ダブル介護の憂鬱

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ベストが無理ならベターで

2024-05-13 21:21:03 | 日記
今日は、母の心臓カテーテル検査。
大動脈瘤の手術の可否を判断するための検査です。
検査の備え、入院中。
とういうわけで、今日は介護休暇を取り、正午過ぎに母の病室へ。
カテーテル検査にはキーパーソンの付き添いが必要なので。

13時30分からオペの予定でしたが、前のオペが長引き、さらに緊急手術が入り、オペ室に入ったのは、結局13時30分を回った頃でした。

それにしても…
手術前の準備として体温を測ろうとしたのですが、何度もエラーに。
看護師さん曰く、痩せていて筋肉がついていないと、よくあることなのだとか。
熱を発するのは筋肉だから。
病院の患者衣の下に見える母の手足も胸も、骨がくっきり。明らか痩せすぎ。
体重は27キロ。
いくら身長が低い(143センチ)とは言え、少な過ぎ。

1時間コースのカテーテル手術は無事終了。
そもそも、母の血管の状態から、カテーテル手術は難しいかもと事前説明を受けていたので、「あ、できたんだ」というのが率直な感想。さらに「狭心症ではない」とも言われ、それは良かったと思いました。狭心症ならば、手術の許可が出ないかもという説明だったから。

けれど、、、
さらに続けて先生が言うには
高齢だし(85)、痩せているし、体力なさそう。
手術を受けて、血管の手術自体は成功したとしても、相当弱ってしまう可能性もある。寝たきりになってしまうかもしれない。

明日検討会議が開かれ、その結果により今後の治療方針を提案することになるとのこと。

思えばこの間の受診の時には、採血がどうしてもできなくて、脚の付け根の動脈から取ったっけ。
今回のカテーテル検査も、右側からの挿入は、血管が細すぎて不可能。左側からの一択。
そして明らかに痩せすぎ。骨が浮き出て、ガリガリ。
こんなヨロヨロのおばあさんにメスを入れていいのか? と私も思ってしまう。
手術に難色を示されるのはもっともかと思うのでした。
ただ、今回の手術とは別の、動脈瘤の手術をする心臓血管外科の先生は、手術に前向きかなという印象を持ちました。そもそも、この手術を提案してきたのは心臓血管外科の先生だから。

まあ、明日の検討会議次第かなあ。
「ベストは難しくても、ベターな処置を提示してください。」とお願いしました。
「わかりました。もちろんそうします。」とのお返事。
頼みます。

明日は久々に職場へ。
5日ある介護休暇のうち、すでに3日、使ってしまいました。




パルムを食べながら

2024-05-10 21:34:35 | 日記
疲れました・・・ 疲れたときには甘い物。
パルムを食べながら、書いています。
(ピノではありません。)

母、大動脈瘤の手術を受けることができるかどうかを判断するためのカテーテル検査のため、本日より入院。
夫が車を出してくれて、私と3人で病院へ。
全国からはもとより、海外からも手術を受けるために人が集まって来るという、心臓血管専門のとても有名な病院です。
2年前、大動脈解離でここに救急搬送され一命をとりとめたのは、本当に幸運なことでした。
おかげで術後の経過観察もしていただき、ラッキーなことだと思っています。(紹介状があっても、予約を取るのはなかなか大変だと聞いています。)
そして、2年後の経過観察で動脈瘤が大きくなっている(50㎜)ことがわかり、手術が検討されているというわけです・・・
たぶん、これもラッキーなことのでしょう。
気づかずにいたら、今度は救急搬送されても助からないかもしれません。
ただ、高齢ではあるし、大動脈解離という病歴もあり、果たして手術ができるのかどうか・・・ということが問題になっており・・・その可否の判断材料としてのカテーテル検査なのです。

こぎれいで明るい病室に案内され、ちょっとばかり嬉しそうにも見えた母でしたが、検査を担当される先生からの説明を聞いているうちに目に見えて元気をなくしていきました。
術前の説明って、万が一のことなどについて話がありますよね。
リスクの発生はゼロではありません。0.05%くらいの割合でカクカクシカジカのリスクが発生する可能性があります・・・
などと聞いているうちに、本当に怖くなったみたい。
危険だと思われたら検査は中止するということだから心配しないで。
と言ってはみたものの、すっかり弱気になってしまいました。まずいな・・・
「長生きしたいなんて欲張ってしまって、ごめんなさい」
などと言い出したので、
「欲張ってちょうだい」と言いました。
「お父さんより30分でも長く生きたいから手術するんでしょう?(確かにそう言っていた! お父さんを見送るのが私の務め・・・って)
お母さんの代わりは私はできないから、よろしくお願い」って。

気持ちが揺れ動くのはわかる。
本人以外の人は、何とでも言えると思う。わが身じゃないから。
でも、今は、弱気にならない方がいいと思う。
今回の検査で手術が大変という判断が下されたら、手術をしないで身体をいたわりながら生きていこう。
最初からあきらめるより、ここまではやっておくと、後悔がないのでは?
あ、これも、本人ではないから言えてしまうことかもしれない。

今回の手術に関しては、最初は私も家族も「手術を受けたら?」と勧めてしまっていたのだけれど、母本人が「手術は怖いからイヤ」と固辞したので、それでいいのではないかと一旦は落ち着いたという経緯があります。
「お母さんの身体だし、お母さんの人生だから、お母さんの決めることについて行く」と返事をしたんです。
父にも面会して意見を求めました。父は号泣し、声を振り絞りながら「〇〇〇(母の名前)が嫌だということをさせるのはかわいそうだから、手術はしなくていい。」と言いました。
なのですが・・・「手術はしません」と返事をしに行く前日に(!)、「やっぱりもう少し長生きしたい」と言い出したんです。
「孫の成長も、もう少し見てみたいし・・・」
ほうほう、そうなんだ。じゃあ、お母さんが決めたなら応援するよ。
仕方のないことではありますが、こんなことを言うのは全くひどいとも思いますが、かなり振り回されております。
手術しますと返事をしたあとも、「どうしたらいいのかしら?」と何度も聞いてきます。
「そうねえ・・・お母さんが決めて。決めるのはお母さんよ。」
「あなた、病院の先生みたいなこと言うわね!」(先生は、「手術を提案しているけれど、決めるのは患者さん」とおっしゃいました。)

私が「手術を受けて」と説得して、もし万が一のことがあったら後悔してもしきれません。母に決めてもらわなくちゃ。逃げているのかもしれませんが。ずるいかもしれないけど、決めてもらうのがいいと気がついちゃったんです。

「長生きしたいなんて、勝手に決めてごめんなさいね。あなたたちの意見も聞かずに宣言しちゃって。迷惑かけるのに。」
「勝手に」とか「迷惑」とかは思ってないけど、どんでん返しには確かにびっくりしました。振り回されてもいるね。でもそうやって揺れるのは必然で、揺れながら進んでいくものと感じています。
まっすぐ進めるほど、簡単ではないよね。

母と病院で別れて家に着いたちょうどその時、スマホの着信音がなりました。母から電話。
「勝手に決めてごめんなさいねと〇〇さん(夫の名前)に伝えて」
弱気になったままなのを、何とか励まし電話を切りました。

励ますって無責任ですね。
でも他に何ができるだろう?
自分の人生に向き合えるのは自分しかいないのだ。このことを覚えておこう。

パルムを食べながら、考えました・・・

冷凍庫のピノ

2024-05-09 21:49:43 | 日記
昨日より、実家に泊まっています。
昨日は、母の歯科受診に付き添いました。歯の治療を済ませておかないと、手術を受けることができないんです。
明日から、手術可否を問うカテーテル検査のための入院。
今日は一日予定なし。私が仕事に行っている間、夫が実家にいてくれました。午後から長女も。ありがたいことです。

仕事中、父から電話がありました。取れる状況だったので話をしましたが、聞き取りづらくて。
夕方、病院のソーシャルワーカーさんに電話。父の状況について伺いました。

父は、最近まで、我が身を嘆き絶望のどん底にいて、この病院を早く出たいと言っていましたが、、、
先日の連休あたりから少しずつ考えが変わったようなのです。

入院当初は、リハビリしてよくなって、元の生活に戻る。また、母を介護して二人で暮らすと言い切っていたらしい。早く帰って、母を呼び寄せると。
けれども、自分の身体が思うように動かない(左半身付随。自分で寝返りを打つことも厳しい)という現実はどうしようもなく、静かな諦めというか、第2の境地に入ったようなのです。

病院は決して好きな場所ではないけれども、24時間人が見てくれて安心である。
介護士さん、リハビリの方、看護師さんの中に、話をじっくり聞いてくださる方もでき、自身も病院に馴染んでもきた。
もうしばらく、ここに置いて欲しい。

確かに私と電話で話した時も、そのようなことを言っていて
でも私は、父のモチベーションが下がるのを止めたかったので「私はお父さんが家に帰る希望を捨てていないよ」と答えたのです。
「いや、それでは○○ちゃん(私の名前)にべらぼうな負担がかかる。ぼくを支えるのに、病院では二人がかりだ。それを、○○ちゃんがひとりでできるとは思えない。家に帰るという考えを○○ちゃんが持っているなら、ぼくとは正反対だ。二人の考えをじっくり検討しなければならない。」
私も、今の状態では、父の在宅はとても厳しいと思います。わかっているけど、父をがっかりさせたくなくて言ってみた。でも、父は悟ってしまったんですね。
現実が見えたら今度は、「見通しが立たない」と焦りが出てきて、今後どうすればいいのかと悩みを募らせ、ソーシャルワーカーさんに相談しているようなのです。

「まずは、150日の期限まで入院、その後は老健に一旦入所しリハビリを続け、様子を見ながら自宅に帰れるのかどうか検討していく感じでどうですか?
すぐに答えは出ませんよね?」
とのソーシャルワーカーさんの見立てで、私も妥当だと思いますが、当事者の父にしてみたら落ち着かないことでしょう。もともと、とても真面目で、計画的に物事を進める人でしたし。
とりあえず、今月末あたりに、一度主治医の先生はじめ病院のスタッフさんを交えて、面談の場を設けましょうということになっています。

そんなこんなの電話の後で実家へ。
夕食を作るときに、冷凍庫のいつもは開けない方の引き出しをふと見たら、ピノがたくさん入っていて、ああ、、、と思わず声が出そうになりました。
息子が中学生の頃、ピノが大好きで
今はもう社会人なのだけれど
「まあちゃん(息子)がきた時のために」って、いつもピノをコープで買っていた父。
たまに息子が来ると「ピノあるよ」って。息子は「ありがと」って食べるけど、そういつも行くわけじゃないから、なかなか減らない。
でも、また買い足す。
だから、すごくたくさん、たまってた。
冷凍庫の中のピノを見ていたら苦しくなった。
今、書いているこの時も、また苦しい。
泣きそうになるから、私は感情に蓋をします。

関係ないかもしれないけど、一人っ子は辛い。
親の愛情を一身に受けた分、それが今度は切なさに変わって、一人では受け止めきれないくらい降りてくる。
「お父さん、こんなにピノを買っちゃって、、、」ってこぼせるきょうだいがほしい。
誰もいないから、感情に蓋をする。


電話

2024-05-06 17:56:43 | 日記
父より電話。
「タダなんだろ? 嬉しいねえ」
いや、タダではないが。

父の携帯料金が爆上がりしていて、定額かけ放題プランに変更しました。
母以外の人との通話で、5分を経過すると22秒ごとに料金が発生していましたから。
もともと、そんなに電話する人じゃなかったから、それでよかったのだけれども、入院してからはガンガンかかってくるようになりました。「寂しい」って。
かけ放題プラン、大層喜んでくれています。よかった。

ただ、電話をもらっても、何を言っているのか、聞き取りにくいんです。
最初はわかるのだけど、だんだん、???になってくる。
喋る方も聞く方も、疲れてくるのかな。
目をつぶって、わかった単語をつかまえて、繰り返し、うんうん、そうねと相槌を打つ。
なかなか大変。
仕事中にかかってきた時は、ごめんねって心の中で謝りながら出ないことが多い。
「今日は休みだろ? たくさん話せると思って」
その通り、お父さん冴えてる。

母に電話しても「あなたの声が聞けてよかった」と言うだけで、他に何も言わない。物足りない。母が何を考えているのか知りたいのにもどかしい。
この気持ちを母に伝えてほしい、、、
そうです。
それは、二人の間でおねがいします。
いや、難しいな。
二人は多分、噛み合っていない。
母は認知症である。父がどういう状況にあるのか、きちんとはわかっていない。
何度も電話をかけては呟きます。
「お父さんは、だめよ。携帯を握りしめたまま、電話に出られないの」
握りしめて、なんて見たようなことを言ってるけど
握れないんだってば。麻痺していて、電話に出るのもかけるのも、至難の業なの。
そこへの想像力もなければ思いやりもない。
おっと、言い過ぎた。

麻痺していて大変なのだということを伝えると
「お父さん、今、どこにいるの?」
「○○病院だよ。(○○病院だってば! と言いそうになるのを抑える)」「ああ、そう」
父は、母が認知症だと言うことをわかっていない。
知ってはいたけど、受け入れていない。
自分の苦しみを聞いてくれる、かつての妻の姿を求めているように感じる。

電話というのは、なんともどかしいことか。


両親それぞれ、お悩み事

2024-05-04 16:55:03 | 日記
母、今日からまた、老健ショートステイ。

施設まで送って行きました。
食事を居室に持ち帰ってしまい、それが干からびて出てくることがあり、荷物を点検したくても、かなりこだわりが強く、拒絶されている
といったことを困り事として報告されました。
すみません、、、

食事については家でも同様で、私が作った食事は、大部分捨てられます。2年前から。
私が食後のお茶を入れに席を立った隙に、あっという間に残菜が消えます。
今朝も、ちょっとスマホをチェックして顔を上げたら消えてました。どこへ??
最初はかなり凹みました。父が入院して母だけに食事を用意するようになってからは、ちゃんと作っていません。自分が傷つくから。
お惣菜買ってきて、お味噌汁を作るくらい。
朝はトーストと卵とサラダくらいで済ませる。
頑張って作る事はしません。
なぜ、食べ物を捨てることが平気なんだろう?
何か訳があるのでしょうが、このせいで、というのもなんですが、母に自宅介護は無理だなと早々に思ってしまいました。

母を施設に託した後、洗濯物を届けに父の病院に行きました。
面会は週に2回まで、予約制なのですが、会って話したいことがあると言う父の訴えを受けて、看護師さんが病棟の入口まで連れてきてくださいました。
要望は「携帯電話の使い方がわからない」
一緒に操作して解決。
その後は、父の入院生活についての訴えを聞きました。
おむつ交換をなかなかしてもらえない、、、
という訴え。
病棟の人手やサイクルを考えると、仕方のない部分が多いと思うけれども、父にとって他人の手を借りないと排泄ができないことがこの上ない屈辱であり、絶望の要因なのです。
私だって、オムツで、意識はしっかりしていて、自分でどうにもできなかったら、同じように感じると思うよ。
看護師さんも聞いてくださっているから、お父さんの言いたいことはわかってもらえるよ。
そう、伝えましたが。実際、なかなか難しいだろうなあ。
でも、私までが「それは難しいよ」と言ってしまったら、誰が父の悩みを受け止めるのか。

今日の看護師さんは男性で、優しい穏やかな感じの人。
若い女性の看護師さんに排泄のお世話になるのは恥ずかしく、クスッと笑われた気がしたことがあり(あくまでも気がした、、、のですが)、以来、今日は誰が担当なのかと気を揉む日々らしい。
排泄は本当にデリケートな問題だなと。

母が、リハパンを脱いでズボンを履くのも、デリケートな心の問題もあるのかなと思うけれど、介護している立場としては、「パンツはいて!!」ときつめに言ってしまいます、、、

今、父から電話がありました。
何かと思ったら、「教えてもらった通りに電話をかけてみた。かかってよかった」と。
うん、よかったね、お父さん。
私は、父には優しい。
夫にも言われました。「お父さんには、点が甘いよね」って。
かもしれないな。

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