銀座のお店にはさ元華族の奥様だったゆり子さんがいたよ。
おっとりしててねホステス流の接客なんかしなかった。ボトルをいれましょ的なことさ。
だけどいつも売上はいいんだよ。
華族だなんて言わないんだけどさ、闇屋の親父が客になるんだよ。
うちの店に来るほどになってんだからやり手の野心家闇屋だね。
みんな金は持ってる。
その親父たちが何にも言わないのにボトルを入れて勝手に金を使うのさ。
しかもだよ、親父たちはゆり子さんを口説かないんだ。
高貴なものに闇屋の親父たちは惹かれてたんだね。
ゆり子さんは着物だって上等じゃなかったよ。全部、空襲で焼けちゃったからね。
夫は有り金、事業をしましょうと出資させられて結核で死んじまった。
娘が一人いたよ。
そんなゆり子さんにうんと年下の黒服が惚れたんだ。
あの男は黒服のなかでも浮いてたね。
せっせと金をためてワインの勉強なんかしちゃってさ。
客には好かれたけどね。
誰もみんなゆり子さんはあの黒服に騙されてるんだと言ってたよ。
騙してないまでも便利に利用されてると思ってた。
不釣り合いもいいとこだったからね。
しかもさ、ゆり子さんをおいてフランスに行っちまった。
やっぱりねとみんな言ったよ。
なのにゆり子さんは微笑んでるだけ。
数年経ってさ、私らにも真実が見えたけどね。
しばらくしてゆり子さんは店を辞めて築地に立ち飲みの珈琲店を出したのさ。
築地の客はみんな忙しい。
店は集中的に混雑するけどね。
狭い店でも充分さ。
私も買えば良かったよ。
その店の資金はあの黒服が出したんだよ。
待ってて欲しいって。俺は親も兄弟もいない、日本で待ってる人が欲しいんだってね。
おっとり優しいゆり子さんはあの黒服の聖母だったんだろうね。
築地の珈琲店の資金を出したと知ってみんな唖然としたよ。
ドケチだったもの。
ゆり子さんに本気だったんだと信じたよ。
けどさ、ゆり子さんは天に帰っちゃったんだよね。
店で倒れてそれっきり。
私もね、それから後の事は知らないんだよ。
なんかさ、運ってあるような気がしちゃうね。
仕事運があるぶん、家庭運がないっていうかさ。
ただどうやってのせるのかわからなくて先程から格闘しております。