2019年は台風15号があまりに酷く、過去、年間を通して風が強い千葉県に長年住んでいた者としても、身がすくむ思いでした。
事実、その惨禍は凄まじく、今は千葉には住んではいないのですが、卒業した学校が避難所や給水所、長期間停電エリアとしてTVニュースで流れるのを見て、恐怖しました。
そんな傷跡も癒えぬうちに来た、今度の台風19号。15号よりも進路は西だったことから、現在の住まいもモロにダメージを受け、落ち着かない2日間と眠れない夜を過ごすことに。
それから2日後、なんとか耐えた河川の状況を確認してきました。
本来はグラウンドなどがあるエリア一帯は冠水。
ただし、ここは日頃から豪雨や台風になればこうなるので、平常運転と言えます。
それだけ治水対策が功を奏しているという証明でもあり。
これで案外、水が引くのは早いのです。毎度。
階段を見ると、当時の水位が解ります。
泥が残っているので、実際は矢印よりもすこし高かったと思います。
普段は地面が見えているところに生えている木に、ピンクのカゴが引っ掛かっています。水位がここまで来ていたのでしょう。後ろでは何かが流されていました。
なお、今回、急に八ッ場ダム(群馬県)が注目されていますが、古くからあそこの工事を見ている身としては複雑な心境です。
うちは家族(実家)総出で草津温泉が好きで、また、ぼくの知り合いにも草津出身のマウンテンバイクライダーがいて、よく行っています。
その時に、渋川伊香保インターチェンジから草津温泉にアプローチする道中に八ッ場ダム建設エリアがあり、地元民の複雑な胸中、国交省の肯定的展示施設、埋まる温泉街などをずっと見てきました。
時の政府にも頻繁に翻弄され、それに巻き込まれる住民の混乱も心痛かったです。
もちろん全国各地、山岳部エリアが広い日本はダムの数は多く、水底に沈んだ町、鉄道は数え切れないほどあります。
なにも八ッ場ダムに始まった訳ではなく、不自由を強いられた土地は数え切れない筈です。
ただ、今回の件で家族に八ッ場ダムの説明をした時に、「会ったことも話したこともない東京のひとのために自分らの生活が犠牲になる心境はどう?」、と訪ねたら、「さすがにそれは受け入れ難い」と返ってきました。
これに限らず、既に「国にこういった天候時の対応や治水を委ねるのはもう限界だ」、みたいな記事をヤフーニュースレベルですら見受けられますが、すくなくとも治水に関してはとんでもないと思います。
首都圏に関しては、「山の手」「下町」「隅田川、荒川、江戸川の役割」などというワードが散見されましたが、荒川はそもそも治水対策で作られた人工的な河です。
また、江戸川や、千葉に伸びる利根川が、昔からの自然との堂々巡りの戦い、治水の歴史があり、正直、そこに終わりがある筈ありません。
あんな大掛かり、かつ長期的な治水対策を自治体や個人規模で行うことは不可能で、それは、国家や時の政府に不満があるのはよく解りますが、ダムも含めた治水対策を国家に頼るのを止める時代だ、なんてのは荒唐無稽もいいところです。
多摩川の決壊は地元の一部不届き者による、堤防のないスキを突いての惨状ですし、その他の(関東に限っては)大型河川はよく耐えました。
また周知のことですが、降雨量についてはもはや過去のデータや傾向がまったく参考ならない時代に移っています。
当然、新たなステップの治水対策が早急に必要なことは言うまでもありませんし、誰も想定できない事態が発生し、「100%大丈夫」などという対策も無理です。
すこし話し逸れますが、避難所にまっさきに移動した輩から、しきりに職員に「飲食はどこだ」「毛布はどこだ」と詰め寄る事態が見られたようです。
まあ、年代は容易に想像できますが、避難所はホテルや旅館ではありません。
事前の個人の備えでは対応しきれなくなった時に駆け込むところであって、何の対策も支度もせず、身一つで便利に行って楽する場所ではありません。
ここの部分、救急車をタクシー代わりに使う連中と同じ匂いしか感じられません。
正直なところ、こういうヤツラはさっさと流されてほしいです。迷惑だし、いらないので。
大きく横道に逸れましたが、地球環境の大きな変化、どんどんと後進国(低開発国)になり下がっていく日本(というか国民気質)、今までの常識がまったく通じない変遷、をあらためて、またより強調する2つの台風と思いました。
ここに大きな地震が重ならなくて、セーフでした。
やかん