オミクロン系統BA・2 4月に置き換わり 第6波より高いか
新型コロナウイルス対策で適用されていた蔓延(まんえん)防止等重点措置が今月21日で解除されたが、既に次の第7波への警戒が強まりつつある。現在の主流株に比べ感染力が高いオミクロン株の系統株「BA・2」への置き換わりが進み、4月中に国内での検出割合がほぼ100%に達するとみられるためだ。ウイルス特性の解明が進むが、ワクチンや治療薬の効果はあるのか。影響を探った。(有年由貴子)
国内で流行するオミクロン株は、当初は系統株「BA・1」と、その表面のスパイクタンパク質に1カ所変異が入った「BA・1・1」があったが、感染が広がるにつれてBA・1・1が主流になった。 オミクロン株の解析を行っている東京大の佐藤佳(けい)准教授(ウイルス学)によると、BA・1・1はBA・1よりやや感染力が高いが、特性はほぼ同じと考えられている。一方、BA・2はスパイクの塩基配列がBA・1と大きく異なっており、より感染性を高めているとみられる。すでにデンマークや英国では主流株がBA・2にほぼ置き換わり、フィリピンなどの東南アジア地域でも顕著な増加傾向にある。 佐藤准教授は「BA・2はBA・1・1よりもさらに感染力が高い。BA・2の割合が増えている他国で感染の再拡大が起きているように、置き換わりが進む中で人流が活発になると、日本でも感染が拡大するだろう」と指摘する。蔓延防止等重点措置の解除で街に人波が戻り、BA・2の感染拡大が第6波より高い波を引き起こす可能性も懸念されている。 23日に行われた厚生労働省の専門家組織の会合で示された資料によると、BA・2はBA・1・1を含むBA・1と比べ、感染後に他の人にうつるまでの日数を示す世代時間が15%短く、感染者1人が何人に感染を広げるかを示す実効再生産数が26%高い。また、国立感染症研究所の予測では、検出割合は4月第1週時点で72%、5月第1週時点で97%に達する。 座長の脇田隆字(たかじ)感染研所長はBA・2への置き換わりに関し、「感染拡大の圧力になるだろう。今後、感染者数が再度増加に転じる可能性がある」と語った。 病原性をめぐり、英国保健当局はBA・2感染後の入院リスクが「BA・1より高まっているとはいえない」と報告している。ただ、東大などの研究チームの動物実験の結果によると、肺組織に早く広がりやすく、BA・1への感染による免疫がBA・2には効きづらい可能性もあるという。海外ではBA・1感染者のBA・2への再感染も報告されている。 一方、ワクチン効果に関しては、英国のデータによると、発症予防効果は、2回接種から25週以降でBA・1は10%、BA・2は18%。3回目接種だと、2~4週後でBA・1が69%、BA・2は74%に高まり、10週以降はBA・1が49%、BA・2は46%に減少するなど同様の傾向を示している。 国内で承認されている治療薬については、東大や感染研などの研究グループが、中和抗体薬の効果が従来株よりも低い懸念があるものの、細胞実験で一定の効果を確認。レムデシビルやモルヌピラビルなどの抗ウイルス薬は高い効果を維持していると発表した。
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シカからヒトに新型コロナが感染、初の報告、シカで変異が蓄積しヒトに直接感染か
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がカナダのオジロジカ(Odocoileus virginianus)からヒトに感染した可能性が高いことが、新たな研究によって明らかになった。北米に広く生息するオジロジカから新型コロナウイルスがスピルオーバー(異種間伝播)した例としては初の報告となる。
新型コロナウイルスが米国のオジロジカの間で広がっていることは先行研究によってわかっていた。しかし、オジロジカが保有するウイルスは近くに居住している人がもっていたウイルスと非常によく似ていたため、単にヒトからシカに感染したと考えられていた。
査読前の論文を投稿するサイト「bioRxiv」に2月25日付けで公開された論文の中で、カナダの政府および学術機関の研究者32人からなるチームは、2021年後半にカナダで17頭のオジロジカが「これまで新型コロナウイルスの系統で観察されたことのない変異」を数多くもつ株に感染したと結論付けた。
さらに、オンタリオ州でオジロジカと密接に接触していた人が、同じ変異株に感染していたことも判明した。
これらのことから、ウイルスはシカの間で広まりながら変異を蓄積し、最終的にヒトに感染したことが示唆されている。いったんミンクなどの他の動物を介して感染した可能性もあるが、ゲノム解析の結果を考慮すると、シカからヒトへの直接感染が「最も可能性の高いシナリオ」だと著者らは書いている。
今回の研究は予備的なものであり、まだ査読も受けていないが、専門家によれば不安になる内容ではないという。
新型コロナがシカから感染する可能性はヒト同士で感染する可能性よりもはるかに低いと、米カンザス州立大学新興・人獣共通感染症センターの所長で獣医師のユルゲン・リヒト氏は言う。なお、氏は今回の研究には参加していない。
全体像は複雑かもしれない
この研究では、2021年11月から12月にかけて、オンタリオ州南西部と東部で約300頭のオジロジカの死体から鼻腔ぬぐい液と組織のサンプルが採取された。いずれもハンターが殺したもので、「シカ慢性消耗病(CWD)」の年次サーベイランス(監視)プログラムの一環だった。2頭分のサンプルは使えなかったものの、298頭中17頭(6%)が「大きく異なる新しい系統」の新型コロナウイルスに感染していたことが判明した。
また、この変異株がデルタ株やオミクロン株よりも前から存在していたこともわかった。新型コロナウイルスがシカの間でかなり前から広がっていたことが示唆される。
著者らが、シカで見つかった変異株が既存の新型コロナウイルスワクチンを回避する可能性があるかどうかを分析したところ、ワクチンの予防効果に大きな影響はないと結論付けている。
これは良い知らせだと、リヒト氏は安堵する。氏は、オンタリオ州におけるヒトでの感染例が、シカからヒトへの感染によるものである可能性が高いことに同意している。
一方でリヒト氏は、ヒトや動物においてまだ発見されていない変異株が存在する可能性が高く、全体像は我々が思っている以上に複雑かもしれないと指摘する。「科学者としては、100%確実でない場合は必ず、他に何が起こっている可能性があるのかを議論しなければなりません」
他にもオンタリオ州のシカが保有していたウイルスがヒトに感染した例や、シカからヒトにスピルオーバーした例があったかどうかは、依然として不明だとカナダの研究チームは強調している。
「オミクロン株の出現とシカ狩猟シーズンの終了により、これらのサンプルが採取されて以降、この地域でのヒトとオジロジカの検査およびゲノムサーベイランスは減っている」と論文には記されている。
動物の間で広がり、変異する新型コロナ
パンデミック(世界的大流行)の間に、飼育されているミンクからヒトに新型コロナウイルスが感染し発症に至った事例や、香港のペットショップの従業員がハムスターから新型コロナウイルスに感染した事例が報告されている。後者の例では、店内のハムスターが殺処分されたほか、香港政府が最近ハムスターを購入した飼い主に対し、ハムスターを安楽死させるため引き渡すよう要請した。
飼育下の動物での散発的なこうした感染例とは異なり、オジロジカとヒトとの間の感染を検出し制御することははるかに困難だと著者らは指摘している。
オジロジカがどのようにして新型コロナウイルスに感染したのかも、まだ解明されていない。ナショナル ジオグラフィックが2021年8月に報じたように、シカは研究、保護活動、観光、狩猟を通して人と接触している可能性がある。
当時、米農務省の研究者は、汚染された排水を介して、あるいはミンクなど他の感染種に触れることでシカがウイルスに接触した可能性があると推論していた。
米農務省は、この記事に対するコメントの要請には応じなかった。
米農務省の研究者らは、2021年1〜3月に米ミシガン州、イリノイ州、ニューヨーク州、ペンシルベニア州で検査したオジロジカの4割から、新型コロナウイルスの抗体を初めて検出した。オジロジカがウイルスに感染したことは示唆されたものの、どの個体も症状を呈していないようだった。
アイオワ州などでも、その後の調査でオジロジカから新型コロナウイルスが検出された。リヒト氏は、米国内のオジロジカで新型コロナウイルスの感染が「かなり拡大している」と考えるのが妥当だと述べている。
動物のモニタリングの強化が「非常に重要」
カナダの研究チームは、ヒトおよびオジロジカを中心とした動物のモニタリングを強化することが「非常に重要」だと論じている。
現時点では、オンタリオ州のオジロジカと1人のヒトから見つかったウイルスが、「シカからヒトへ何度も感染している証拠や、ヒトからヒトへ持続的に感染が広がっている証拠はない」と論文には書かれている。
しかし、新型コロナウイルスの持続的な感染拡大や、種の壁を越えた感染を引き起こしうる保有宿主の特定は不可欠だと著者らは主張する。
「これは画期的な研究になると思います」と、米カリフォルニア州ポモナにあるウェスタン健康科学大学の獣医病理学者トレーシー・マクナマラ氏は言う。「これがバイオサーベイランスの未来です。動物界を横断的に見なければなりません。今回の研究チームが行ったように、人間だけでも動物だけでもなく、両方をモニタリングするのです。非常に注目すべき研究だと思います」
文=DINA FINE MARON/訳=桜木敬子
写真の説明:オジロジカは新型コロナウイルスの保有宿主になっている。研究者たちは、カナダのオジロジカからヒトへの感染が起こった可能性があると考えている。(PHOTOGRAPH BY JIM BRANDENBURG, MINDEN PICTURES)