クリント・イーストウッドの「運び屋」を観た。
日本で言うところの、団塊の世代の父親を熱演した作品だった。
自分の親世代が正に団塊の世代。
家では自分が一番、大人になった子供をまだ支配下に置こうとし、老いては子に従えが出来ず、常に自分が正しい。
その態度が自分から家族、特に子供を自分から遠ざけているのに全く気がつかず、言うことを聞かない子供が悪い、寄り付かない子供が悪いと自分の非がわからない。
劇中のクリント・イーストウッドは、自分の非を認め、謝罪したことにより家族との絆が遅まきながらも復活した。
非を認めない、自分を悔い改めない団塊の世代の父親は家族から見向きもされず死んで逝くだろう。
まあ、それはそれで本人達の自業自得だから別にいーが。
これ以上、家族、特に子供に迷惑を掛けずに死んでいってもらいたいものだ。
願わくば、劇中のクリント・イーストウッドの様に、自分の非を認めるか、百歩譲って、老いては子に従えが出来る様になって、
「どうしようもなかったけれど、最期の最期に家族のためをしてくれたね。」
と感謝されながら逝ってもらいたいと切に願う。
まあ、無理だけどね。