先日、知り合いから犬のことに対して聞かれた。私は特に詳しいというわけではないけれど、以前は2匹合わせると延べ30年くらいは飼っていただろうか。
そんなわけで、飼っていけば次第にその可愛さが犬の年齢によって変わってくるなどという意味の話をした。猫とはちょっと違うかなとも。
犬は幼いうちはかまってあげると最高に喜ぶ。まさに幼い感じがして、目一杯に全身で喜ぶ。遊んであげたりすると、ジャレたりしてなおさらのこと。人間の幼い頃と同じだと思う。
それからだんだんさまざまな物事を覚えていく。まだ自分は家族の一員だという自覚は薄いが、次第にそういうことも意識してくるようになってくる。そしていずれは、家族に尽くすような心がけがみえてくる。
それを過ぎると、飼い主をかなり大事にし、忠実になってくる。もちろんその頃にはジャレたりしないし、遊ばなくなる。そして散歩もあまり乗り気がなくなってくる。いよいよ老犬の寂しさが増してくる。
そんなことを思いながらふと昔飼っていたわが家の犬のことを思い出した。生まれてすぐわが家に買われてきたそのメス犬は、その日がちょうどクリスマスの日だったので、女の子ということもあり「メリー」と名付けた。まさに買った当日のことだったと思う。
うす茶のポメラニアン。ジャレてジャレて、可愛さま丸出しの連続であったけれど、反面きびしくも仕付けた。そのためかきちっと言われたことを守り、コミュニケーションを十分にとるため、たくさんの言葉を覚えさせた。犬のもつ賢さを利用して、私との意思の疎通をはかるためにである。
ひらがなで表記するとほぼ2音か3音の言葉を選び、覚えるまで何度も繰り返して覚えさせた。その後の私とのコミュニケーションが容易になったのは言うまでもない。
全部で30語以上、40近いくらいの数を覚えただろうか。その言葉を思い浮かべるたび、走る、遊ぶ、吠える、散歩する、ご飯、留守番などさまざまなシーンが今でもよみがえってくる。
「マテ」「ヨシ」「オイデ」「シズカニ」「フセ」「イケ」・・・。
メリーは15年の生涯に、私たち家族に数々の思い出を残してくれた。
「つれづれ(180)愛犬を思い出して」