まぼろしの鳥・ウトウ (青森県)
「ウトウ」という鳥がいます。両ほうのつばさの長さが十八センチほど、ウミスズメ科の中くらいの大きさの海鳥で、体の色は灰色です。
この海鳥は、北海道や本州北部の沿岸にすみ、朝早く巣をでて、一日じゅう海のうえですごします。そして、するどいくちばしで小魚やイカをつきさしてたべ、夕方、むれをなして、陸地にもどってきます。母鳥は四、五月ごろに、たった一つのたまごしかうみません。
こうした生活ぶりなので、ウトウはあまり人目にふれることがありません。そのためにむかしから、「まぼろしの鳥」といわれて、いろいろな伝説をうんできました。
青森県の外ケ浜(そとがはま)地方には、つぎのような伝説があります。
ウトウは、一日じゅう海へでているので、母鳥は、陸にのこしてきたひな鳥のことが心配でなりません。そこで母鳥は海へむかうとき、たった一羽のかわいいひな鳥を砂のなかへうめて、かくしていくのです。
そして、夕方えさをもって海からもどってくると、「ウトウ」「ウトウ」とないてわが子をよびながら、さがしまわります。ウトウはあまりなかない鳥ですが、「ウトウ」となくのは、親鳥のなき声でもあり、また、ひな鳥への「暗号」でもあるわけです。
母鳥が「ウトウ」「ウトウ」とはげしくなきながら、わが子をさがしていると、そのひな鳥は「ヤスカタ」とこたえて、砂のなかから、うれしそうにとびだしてくるといいます。母鳥のなき声といい、ひな鳥のなき声といい、まったくめずらしいなきかたをする鳥です。
砂のうえを、わが子をよびながらさがしまわる母鳥の声は、とてもかなしく、ひと声なくたびに、血のなみだがあたりにとびちるといわれます。
子をおもう なみだの雨の血にふれば はかなきものは うとうやすかた
と、古い歌にうたわれてもいます。
ウトウをつかまえるには、母鳥のなき声をまねて、まず砂のなかにかくれているひな鳥をだまして、おびきだすのがこつだといいます。けれども、あたりにとびちる、母鳥の血のなみだが体にふりかかると、気がおかしくなって死んでしまうので、ウトウをとるときは、みのと笠を用意しなければいけないといいます。
こうした、世にもめずらしい鳥で、どこにいるかもよくわからないのですから、津軽のとのさまも、一度はみたいものだとおもっていました。
寛文六年(一六六六年)二月二十三日、六人の漁師たちが、海でやっと、このウトウを四羽つかまえました。しかけたあみにかかったのです。そこでさっそく、とのさまにごらんにいれたところ、とのさまはおおいによろこんで、六人の漁師にほうびとして、お米十二俵と銀をつかわしました。
ウトウがどんなにめずらしく、また生けどることがむずかしいか、このことからもわかるというものです。
【日づけのあるお話三六五日 二月のむかし話 谷 真介 編・著 金の星社】