素による傷害を抗炎症薬や抗サイトカイン抗体(抗IL-6抗体)等14)により緩和する時期と思う。
なお,ここで,アビガンの治療効果を評価する時期について整理したい。COVID-19は,咽頭のウイルスは発症とともに検出される。ウイルス量は10日がピークで,12~15日で減少する。そして,鼻咽頭には症候性患者と無症状感染者も同等のウイルス負荷があるため,無症状感染者からの感染の可能性が報告されている15)。
このように,発症後約2週間でピークを終えウイルスが消失するというウイルスの基礎知識に基づいて,ウイルス消失時期にアビガンの治療効果を評価する必要がある。ただし重症例では,ウイルス増殖時間は長いと思われる。
(5)シクレソニド
わが国では,国立感染症研究所で分離した新型コロナウイルスに対して吸入ステロイド薬シクレソニド(商品名:オルベスコ)が抗ウイルス活性を示し,患者3名に使用した結果,効果が認められたと報告されている16)。このほか,わが国の症例報告は,日本感染症学会のホームページ「新型コロナウイルス感染症」に掲載されているので,参考にされたい。
COVID-19の治療薬に関しては,仮に今後,日本人全員が新型コロナウイルスに感染した場合,重症化率を10%と低く見積もっても,1000万人が使用する可能性があるので,耐性株出現を避ける使用法を目指す必要がある。
7. おわりに
COVID-19は,感染者の20%が重症肺炎となり2%が死に至る感染症である。したがって,身近に重症者が出る可能性が高いことから,抗ウイルス薬について実地医家の先生方が患者に説明できることを目的に本稿を作成した。前回(No.5004「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察」)の考察と中国の臨床試験から,発症6日までにアビガン治療を開始すれば,ウイルスの早期消失,咳嗽の軽減,肺炎の進行や重症化が阻止され,それにより死亡率が激減するであろう。さらに,若年者でも肺炎の後遺症である線維化や瘢痕化を最小限にすることができ,将来の呼吸機能の低下が避けられる。テドロスWHO事務局長が“kill”という表現を使ったように,COVID-19に殺されないためには,ハイリスクの年齢であったり基礎疾患を有しているのであれば,労作性呼吸困難(息切れや呼吸回数の増加)により肺合併症を早期に発見して,胸部CTで肺病変があれば,発症後6日にはアビガン治療を開始していただきたい。呼吸機能に予備能のない方を除けば,患者のADLを保ち,人工呼吸器装着者は減り,医療崩壊に至る可能性がなくなることが期待できると考えている。
※著者の利益相反として,アビガンの開発にかかわり,アビガンを製造する富山化学工業(現富士フイルム富山化学)と共同研究を行ってきた。
【文献】
1) Furuta Y, et al:Antimicrob Agents Chemother. 2002;46(4):977-81.
2) Takahashi K, et al:Antivir Chem Chemother. 2003;14(5):235-41.
3) Takashita E, et al:Antiviral Res. 2016;132:170-7.
4) Shiraki K, et al:Pharmacol Ther. 2020:107512.
5) Wang Y, et al:J Infect Dis. 2019 Dec 11
6) Cao B, et al:N Engl J Med. 2020 Mar 18.
7) Cai Q, et al:Engineering. 2020 Mar 18.
8) Mulangu S, et al:N Engl J Med. 2019;381(24):2293-303.
9) Oestereich L, et al:Antiviral Res. 2014;105:17-21.
10) Wang M, et al:Cell Res. 2020;30(3):269-71.
11) Chen C,et al:medRxiV.2020 Mar 17.
12) Lau AC, et al:Respirology. 2004;9(2):173-83.
13) Ooi GC, et al:Respirology. 2003;8 Suppl:S15-9.
14) Evaluation of the Efficacy and Safety of Sarilumab in Hospitalized Patients With COVID-19.
[https://www.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04315298]
15) Zou L, et al:N Engl J Med. 2020;382(12):1177-9.
16) 岩渕敬介, 他:COVID-19 肺炎初期~中期にシクレソニド吸入を使用し改善した3例.
[http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_casereport_200310.pdf.]
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緊急寄稿(2)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療候補薬アビガンの特徴(白木公康)
No.5005 (2020年03月28日発行) P.25
白木公康 (千里金蘭大学副学長,富山大学名誉教授(医学部))
登録日: 2020-03-25
最終更新日: 2020-03-25
コーナー: 学術論文 学術論文
診療科: 内科 感染症
診療科: 医学一般 薬品
しらき きみやす:1977年阪大卒。2013年富山大学医学部学科長,2019年4月から現職。専門は臨床ウイルス学。新型コロナウイルス感染症の治療薬の候補に挙がっている抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)を開発
No.5004 緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察
N0.5006緊急寄稿(3)COVID-19を含むウイルス感染症と抗ウイルス薬の作用の特徴
1. はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界各地に広がっている。中国では,ファビピラビル(6-fluoro-3-hydroxy-2-pyrazinecarboxamide,商品名:アビガン)が有効な治療薬剤として評価されている。アビガンは致死性インフルエンザ感染動物モデルで,オセルタミビルリン酸塩(商品名:タミフル)が有効でない場合にも全動物を生存させるという,高ウイルス負荷の致死性感染症を有効に治療できる薬剤である。2014年に西アフリカで流行したエボラ出血熱の治療にも有効に使われた。その後,重症インフルエンザ肺炎に対するアビガンとタミフルの併用療法の有効性が報告されている。このほか,人の致死性RNAウイルス感染症の治療や,わが国では,重症熱性血小板減少症候群の治療にも使用された。そこで本稿では,アビガンの特徴やアビガン以外のCOVID-19治療候補薬について概説する。
2. アビガンの開発経緯
高い合成能力を有する富山化学工業(当時)と,ウイルス感染動物モデル実験系を有していた私たち富山医科薬科大学(当時)は,当初,抗ヘルペス薬の共同開発を目指していたが,アシクロビルを超える化合物を得られなかった。富山化学で合成された化合物は,抗ウイルス,抗菌,抗炎症,神経などの分野でその活性がスクリーニングされており,約3万化合物の中の1つがインフルエンザに活性を有していた。そこから,開発番号T-705(アビガン)の開発がスタートした。
アビガンは江川裕之氏らが合成し,古田要介氏らが細胞培養で抗インフルエンザ活性を見出し,富山医科薬科大学の感染動物実験施設(BSL3)において,インフルエンザ感染動物で治療効果を確認したことで,抗インフルエンザ薬としての道を歩み始めた1)。
3. アビガンの抗インフルエンザウイルス活性
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アビガンの化学構造は図1に示したように,アビガンにリボースが付加されると,生体内に存在するAICARに構造が似る。AICARはRNAの材料となるグアノシンやアデノシンの前段階のイノシンに至る前駆物質である。そのため,ウイルスのRNA依存性RNA合成酵素(RdRp)は,伸長中のウイルスRNAに,アビガンをグアノシンやアデノシンと間違えて取り込んでしまい,そこで,RNA合成が停止する。すなわち,アビガンは,RNAウイルスのRNA複製の際に,RNA鎖に取り込まれたところで,RNAの伸長を停止する。この機構は,アシクロビルと同じように,伸長阻止薬(chain terminator)として作用する。そして,アビガンの阻害活性はインフルエンザウイルスだけでなく,ほとんどのRNAウイルスのRdRpに対して,伸長を停止する活性を有する。
このような活性を有するアビガンがインフルエンザ感染動物で治療効果を示すことを確認した後,この抗インフルエンザ活性は他の抗インフルエンザ薬に比べて優れているのか,優れているのはどのような点か,という差別化の試験を行った。インフルエンザ感染動物を用いた試験では,軽症の感染ではタミフルとアビガンの治療効果に差異は認めなかった。一方,図2に示したように,致死性の高力価インフルエンザ感染モデルでは,タミフル治療で3日ほどの延命は得られるが多くのマウスが死亡する。しかしアビガンは,すべてのマウスを生存させるという強い治療効果を示した2)。このRNAウイルスの致死性感染症に対する生存効果は,その後,エボラ出血熱等への治療の際に効果を発揮した。
4. ヒトにおけるインフルエンザ治療効果
米国国防総省は,新型インフルエンザや致死性RNAウイルス感染症に対するアビガンの効果を期待して,季節性インフルエンザに対するアビガンの治験を行った。わが国でも季節性インフルエンザに対するアビガンの治験を行い,抗インフルエンザ薬としての臨床効果が認められ,2014年3月,承認を得ることとなった。これらヒトでの国内臨床試験および国際共同第Ⅲ相試験(承認用法および用量より低用量で実施された試験)において,安全性評価対象症例501例中,副作用が100例(19.96%)に認められた(臨床検査値異常を含む)。主な副作用は,血中尿酸増加24例(4.79%),下痢24例(4.79%),好中球数減少9例(1.80%),AST(GOT)増加9例(1.80%),ALT(GPT)増加8例(1.60%)等であった(添付文書に記載)。この結果からは,試験対象者に対して強い毒性があるようには思われない。アビガンは,主に水酸化体として尿中に排泄される腎排泄性薬剤であり,1日1回の投与では血中濃度を保つことは難しい。治験の際,アビガン投与前後で,57ペアのインフルエンザウイルスの感受性に変化はなく,タミフルやバロキサビル マルボキシル(商品名:ゾフルーザ)のように耐性ウイルスは分離されなかった3)。アビガンに耐性が生じないことはインフルエンザウイルスのほか,ポリオウイルスで確認した4)。
致死性インフルエンザ感染でも全マウスが生存するという優れた治療効果,そして,耐性ウイルスができず,流行の最初から最後の患者まで,同じ有効性で治療できるという特性4)は,致死性感染症に対する抗ウイルス薬として理想的である。
5. アビガンの使用上の注意と承認条件
アビガンは承認に至るまでに,考えうる種々の毒性試験が行われている。動物実験において初期胚の致死および催奇形性が認められたので,医薬品医療機器総合機構(PMDA)と米国食品医薬品局(FDA)の薬理や毒性の専門家たちから,多くの動物での安全性試験が求められ,実施された。健常人に対する毒性の懸念があれば,アビガンを薬剤として認めず,ヒトでの臨床試験をさせない選択肢もあったが,両機関は動物での安全性試験のデータから,妊孕性以外に問題がないと判断し,ヒトでの第Ⅰ相試験が始まった。動物実験では精子の減少が認められたが,ヒトでの試験では影響がないことが確認された。
動物実験において初期胚の致死および催奇形性が認められたことによって,承認時には,胎児に障害を起こす可能性を排除するため,妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与が禁忌となった。そして添付文書には,投与期間中および投与終了後7日間はきわめて有効な避妊法の実施を徹底することが注意喚起されている。こうした対応により,新たな薬害の発生を防ぐことができると考えている。
このほかの副作用については,上記の国内臨床試験および国際共同第Ⅲ相試験で重篤な副作用や後遺症は認められていない。胎児への影響に注意すれば,致死性RNA感染症をアビガンで治療することは問題ないと考えている。ただ,妊婦を避けたとしても,それ以外の予期せぬ重篤な副作用の出現を否定するものでないことは他の薬剤と同様である。
以上のことから,添付文書には,「本剤は,他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分な新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症が発生し,本剤を当該インフルエンザウイルスへの対策に使用すると国が判断した場合にのみ,患者への投与が検討される医薬品である。本剤の使用に際しては,国が示す当該インフルエンザウイルスへの対策の情報を含め,最新の情報を随時参照し,適切な患者に対して使用すること」と記載され,国が管理する薬剤として承認された。
2015年7月,台湾がアビガンの備蓄を決定し,17年3月には日本で200万人分の備蓄が決定して,現在に至っている。中国の研究では重症インフルエンザ肺炎の治療で,タミフル単独に比べ,タミフルとアビガンの併用療法が有意に良好な結果を得ている5)。
6. COVID-19に有効な可能性のある薬剤
COVID-19は現在,標準的治療薬はない。そこで中国の国家衛生健康委員会は,7万以上の薬物または化合物の中から5000の薬物候補を選択した。その後,従来のコロナウイルスに対して細胞レベルでテストし,最終的に,抗マラリア薬クロロキン,アビガン,エボラ出血熱の臨床試験で使用されたレムデシビルの3剤に絞り,臨床試験を始めた。このほかにも,治療候補薬の臨床試験が多数行われている。世界保健機関(WHO)は抗HIV薬ロピナビル・リトナビル(商品名:カレトラ)とレムデシビルの臨床試験を実施している。
(1)クロロキン
クロロキンは副作用として網膜症を起こすことから,現在わが国ではヒドロキシクロロキンが,皮膚エリテマトーデス・全身性エリテマトーデスの適応を有する。作用機序は不明であるが,臨床的な有効性があったと中国の国家衛生健康委員会が報告している。
(2)カレトラ
HIVプロテアーゼ阻害薬のカレトラは治療効果が期待されたが,十分な効果は確認されていない。重症COVID-19患者の有意な改善,死亡率の低下,ウイルス消失が認められなかった6)。さらに,アビガン群はカレトラ群に比べ,ウイルス消失が有意に早く,胸部CTの改善率が有意に高いと報告されている7)。
(3)レムデシビル
レムデシビルは,細胞培養レベルでは低濃度でエボラウイルスや新型コロナウイルスの増殖を抑えることから効果が期待される。ただ,エボラ出血熱に対しては,2種の抗体療法の方がレムデシビルより優れていたと報告されている8)。無治療群との比較はなく,抗体療法との比較なので,レムデシビルの有効性評価は難しいと思われる。COVID-19に対する有効性に関しては現在,中国をはじめとした国際共同治験等が進行中である。
(4)アビガン
アビガンに関しては,抗ウイルス活性濃度(EC50)がエボラウイルスと新型コロナウイルスで同じであることが報告された9)10)。このことは,細菌でいえば,大腸菌とブドウ球菌でMIC(最小発育阻止濃度)が同じであれば,同じ投与量で同様に効果があることを意味する。細胞培養レベルで効くことがわかれば,EC50値の大小は投与量が変わるだけで,有効性は維持される。
アビガンは新規の感染細胞には有効であるが,既感染細胞でウイルス産生を阻止する活性は低いので,ウイルスの成熟・拡散を阻害する薬剤と併用すると,有効な治療ができると思われる。先に述べたように,アビガンの耐性ウイルスができないという特性は,最初から最後の患者まで,有効な治療ができる点で優れていると思う。
先日,中国の深圳と武漢の病院からアビガンの有効性が報告された(表1,武漢の報告は査読前のものを公表)7)11)。試験対象者は,深圳では発症7日未満と早い一方,武漢は発症12日までのために肺炎が進行した患者がおり,深圳の方が成績が良いように見える。対照群は,深圳はカレトラ,武漢はarbidol(ウイルスの侵入阻害薬)。アビガンの投与量は初日1600mg×2,それ以降600mg×2/日(新型インフルエンザと同様)を,深圳では14日,武漢では7日間投与し,臨床効果を評価した。武漢では表1の結果に加え,解熱や咳緩和までを有意に短縮した(P<0.0001)。有害事象は尿酸値の有意の上昇を認めている。
深圳では本疾患で重要な肺の線維化や瘢痕化に関わる胸部CT所見の変化を観察した。胸部CT改善率は4日目と9日目で有意差はなかったが,14日目にアビガン群は91.4%と有意に改善した。これは胸部CT所見の改善であり,健常への回復ではないので,ウイルス性肺炎では後遺症を残す12)13)。
カレトラ群では,胸部CT悪化が9日で35.6%(16/45),14日で20%(9/45)である。中国ではCOVID-19患者のうち,重症肺炎患者の25%がICUに至っているが,この自然悪化率とカレトラ群の悪化率はほぼ同じといえる。一方,アビガン群では,14日での悪化は1例のみであるため,肺炎の重症化を阻止している意味は大きい。試験の対象が発症7日未満だと,肺炎が軽症で治療不要者を対象とする懸念があるかもしれないが,それよりも,肺の線維化や瘢痕等の後遺症を残さないことに意味があると思う。
COVID-19の発症6日までの早期治療は,肺炎による肺線維化や瘢痕化を最小限にして,死亡につながる肺炎重症化を阻止する。重要なことは,呼吸機能の予備能がない方々にいかに早期に対応するかであろう。
例えば,ウイルス感染症の帯状疱疹は,紅斑,水疱,膿疱,痂疲へと症状が移行するが,抗ウイルス薬の治療を開始するのは発疹出現時である。免疫応答により水疱ができてウイルス量がピークを過ぎるころから治療を開始しても大きな効果が期待できないからだ。
日本感染症学会の「COVID-19に対する抗ウイルス薬による治療の考え方 第1版」(2020年2月26日)では,抗ウイルス薬投与開始時期について「低酸素血症の発症」を必要条件としている。しかし,マウスのインフルエンザ肺炎では,この時期は抗ウイルス薬より,サイトカインと活性酸素による傷害を抗炎症薬や抗サイトカイン抗体(抗IL-6抗体)等14)により緩和する時期と思う。
なお,ここで,アビガンの治療効果を評価する時期について整理したい。COVID-19は,咽頭のウイルスは発症とともに検出される。ウイルス量は10日がピークで,12~15日で減少する。そして,鼻咽頭には症候性患者と無症状感染者も同等のウイルス負荷があるため,無症状感染者からの感染の可能性が報告されている15)。
このように,発症後約2週間でピークを終えウイルスが消失するというウイルスの基礎知識に基づいて,ウイルス消失時期にアビガンの治療効果を評価する必要がある。ただし重症例では,ウイルス増殖時間は長いと思われる。
(5)シクレソニド
わが国では,国立感染症研究所で分離した新型コロナウイルスに対して吸入ステロイド薬シクレソニド(商品名:オルベスコ)が抗ウイルス活性を示し,患者3名に使用した結果,効果が認められたと報告されている16)。このほか,わが国の症例報告は,日本感染症学会のホームページ「新型コロナウイルス感染症」に掲載されているので,参考にされたい。
COVID-19の治療薬に関しては,仮に今後,日本人全員が新型コロナウイルスに感染した場合,重症化率を10%と低く見積もっても,1000万人が使用する可能性があるので,耐性株出現を避ける使用法を目指す必要がある。
7. おわりに
COVID-19は,感染者の20%が重症肺炎となり2%が死に至る感染症である。したがって,身近に重症者が出る可能性が高いことから,抗ウイルス薬について実地医家の先生方が患者に説明できることを目的に本稿を作成した。前回(No.5004「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察」)の考察と中国の臨床試験から,発症6日までにアビガン治療を開始すれば,ウイルスの早期消失,咳嗽の軽減,肺炎の進行や重症化が阻止され,それにより死亡率が激減するであろう。さらに,若年者でも肺炎の後遺症である線維化や瘢痕化を最小限にすることができ,将来の呼吸機能の低下が避けられる。テドロスWHO事務局長が“kill”という表現を使ったように,COVID-19に殺されないためには,ハイリスクの年齢であったり基礎疾患を有しているのであれば,労作性呼吸困難(息切れや呼吸回数の増加)により肺合併症を早期に発見して,胸部CTで肺病変があれば,発症後6日にはアビガン治療を開始していただきたい。呼吸機能に予備能のない方を除けば,患者のADLを保ち,人工呼吸器装着者は減り,医療崩壊に至る可能性がなくなることが期待できると考えている。
※著者の利益相反として,アビガンの開発にかかわり,アビガンを製造する富山化学工業(現富士フイルム富山化学)と共同研究を行ってきた。
【文献】
1) Furuta Y, et al:Antimicrob Agents Chemother. 2002;46(4):977-81.
2) Takahashi K, et al:Antivir Chem Chemother. 2003;14(5):235-41.
3) Takashita E, et al:Antiviral Res. 2016;132:170-7.
4) Shiraki K, et al:Pharmacol Ther. 2020:107512.
5) Wang Y, et al:J Infect Dis. 2019 Dec 11
6) Cao B, et al:N Engl J Med. 2020 Mar 18.
7) Cai Q, et al:Engineering. 2020 Mar 18.
8) Mulangu S, et al:N Engl J Med. 2019;381(24):2293-303.
9) Oestereich L, et al:Antiviral Res. 2014;105:17-21.
10) Wang M, et al:Cell Res. 2020;30(3):269-71.
11) Chen C,et al:medRxiV.2020 Mar 17.
12) Lau AC, et al:Respirology. 2004;9(2):173-83.
13) Ooi GC, et al:Respirology. 2003;8 Suppl:S15-9.
14) Evaluation of the Efficacy and Safety of Sarilumab in Hospitalized Patients With COVID-19.
[https://www.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04315298]
15) Zou L, et al:N Engl J Med. 2020;382(12):1177-9.
16) 岩渕敬介, 他:COVID-19 肺炎初期~中期にシクレソニド吸入を使用し改善した3例.
[http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_casereport_200310.pdf.]
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トップ No.5004 学術論文 学術論文緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察(白木公康)
緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察(白木公康)
No.5004 (2020年03月21日発行) P.30
白木公康 (千里金蘭大学副学長,富山大学名誉教授(医学部))
木場隼人 (金沢大学附属病院呼吸器内科)
登録日: 2020-03-18
最終更新日: 2020-03-18
コーナー: 学術論文 学術論文
診療科: 内科 感染症
しらき きみやす:1977年阪大卒。2013年富山大学医学部学科長,2019年4月から現職。専門は臨床ウイルス学。新型コロナウイルス感染症の治療薬の候補に挙がっている抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)を開発
No.5005 緊急寄稿(2)COVID-19治療候補薬アビガンの特徴
N0.5006緊急寄稿(3)COVID-19を含むウイルス感染症と抗ウイルス薬の作用の特徴
1. コロナウイルスの特徴
コロナウイルスはエンベロープを有するので,エタノールや有機溶媒で容易に感染性がなくなる(不活化できる)。RNAウイルスの中で最大のゲノム(遺伝子)を有しており,プラス鎖一本鎖のRNAを遺伝子とする。その長さは約30kb(3万個の塩基)である。
ヒトに感染するコロナウイルスには,「ヒト呼吸器コロナウイルス」(229E,OC43,NL63,HKU-1),2002年に発生した「重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス」,2012年に発生した「中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルス」,そして今回の「新型コロナウイルス」があり,新型とSARSは,アンジオテンシン変換酵素2をレセプターとして感染する。
ウイルスの遺伝子の安定性を決めるRNA合成酵素に関して,インフルエンザ・C型肝炎・HIVのウイルスは遺伝子変異を起こしやすいが,コロナウイルスはRNAウイルスでは例外的に変異を起こしにくい。コロナウイルスは校正機能を有する酵素を持つので,変異が起きても,それを除去して正しく遺伝子を複製する。そのため,C型肝炎やインフルエンザに有効な抗ウイルス薬リバビリンは,RNAに取り込まれても校正酵素で削除されるため,コロナウイルスに有効ではない。しかし,ウイルスの校正機能をなくすとリバビリンは遺伝子に取り込まれ,変異を誘導し,感染性ウイルスができなくなり(lethal mutagenesis),抗ウイルス活性を示す。
新型コロナウイルスの103株の遺伝子を比較した結果,2万8144番目の塩基の違いによってアミノ酸をセリン(S型)とロイシン(L型)に分けると,L型は中国・武漢で,1月7日以前の分離株の約96%であった。S型は武漢以外で,1月7日以降の分離株では約38%を占めていた。そのことから,L型はS型よりaggressiveと報告されている1)。両者は,約1万個の特定部位のアミノ酸の1つの違いなので,免疫学的に違うウイルスではなく,2回かかるとは思われないが,ウイルスの病原性や広がりの研究には重要と思われる。
2. コロナウイルスの増殖
インフルエンザウイルスは,感染して6時間で増殖を終えて,108/mL程度の感染性ウイルスを産生する。SARSコロナウイルスは,6時間程度で増殖し,105〜6/mL程度のウイルスを産生する2)。したがって,気道上皮細胞からのコロナウイルス放出はインフルエンザの約100分の1程度と推測できる。
3. ウイルスの感染能力の安定性
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飛沫感染は2m離れると感染しないとされている。オープンエアでは,2mまで到達する前に,種々の大きさのaerosol(エアロゾル,微小な空気中で浮遊できる粒子)は乾燥する。60~100μmの大きな粒子でさえ,乾燥して飛沫核になり,インフルエンザウイルスを含む多くのウイルスは乾燥して感染性を失う3)。したがって,コロナウイルスはインフルエンザ同様,エアロゾルが乾燥する距離である2m離れたら感染しないと思われる。しかし,湿気のある密室では空中に浮遊するエアロゾル中のウイルスは乾燥を免れるため,驚くことに,秒単位から1分ではなく,数分から30分程度,感染性を保持する4)〜6)。
インフルエンザウイルスの感染能力(ウイルス力価)は,点鼻による鼻腔への感染では,127~320TCID50で,それに比べてエアロゾルでは0.6~3TCID50と約100分の1のウイルス力価で感染する7)〜10)。5~10μmのエアロゾル(飛沫と呼ばれる)は30mの落下に17~62分を要し,沈着部位は鼻腔や上気道である。一方,2~3μm(飛沫核)は落下せず,吸入時には肺胞に達する。このように,エアロゾルは大きさによって上気道や肺胞の標的細胞に達する。インフルエンザウイルスでは,通常の呼気の87%を占める1μmのエアロゾルも感染性を有し気道で感染する11)。注意すべき点は,湿気の高い密室では2m離れていても,くしゃみや咳だけでなく,呼気に含まれる1μm程度のエアロゾルさえ感染性を保持して浮遊し,吸気によって上気道または下気道で感染するということである。
密室におけるインフルエンザの集団感染例としては,空調が3時間停止した飛行機内で,1名の患者から37名に感染している12)。多くの人が密集し呼気のエアロゾルが乾燥しない空間では,感染者がいると感染は避けがたく,多数の感染者が発生する。
点鼻では感受性細胞に到達できるウイルスが限られるが,エアロゾルの噴霧は上気道・下気道の上皮細胞に直接感染するため,100倍以上効率よく感染できると思われる。一方,物を介する感染(fomite transmission)では,さらに多くのウイルスが必要と思われる。
このように,感染する場所と,感染が「上気道」あるいは「下気道」のどちらから始まるかが,ウイルスの検出部位(鼻咽頭拭い液か喀痰)と検出までの時間や感染病態に影響を与えていると思われる。
また,2009年の新型インフルエンザ流行の際に医学部生の感染機会を調べた研究によると,多くが「カラオケ」であった。このように,単に密室を避けるのではなく,湿気が多い空間・密室では換気や除湿を心がけ,飛沫が乾燥しやすい環境として,人と人の距離を2m保持することで,感染の回避は可能と思われる。
4. 湿度と気道の乾燥,エアロゾルの乾燥
前項で密室の湿度とウイルスの感染性について記載したが,以下の誤解は避けて頂きたい。気温5度と30度の湿度50%では,空気中の水分量はそれぞれ,3.4mg/Lと15.2mg/Lである。一方,肺胞は,37度の湿度100%で43.9mg/Lあるので,1回の呼吸量(500 mL)では,外気を吸って肺胞に至るまでに,冬は鼻腔・気道の水分を約20mg奪い,夏は約14mgを奪う。つまり,冬は夏に比べ,1回あたり6mgの水分を余分に奪うため,冬は気道が乾燥しやすい。したがって,マスクの使用は吸気の湿度を保ち,気道粘膜の乾燥を防ぎ,繊毛運動の保持には有用であると思われる。
このように,部屋の加湿は気道には優しいが,呼気や咳・くしゃみにより生じたエアロゾル中のウイルスの乾燥を妨げ,感染性を保持しやすいことになるため,湿度を上げすぎないことに留意するべきであると思う。
5. COVID-19の感染様式
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染様式は,従来のヒト呼吸器コロナウイルスの感染様式(物を介する感染)とインフルエンザ的感染様式(飛沫感染)が考えられる(図1)。
ヒト呼吸器コロナウイルスの潜伏期間は3日で,鼻汁の多い,ティッシュの山ができるような鼻かぜを生じる。この感染様式は,くしゃみで感染するというより,ティッシュで鼻をかむ際に鼻を触った手がウイルスで汚染され,その手でドアノブなどの物を触り,そこに付着したウイルスが物を介して別の人の手にうつり,その手を顔面にもっていくことで感染(fomite transmission)が成立する。物の上でどれぐらい感染性が保持されるかについては,従来3時間程度と言われてきたが,中国SARS対策委員会では,プラスティックなどの表面で3日程度,痰や糞便では5日,尿中で10日としている。確かに,江戸時代にインドネシアから種痘を持ち込む際に,水溶液等種々を試したところ,瘡蓋のみが感染性を保持して持ち込むことができた。このように,鼻汁や気道粘膜からの分泌物など粘性のある生体成分に包まれた状態では,表面が乾燥しても内部のウイルスの乾燥は限られ,感染性は安定しているようである。
SARSが香港のホテルで集団発生した事例では,感染者が宿泊した部屋で使用した雑巾で,同じ階の各部屋を掃除したとされる。その階では,掃除された部屋内に付着していたウイルスで物を介した感染(fomite transmission)が起こり,感染が各国の宿泊者に拡大したとされる。このようにSARSコロナウイルスでは,間質性肺炎から気道に出たウイルスが咳などにより放出されただけでなく,感染者から出た咳や痰,下痢便など,ウイルス量が多い排泄物が付着した物が,見かけ上乾燥していても感染源となった。COVID-19も,物を介する感染を防ぐためには,「顔に手をもっていかない(特に鏡の前で無意識に顔面や毛髪を触ることに注意)」「手の消毒や手洗い」が重要と思われる。
インフルエンザと同様の飛沫感染については,先に述べたように,咳やくしゃみの飛沫だけでなく,呼気の87%を占める1μm以下のエアロゾルも感染性を有すると考えられる11)が,コロナウイルスは,細胞中で産生されるウイルス量がインフルエンザウイルスの約100分の1であることから,インフルエンザほど感染能力は強くないと推定される。
6. ヒトへの実験的ウイルス感染よりわかること
ヒトに対するウイルス感染の実験により,「感染後いつ発症するか?」「いつまでウイルス排泄が続くか?」「再感染はいつごろか?」が推測できる。インフルエンザは,早ければ18時間で発症し,約2日でウイルス量は最高に達し,発熱,頭痛,筋肉痛は,上気道症状より早く回復する。抗体保有状況により34.9%が発症する13)。ウイルス排出は約1週間続き,人によっては20日観察されている14)。感染性ウイルスは主要症状消退後にも認められる。鼻かぜ(コロナウイルスとライノウイルス)は,感染3日後に発症し,ライノウイルスは3週間,コロナウイルス感染動物では約1カ月程度ウイルスが検出される。
PCR法は分離による感染性ウイルスの検出より,約100~1000倍感度が良いので,主要症状消退後のウイルスの検出は,感染性と相関しない。そして,PCR法では,回復期には陽性陰性を繰り返し,徐々にウイルスは消えていく。
再感染の時期については,粘膜感染のウイルスは,粘膜の免疫が一度産生されたIgA抗体の消失まで約6カ月続く。そのため,3カ月までは再感染せず,6カ月ぐらいでは再感染するが発症せず,1年経つと以前と同様に感染し発症するとされる。
潜伏期間の長い麻疹,水痘,風疹などは,子どもの感染で親の抗体価は上昇するが,発症しない。すなわち,粘膜感染し免疫が誘導され,発症に至る前に免疫で抑え込むためである。一方,潜伏期間の短い粘膜感染のコロナウイルス,ライノウイルス,RSウイルスなどは,粘膜免疫の誘導前に発症してしまうので,IgA抗体が消えると再感染し,発症することになる。
最近,COVID-19回復後に陰性化したが,1カ月程度の間に,ウイルスがPCR法で検出された例が報道されている。これは,コロナウイルス感染では不思議な現象ではない。ウイルスの完全消失までの経過で多くみられ,再感染は合理的に考えにくい。
さらに,COVID-19は,物を介して上気道で感染する場合と,エアロゾルで下気道・肺胞で感染する場合が考えられるが,鼻咽腔での検出が悪く,喀痰で検出できる場合には,下気道でウイルスが感染したと推測できる。
7. COVID-19の臨床的特徴と治療
COVID-19の臨床的特徴は,インフルエンザのような感冒症状に加えて,致死性の間質性肺炎・肺障害を発症する点にある15)。中国CDCは2月11日までに収集した7万2314患者例の中で,確定患者4万4672例(61.8%)について報告した(表1)16)。確定例は80%が軽症で,インフルエンザがイメージされる。残りは肺炎を合併し,14%が重症,5%が危機的で呼吸管理を必要とする患者で,死亡率は全体の2.3%と報告され,図2のような年齢的な特徴がある16)。特に,SARSと同様に,50歳を超えると発症率・死亡率が上昇し,表1のような基礎疾患があると重症になる。入院患者の症状を表2に示す。肺障害の病理像は,SARSやMERSの肺炎に類似しているようである17)。間質性肺炎の合併は,発症平均8日後に息苦しさとして報告されている15)。
また,PCR法による1099人の確定患者を米国胸部学会の市中肺炎のガイドラインに準じて重症,非重症に定義した論文によると,前者は173人,後者は926人で,死亡は15人(1.4%)だった18)。どちらも9割程度が依然入院中とデータは未熟だが,死亡率は重症群で8.1%,非重症群で0.1%となっており,COVID-19においても致死性の判断基準となりそうだ。このガイドラインでは予後不良の因子として,熱は36度未満,呼吸数30回/分以上,血球数では白血球数4000/mL,血小板数10万/mLを下回ることを挙げている19)20)。実際,この論文中でも重症と非重症の間では,息切れ(shortness of breath)が37.6% vs 15.1%,白血球減少が61.1% vs 28.1%,血小板減少(ここでは15万/mL以下)が57.7% vs 31.6%と差が目立つ。一方,重症群で来院時の体温がより高い,ということはなさそうである。
COVID-19の治療において重要であると考えていることは,感染者の3~4%に生じる急性呼吸性窮迫症候群(ARDS)に至る前に,間質性肺炎の発症を早く見つけ,遅れることなく,抗ウイルス薬治療を開始することである。間質性肺炎症状である「dyspnea,息苦しさ」は発症平均8日〔四分位範囲(中央の50%):5~13日〕後に検出されている。したがって,3日の発熱は他の感染症でもみられるので,4日以上の発熱が続けばこの感染症が疑われる(人によって平熱の値が異なるため,ここでは発熱の具体的な基準を示さない)。そして,5~6日に労作性呼吸困難を指標にして肺炎合併の有無をCTで検討し,治療を開始する。この間にPCR法で確認することが望ましいが,肺炎の臨床診断で治療を開始し,翌日のPCR法による診断の確認も選択肢の1つであると思う。
なお,ICU入室を要する患者はIL-2,IL-7,IL-10,GCSF,IP10,MCP1,MIP1A,TNFαの高値を認め,肺炎にサイトカインの関与を示していた15)。
8. COVID-19の肺炎の早期発見
COVID-19に感染した場合に備えて,肺炎を早期に発見するためには,毎日検温をして平熱を把握し,発熱のチェックをする。4日以上持続する発熱は鑑別できる発熱性疾患が限られ,COVID-19のサインと思われる。発熱後8日で呼吸困難が出る。
発熱後5~6日ごろの病初期では,階段上りや運動など酸素必要量が多い時のみ,息切れを感じる。この労作性呼吸困難(息切れや呼吸回数の増加)により,肺障害を早期に推測し,治療に結び付けることが重症化を防ぐために重要であると思う。その際に,画像診断とPCR法で確定できる。
COVID-19の肺炎のCT所見の検討によると,発症後すぐにはすりガラス陰影を呈し,3週間までに徐々に浸潤影を呈するものが多くなるとされており,肺線維化が進行していくことを示唆している21)22)。また経過で線維化をきたすグループは予後不良であった21)。SARSを振り返ると発症4週間後,55〜62%に線維化を残していた23)。非可逆的な変化の可能性があり,拡散能・肺活量低下による肺機能低下も危惧される。COVID-19でも若年者の肺炎は死亡率が低く軽症であると早計せず,後遺症の予防において早期治療が重要である可能性がある。
9. おわりに
本稿では,COVID-19は鼻咽腔でウイルスが確認されることを踏まえ,ヒト呼吸器コロナウイルスとインフルエンザの感染様式から,COVID-19の感染様式を推測してみた。ダイヤモンド・プリンセス号では1名の感染者から約700名が感染していることから,上気道の呼気や咳・くしゃみによって感染した場合に,どの程度の距離の接近であったのか?あるいは,物を介する感染(fomite transmission)はどのような状況であったのか?等の詳細な情報24)があると,今回のような原則的な感染様式の解説ではなく,具体的な予防策が明らかにできるように思われる。今後さらに,多くの情報が集積されてくると思われるが,現時点(3月上旬)の情報に基づいて,COVID-19の全体像が明らかになりつつある状況の解説を試みた。参考になれば幸いである。なお,日本感染症学会ではホームページに「新型コロナウイルス感染症」のコーナーがあるので参照されたい。
次回は,一部のCOVID-19患者に投与されている抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)について解説する(No.5005掲載予定)。
【文献】
1) Tang X, et al:National Science Review. 2020 Mar 3.
2) Kindler E, et al:PLoS Pathog. 2017;13(2):e1006195.
3) Xie X,et al:Indoor Air. 2007;17(3):211-25.
4) Shiraki K, et al:Aerosol and Air Quality Research. 2017;17(11):2901-12.
5) Daikoku T,et al:Aerosol and Air Quality Research. 2015;15(4):1469-84.
6) Yu IT, et al:N Engl J Med. 2004;350(17):1731-9.
7) Alford RH, et al:Proc Soc Exp Biol Med. 1966;122(3):800-4.
8) Couch RB, et al:J Infect Dis. 1971;124(5):473-80.
9) Murphy BR, et al:J Infect Dis. 1973;128(4):479-87.
10) Couch RB, et al:Annu Rev Microbiol. 1983;37:529-49.
11) Fabian P, et al:PLoS One. 2008;3(7):e2691.
12) Moser MR, et al:Am J Epidemiol. 1979;110(1):1-6.
13) Carrat F, et al:Am J Epidemiol. 2008;167(7):775-85.
14) Memoli MJ, et al:Clin Infect Dis. 2014;58(2):214-24.
15) Huang C, et al:Lancet. 2020;395(10223):497-506.
16) The Novel Coronavirus Pneumonia Emergency Response Epidemiology Team:China CDC Weekly. 2020;2(8):113-22.
17) Xu Z, et al:Lancet Respir Med. 2020 Feb 18.
18) Guan WJ, et al:N Engl J Med. 2020 Feb 28.
19) Metlay JP, et al:Am J Respir Crit Care Med. 2019;200(7):e45-e67.
20) Mandell LA, et al:Clin Infect Dis. 2007;44 Suppl 2:S27-72.
21) Shi H, et al:Lancet Infect Dis. 2020 Feb 24.
22) Pan F, et al:Radiology. 2020 Feb 13.
23) Ooi GC, et al:Respirology. 2003;8 Suppl:S15-9.
24) 現場からの概況:ダイアモンドプリンセス号におけるCOVID-19症例【更新】(2020年2月26日掲載)国立感染症研究所
[https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9422-covid-dp-2.html.]
緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察(白木公康)
No.5004 (2020年03月21日発行) P.30
白木公康 (千里金蘭大学副学長,富山大学名誉教授(医学部))
木場隼人 (金沢大学附属病院呼吸器内科)
登録日: 2020-03-18
最終更新日: 2020-03-18
コーナー: 学術論文 学術論文
診療科: 内科 感染症
しらき きみやす:1977年阪大卒。2013年富山大学医学部学科長,2019年4月から現職。専門は臨床ウイルス学。新型コロナウイルス感染症の治療薬の候補に挙がっている抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)を開発
No.5005 緊急寄稿(2)COVID-19治療候補薬アビガンの特徴
N0.5006緊急寄稿(3)COVID-19を含むウイルス感染症と抗ウイルス薬の作用の特徴
1. コロナウイルスの特徴
コロナウイルスはエンベロープを有するので,エタノールや有機溶媒で容易に感染性がなくなる(不活化できる)。RNAウイルスの中で最大のゲノム(遺伝子)を有しており,プラス鎖一本鎖のRNAを遺伝子とする。その長さは約30kb(3万個の塩基)である。
ヒトに感染するコロナウイルスには,「ヒト呼吸器コロナウイルス」(229E,OC43,NL63,HKU-1),2002年に発生した「重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス」,2012年に発生した「中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルス」,そして今回の「新型コロナウイルス」があり,新型とSARSは,アンジオテンシン変換酵素2をレセプターとして感染する。
ウイルスの遺伝子の安定性を決めるRNA合成酵素に関して,インフルエンザ・C型肝炎・HIVのウイルスは遺伝子変異を起こしやすいが,コロナウイルスはRNAウイルスでは例外的に変異を起こしにくい。コロナウイルスは校正機能を有する酵素を持つので,変異が起きても,それを除去して正しく遺伝子を複製する。そのため,C型肝炎やインフルエンザに有効な抗ウイルス薬リバビリンは,RNAに取り込まれても校正酵素で削除されるため,コロナウイルスに有効ではない。しかし,ウイルスの校正機能をなくすとリバビリンは遺伝子に取り込まれ,変異を誘導し,感染性ウイルスができなくなり(lethal mutagenesis),抗ウイルス活性を示す。
新型コロナウイルスの103株の遺伝子を比較した結果,2万8144番目の塩基の違いによってアミノ酸をセリン(S型)とロイシン(L型)に分けると,L型は中国・武漢で,1月7日以前の分離株の約96%であった。S型は武漢以外で,1月7日以降の分離株では約38%を占めていた。そのことから,L型はS型よりaggressiveと報告されている1)。両者は,約1万個の特定部位のアミノ酸の1つの違いなので,免疫学的に違うウイルスではなく,2回かかるとは思われないが,ウイルスの病原性や広がりの研究には重要と思われる。
2. コロナウイルスの増殖
インフルエンザウイルスは,感染して6時間で増殖を終えて,108/mL程度の感染性ウイルスを産生する。SARSコロナウイルスは,6時間程度で増殖し,105〜6/mL程度のウイルスを産生する2)。したがって,気道上皮細胞からのコロナウイルス放出はインフルエンザの約100分の1程度と推測できる。
3. ウイルスの感染能力の安定性
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飛沫感染は2m離れると感染しないとされている。オープンエアでは,2mまで到達する前に,種々の大きさのaerosol(エアロゾル,微小な空気中で浮遊できる粒子)は乾燥する。60~100μmの大きな粒子でさえ,乾燥して飛沫核になり,インフルエンザウイルスを含む多くのウイルスは乾燥して感染性を失う3)。したがって,コロナウイルスはインフルエンザ同様,エアロゾルが乾燥する距離である2m離れたら感染しないと思われる。しかし,湿気のある密室では空中に浮遊するエアロゾル中のウイルスは乾燥を免れるため,驚くことに,秒単位から1分ではなく,数分から30分程度,感染性を保持する4)〜6)。
インフルエンザウイルスの感染能力(ウイルス力価)は,点鼻による鼻腔への感染では,127~320TCID50で,それに比べてエアロゾルでは0.6~3TCID50と約100分の1のウイルス力価で感染する7)〜10)。5~10μmのエアロゾル(飛沫と呼ばれる)は30mの落下に17~62分を要し,沈着部位は鼻腔や上気道である。一方,2~3μm(飛沫核)は落下せず,吸入時には肺胞に達する。このように,エアロゾルは大きさによって上気道や肺胞の標的細胞に達する。インフルエンザウイルスでは,通常の呼気の87%を占める1μmのエアロゾルも感染性を有し気道で感染する11)。注意すべき点は,湿気の高い密室では2m離れていても,くしゃみや咳だけでなく,呼気に含まれる1μm程度のエアロゾルさえ感染性を保持して浮遊し,吸気によって上気道または下気道で感染するということである。
密室におけるインフルエンザの集団感染例としては,空調が3時間停止した飛行機内で,1名の患者から37名に感染している12)。多くの人が密集し呼気のエアロゾルが乾燥しない空間では,感染者がいると感染は避けがたく,多数の感染者が発生する。
点鼻では感受性細胞に到達できるウイルスが限られるが,エアロゾルの噴霧は上気道・下気道の上皮細胞に直接感染するため,100倍以上効率よく感染できると思われる。一方,物を介する感染(fomite transmission)では,さらに多くのウイルスが必要と思われる。
このように,感染する場所と,感染が「上気道」あるいは「下気道」のどちらから始まるかが,ウイルスの検出部位(鼻咽頭拭い液か喀痰)と検出までの時間や感染病態に影響を与えていると思われる。
また,2009年の新型インフルエンザ流行の際に医学部生の感染機会を調べた研究によると,多くが「カラオケ」であった。このように,単に密室を避けるのではなく,湿気が多い空間・密室では換気や除湿を心がけ,飛沫が乾燥しやすい環境として,人と人の距離を2m保持することで,感染の回避は可能と思われる。
4. 湿度と気道の乾燥,エアロゾルの乾燥
前項で密室の湿度とウイルスの感染性について記載したが,以下の誤解は避けて頂きたい。気温5度と30度の湿度50%では,空気中の水分量はそれぞれ,3.4mg/Lと15.2mg/Lである。一方,肺胞は,37度の湿度100%で43.9mg/Lあるので,1回の呼吸量(500 mL)では,外気を吸って肺胞に至るまでに,冬は鼻腔・気道の水分を約20mg奪い,夏は約14mgを奪う。つまり,冬は夏に比べ,1回あたり6mgの水分を余分に奪うため,冬は気道が乾燥しやすい。したがって,マスクの使用は吸気の湿度を保ち,気道粘膜の乾燥を防ぎ,繊毛運動の保持には有用であると思われる。
このように,部屋の加湿は気道には優しいが,呼気や咳・くしゃみにより生じたエアロゾル中のウイルスの乾燥を妨げ,感染性を保持しやすいことになるため,湿度を上げすぎないことに留意するべきであると思う。
5. COVID-19の感染様式
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染様式は,従来のヒト呼吸器コロナウイルスの感染様式(物を介する感染)とインフルエンザ的感染様式(飛沫感染)が考えられる(図1)。
ヒト呼吸器コロナウイルスの潜伏期間は3日で,鼻汁の多い,ティッシュの山ができるような鼻かぜを生じる。この感染様式は,くしゃみで感染するというより,ティッシュで鼻をかむ際に鼻を触った手がウイルスで汚染され,その手でドアノブなどの物を触り,そこに付着したウイルスが物を介して別の人の手にうつり,その手を顔面にもっていくことで感染(fomite transmission)が成立する。物の上でどれぐらい感染性が保持されるかについては,従来3時間程度と言われてきたが,中国SARS対策委員会では,プラスティックなどの表面で3日程度,痰や糞便では5日,尿中で10日としている。確かに,江戸時代にインドネシアから種痘を持ち込む際に,水溶液等種々を試したところ,瘡蓋のみが感染性を保持して持ち込むことができた。このように,鼻汁や気道粘膜からの分泌物など粘性のある生体成分に包まれた状態では,表面が乾燥しても内部のウイルスの乾燥は限られ,感染性は安定しているようである。
SARSが香港のホテルで集団発生した事例では,感染者が宿泊した部屋で使用した雑巾で,同じ階の各部屋を掃除したとされる。その階では,掃除された部屋内に付着していたウイルスで物を介した感染(fomite transmission)が起こり,感染が各国の宿泊者に拡大したとされる。このようにSARSコロナウイルスでは,間質性肺炎から気道に出たウイルスが咳などにより放出されただけでなく,感染者から出た咳や痰,下痢便など,ウイルス量が多い排泄物が付着した物が,見かけ上乾燥していても感染源となった。COVID-19も,物を介する感染を防ぐためには,「顔に手をもっていかない(特に鏡の前で無意識に顔面や毛髪を触ることに注意)」「手の消毒や手洗い」が重要と思われる。
インフルエンザと同様の飛沫感染については,先に述べたように,咳やくしゃみの飛沫だけでなく,呼気の87%を占める1μm以下のエアロゾルも感染性を有すると考えられる11)が,コロナウイルスは,細胞中で産生されるウイルス量がインフルエンザウイルスの約100分の1であることから,インフルエンザほど感染能力は強くないと推定される。
6. ヒトへの実験的ウイルス感染よりわかること
ヒトに対するウイルス感染の実験により,「感染後いつ発症するか?」「いつまでウイルス排泄が続くか?」「再感染はいつごろか?」が推測できる。インフルエンザは,早ければ18時間で発症し,約2日でウイルス量は最高に達し,発熱,頭痛,筋肉痛は,上気道症状より早く回復する。抗体保有状況により34.9%が発症する13)。ウイルス排出は約1週間続き,人によっては20日観察されている14)。感染性ウイルスは主要症状消退後にも認められる。鼻かぜ(コロナウイルスとライノウイルス)は,感染3日後に発症し,ライノウイルスは3週間,コロナウイルス感染動物では約1カ月程度ウイルスが検出される。
PCR法は分離による感染性ウイルスの検出より,約100~1000倍感度が良いので,主要症状消退後のウイルスの検出は,感染性と相関しない。そして,PCR法では,回復期には陽性陰性を繰り返し,徐々にウイルスは消えていく。
再感染の時期については,粘膜感染のウイルスは,粘膜の免疫が一度産生されたIgA抗体の消失まで約6カ月続く。そのため,3カ月までは再感染せず,6カ月ぐらいでは再感染するが発症せず,1年経つと以前と同様に感染し発症するとされる。
潜伏期間の長い麻疹,水痘,風疹などは,子どもの感染で親の抗体価は上昇するが,発症しない。すなわち,粘膜感染し免疫が誘導され,発症に至る前に免疫で抑え込むためである。一方,潜伏期間の短い粘膜感染のコロナウイルス,ライノウイルス,RSウイルスなどは,粘膜免疫の誘導前に発症してしまうので,IgA抗体が消えると再感染し,発症することになる。
最近,COVID-19回復後に陰性化したが,1カ月程度の間に,ウイルスがPCR法で検出された例が報道されている。これは,コロナウイルス感染では不思議な現象ではない。ウイルスの完全消失までの経過で多くみられ,再感染は合理的に考えにくい。
さらに,COVID-19は,物を介して上気道で感染する場合と,エアロゾルで下気道・肺胞で感染する場合が考えられるが,鼻咽腔での検出が悪く,喀痰で検出できる場合には,下気道でウイルスが感染したと推測できる。
7. COVID-19の臨床的特徴と治療
COVID-19の臨床的特徴は,インフルエンザのような感冒症状に加えて,致死性の間質性肺炎・肺障害を発症する点にある15)。中国CDCは2月11日までに収集した7万2314患者例の中で,確定患者4万4672例(61.8%)について報告した(表1)16)。確定例は80%が軽症で,インフルエンザがイメージされる。残りは肺炎を合併し,14%が重症,5%が危機的で呼吸管理を必要とする患者で,死亡率は全体の2.3%と報告され,図2のような年齢的な特徴がある16)。特に,SARSと同様に,50歳を超えると発症率・死亡率が上昇し,表1のような基礎疾患があると重症になる。入院患者の症状を表2に示す。肺障害の病理像は,SARSやMERSの肺炎に類似しているようである17)。間質性肺炎の合併は,発症平均8日後に息苦しさとして報告されている15)。
また,PCR法による1099人の確定患者を米国胸部学会の市中肺炎のガイドラインに準じて重症,非重症に定義した論文によると,前者は173人,後者は926人で,死亡は15人(1.4%)だった18)。どちらも9割程度が依然入院中とデータは未熟だが,死亡率は重症群で8.1%,非重症群で0.1%となっており,COVID-19においても致死性の判断基準となりそうだ。このガイドラインでは予後不良の因子として,熱は36度未満,呼吸数30回/分以上,血球数では白血球数4000/mL,血小板数10万/mLを下回ることを挙げている19)20)。実際,この論文中でも重症と非重症の間では,息切れ(shortness of breath)が37.6% vs 15.1%,白血球減少が61.1% vs 28.1%,血小板減少(ここでは15万/mL以下)が57.7% vs 31.6%と差が目立つ。一方,重症群で来院時の体温がより高い,ということはなさそうである。
COVID-19の治療において重要であると考えていることは,感染者の3~4%に生じる急性呼吸性窮迫症候群(ARDS)に至る前に,間質性肺炎の発症を早く見つけ,遅れることなく,抗ウイルス薬治療を開始することである。間質性肺炎症状である「dyspnea,息苦しさ」は発症平均8日〔四分位範囲(中央の50%):5~13日〕後に検出されている。したがって,3日の発熱は他の感染症でもみられるので,4日以上の発熱が続けばこの感染症が疑われる(人によって平熱の値が異なるため,ここでは発熱の具体的な基準を示さない)。そして,5~6日に労作性呼吸困難を指標にして肺炎合併の有無をCTで検討し,治療を開始する。この間にPCR法で確認することが望ましいが,肺炎の臨床診断で治療を開始し,翌日のPCR法による診断の確認も選択肢の1つであると思う。
なお,ICU入室を要する患者はIL-2,IL-7,IL-10,GCSF,IP10,MCP1,MIP1A,TNFαの高値を認め,肺炎にサイトカインの関与を示していた15)。
8. COVID-19の肺炎の早期発見
COVID-19に感染した場合に備えて,肺炎を早期に発見するためには,毎日検温をして平熱を把握し,発熱のチェックをする。4日以上持続する発熱は鑑別できる発熱性疾患が限られ,COVID-19のサインと思われる。発熱後8日で呼吸困難が出る。
発熱後5~6日ごろの病初期では,階段上りや運動など酸素必要量が多い時のみ,息切れを感じる。この労作性呼吸困難(息切れや呼吸回数の増加)により,肺障害を早期に推測し,治療に結び付けることが重症化を防ぐために重要であると思う。その際に,画像診断とPCR法で確定できる。
COVID-19の肺炎のCT所見の検討によると,発症後すぐにはすりガラス陰影を呈し,3週間までに徐々に浸潤影を呈するものが多くなるとされており,肺線維化が進行していくことを示唆している21)22)。また経過で線維化をきたすグループは予後不良であった21)。SARSを振り返ると発症4週間後,55〜62%に線維化を残していた23)。非可逆的な変化の可能性があり,拡散能・肺活量低下による肺機能低下も危惧される。COVID-19でも若年者の肺炎は死亡率が低く軽症であると早計せず,後遺症の予防において早期治療が重要である可能性がある。
9. おわりに
本稿では,COVID-19は鼻咽腔でウイルスが確認されることを踏まえ,ヒト呼吸器コロナウイルスとインフルエンザの感染様式から,COVID-19の感染様式を推測してみた。ダイヤモンド・プリンセス号では1名の感染者から約700名が感染していることから,上気道の呼気や咳・くしゃみによって感染した場合に,どの程度の距離の接近であったのか?あるいは,物を介する感染(fomite transmission)はどのような状況であったのか?等の詳細な情報24)があると,今回のような原則的な感染様式の解説ではなく,具体的な予防策が明らかにできるように思われる。今後さらに,多くの情報が集積されてくると思われるが,現時点(3月上旬)の情報に基づいて,COVID-19の全体像が明らかになりつつある状況の解説を試みた。参考になれば幸いである。なお,日本感染症学会ではホームページに「新型コロナウイルス感染症」のコーナーがあるので参照されたい。
次回は,一部のCOVID-19患者に投与されている抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)について解説する(No.5005掲載予定)。
【文献】
1) Tang X, et al:National Science Review. 2020 Mar 3.
2) Kindler E, et al:PLoS Pathog. 2017;13(2):e1006195.
3) Xie X,et al:Indoor Air. 2007;17(3):211-25.
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5) Daikoku T,et al:Aerosol and Air Quality Research. 2015;15(4):1469-84.
6) Yu IT, et al:N Engl J Med. 2004;350(17):1731-9.
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8) Couch RB, et al:J Infect Dis. 1971;124(5):473-80.
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10) Couch RB, et al:Annu Rev Microbiol. 1983;37:529-49.
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12) Moser MR, et al:Am J Epidemiol. 1979;110(1):1-6.
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14) Memoli MJ, et al:Clin Infect Dis. 2014;58(2):214-24.
15) Huang C, et al:Lancet. 2020;395(10223):497-506.
16) The Novel Coronavirus Pneumonia Emergency Response Epidemiology Team:China CDC Weekly. 2020;2(8):113-22.
17) Xu Z, et al:Lancet Respir Med. 2020 Feb 18.
18) Guan WJ, et al:N Engl J Med. 2020 Feb 28.
19) Metlay JP, et al:Am J Respir Crit Care Med. 2019;200(7):e45-e67.
20) Mandell LA, et al:Clin Infect Dis. 2007;44 Suppl 2:S27-72.
21) Shi H, et al:Lancet Infect Dis. 2020 Feb 24.
22) Pan F, et al:Radiology. 2020 Feb 13.
23) Ooi GC, et al:Respirology. 2003;8 Suppl:S15-9.
24) 現場からの概況:ダイアモンドプリンセス号におけるCOVID-19症例【更新】(2020年2月26日掲載)国立感染症研究所
[https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9422-covid-dp-2.html.]