1995年8月のある土曜日。
当時、私は小学生から高校生を対象にした学習塾の鹿島教室長だった。勤務時間は午後1:00から9:00となっていたが、どの教室でも2~3時間のサービス残業はやっていた。
この日は本部がある石岡教室で私は新規顧客創出の為の(物理的な)ダイレクトメール準備に手間取って石岡の事業所をとして夜10時過ぎに退勤し、なるべく国道を使わない、所謂「裏道」とやらを駆使して帰路を急いでいた。
小川町から鉾田を抜け,国道51号に出て自宅のある鹿島まであと少しというところで、シルバーのGX71マークⅡセダンのカーテレビからは毎週楽しみにしていたカーグラフィックTVのテーマソングが流れてきてしまった。その頃はリアガラスの両端に両面テープで装着したダイバーシティ・アンテナを、トンボの羽のように広げて視聴するのが主流だったのだが、其れは思いの他走行中の自動車でもテレビの電波を上手にキャッチするものだった。
松任谷正隆さんが作曲した馴染みの曲が鳴り始めてすぐに、私は仕方なく愛車を道路脇に駐車してテレビを見ることにした。
その日話題になった車が何かはもう忘れてしまったが、しばらく其処に停車したまま見入っていたのだから、きっと興味のある車種だったに違いない。松任谷さんが何かコメントすると田辺憲一がマイルドに全面否定するのがたまらなくて、子供の頃から「熱中時代」「金八先生」「西部警察」「機動戦士ガンダム」と洋画しか興味のなかった私が欠かさず視聴している番組だった。余談だが、ガンダムと言えば、主人公アムロ役で人気を博した古屋徹さんがその番組のナレーションを務めていた。
丁度古屋さんが車の解説を始めたところで、後方から耳障りな爆音を立てながら2人乗りの400CCくらいのオートバイがゆっくりと近付いてきた。バイクはそのまま通り過ぎて行くと、50mくらい先で方向転換して深夜の車通りが少ないことをいいことに逆走しながら此方へ戻ってきた。最初はバイクの騒音に舌打ちをしながらも番組に夢中になっていたから気にも留めなかったが、そのバイクのライトがサイドミラーに反射して、どうやら再度こちらに向かってくる様子に気味悪さを覚えて身構えた私は、変な胸騒ぎがしてテレビどころではなくなってしまった。
シティズンの7インチ程の小さなポータブルテレビは点けっ放しにして、シフトレバーをDレンジに入れブレーキを踏んだままバイクをやり過ごしてから普段より丁寧な操作で車線に戻ってゆっくりと車を加速させて行くと、やはりそのバイクは50m程先でUターンして、私の真っ正面目掛けて突っ込んできた。私が車のアクセルを緩めながらも左右どちらに避けるべきか決めかねてパニックを起こし、ブレーキを踏む事すら忘れてノロノロと車を進めていると、の所で相手が正しい車線に戻ってくれた。そのまま逃げ切れるかと思いきや、今度はルームミラーでチラチラと反射していたバイクのライトが、遠吠えのような乾いたエギゾーストノートが近付くに連れてあっと言う間に真後ろに迫った。
当時、私は小学生から高校生を対象にした学習塾の鹿島教室長だった。勤務時間は午後1:00から9:00となっていたが、どの教室でも2~3時間のサービス残業はやっていた。
この日は本部がある石岡教室で私は新規顧客創出の為の(物理的な)ダイレクトメール準備に手間取って石岡の事業所をとして夜10時過ぎに退勤し、なるべく国道を使わない、所謂「裏道」とやらを駆使して帰路を急いでいた。
小川町から鉾田を抜け,国道51号に出て自宅のある鹿島まであと少しというところで、シルバーのGX71マークⅡセダンのカーテレビからは毎週楽しみにしていたカーグラフィックTVのテーマソングが流れてきてしまった。その頃はリアガラスの両端に両面テープで装着したダイバーシティ・アンテナを、トンボの羽のように広げて視聴するのが主流だったのだが、其れは思いの他走行中の自動車でもテレビの電波を上手にキャッチするものだった。
松任谷正隆さんが作曲した馴染みの曲が鳴り始めてすぐに、私は仕方なく愛車を道路脇に駐車してテレビを見ることにした。
その日話題になった車が何かはもう忘れてしまったが、しばらく其処に停車したまま見入っていたのだから、きっと興味のある車種だったに違いない。松任谷さんが何かコメントすると田辺憲一がマイルドに全面否定するのがたまらなくて、子供の頃から「熱中時代」「金八先生」「西部警察」「機動戦士ガンダム」と洋画しか興味のなかった私が欠かさず視聴している番組だった。余談だが、ガンダムと言えば、主人公アムロ役で人気を博した古屋徹さんがその番組のナレーションを務めていた。
丁度古屋さんが車の解説を始めたところで、後方から耳障りな爆音を立てながら2人乗りの400CCくらいのオートバイがゆっくりと近付いてきた。バイクはそのまま通り過ぎて行くと、50mくらい先で方向転換して深夜の車通りが少ないことをいいことに逆走しながら此方へ戻ってきた。最初はバイクの騒音に舌打ちをしながらも番組に夢中になっていたから気にも留めなかったが、そのバイクのライトがサイドミラーに反射して、どうやら再度こちらに向かってくる様子に気味悪さを覚えて身構えた私は、変な胸騒ぎがしてテレビどころではなくなってしまった。
シティズンの7インチ程の小さなポータブルテレビは点けっ放しにして、シフトレバーをDレンジに入れブレーキを踏んだままバイクをやり過ごしてから普段より丁寧な操作で車線に戻ってゆっくりと車を加速させて行くと、やはりそのバイクは50m程先でUターンして、私の真っ正面目掛けて突っ込んできた。私が車のアクセルを緩めながらも左右どちらに避けるべきか決めかねてパニックを起こし、ブレーキを踏む事すら忘れてノロノロと車を進めていると、の所で相手が正しい車線に戻ってくれた。そのまま逃げ切れるかと思いきや、今度はルームミラーでチラチラと反射していたバイクのライトが、遠吠えのような乾いたエギゾーストノートが近付くに連れてあっと言う間に真後ろに迫った。
「“Mad Max”かよ!?」
自動車でのトラブルには余り縁がなかったから、ある種の恐怖感を抱きながらも「話せばわかるはずだ」という無謀な願いに縋り付くように、追い抜きを掛けようとしているバイクの2人を宥めようと減速しながらサイドウィンドウを下げて話しかけようしたが、彼方は私が言うことなぞ聞く耳を持たぬという勢いで「車を止めろ」と怒鳴るばかり。その迫力に負けて、私は結局愛車を停車させて降車することにした。
2人は車の前に立ちはだかる様にして斜めにバイクを停め振り返ると、今度は「単車の後に付いて来い」と指示してきた。そして、素直に従う私の動きを遮る様に「ナンバー控えてんだからな」と大声で付け足した。
どうやら2人とも酒かシンナーか何かの影響でラリってる様子だったし,車を降りたときに襲ってくる様子もなかったから,少しだけ落ち着きを取り戻した私は、彼らの後を追いかけながら如何に其の窮地を乗り越えるべきか必死で考えを巡らせ始めた。
やがて国道から外れ、徐々に人気のない広い工業地帯の様な場所に差し掛かった時、私の脳裏に邪悪な計画がふと沸き起こった。
2人は車の前に立ちはだかる様にして斜めにバイクを停め振り返ると、今度は「単車の後に付いて来い」と指示してきた。そして、素直に従う私の動きを遮る様に「ナンバー控えてんだからな」と大声で付け足した。
どうやら2人とも酒かシンナーか何かの影響でラリってる様子だったし,車を降りたときに襲ってくる様子もなかったから,少しだけ落ち着きを取り戻した私は、彼らの後を追いかけながら如何に其の窮地を乗り越えるべきか必死で考えを巡らせ始めた。
やがて国道から外れ、徐々に人気のない広い工業地帯の様な場所に差し掛かった時、私の脳裏に邪悪な計画がふと沸き起こった。
「そうか、バイクに車を当てて、そのまま逃げればいいんだ。事情を話せば警察も分かってくれるはずだ」
しかし、その悪魔の囁きから数分間、優柔不断な私はハンドルをギュっと握り締めたまま計画を実行出来ずに、蛇行しながら時々此方を確認する2人の後をただ無心に追い続けた。いよいよ決心が固まって右足に緊張が走った瞬間、ヘッドライトが照らし出した情景に全身が一気に弛緩するのを覚えた。
しかし、その悪魔の囁きから数分間、優柔不断な私はハンドルをギュっと握り締めたまま計画を実行出来ずに、蛇行しながら時々此方を確認する2人の後をただ無心に追い続けた。いよいよ決心が固まって右足に緊張が走った瞬間、ヘッドライトが照らし出した情景に全身が一気に弛緩するのを覚えた。