こーんなに近くに展示してあったとはツユほども知らなんだ!
自宅から車で40分ほど…
目と鼻の先ではないですか!
しかも昨年の夏から…!
その頃には撮影は終わっていたのですね
封切られるまでは映画に使われた事は秘密だったとか
いえ レプリカが展示されている事は知ってましたよ
でもまさかゴジラと戦ったあの「震電」だったとは!
目の前にその「震電」があります
ああ夢のよう!
映画も後半 これが登場したとき 身体中の毛が逆立ちました!
周りもはばからず拍手しましたよ 年がいもなく
特に思い入れがあるという訳ではないのですが
終戦直前に2、3回の試験飛行をしただけで
幻の戦闘機と言われた「震電」を
映画の中で甦らせ
しかもゴジラと戦わせるという
その山崎監督のアイデアが嬉しいじゃないですか
記念館と監督との以前からのお付き合いで展示に繋がったとの事
他にも零戦や
52型ですか(32型だとも…)
九七式戦闘機も展示されているものの
大刀洗飛行場への大空襲の様子
ここから飛び立った特攻隊員
空襲で亡くなった子供たち…
それらの写真や展示を見ていると
ゴジラだ震電だと浮かれているのも気が引けてきます
帰りに近くの「頓田の森 平和花園」へ
ここは空襲を避けて森に逃げ込んだ子供たちが
爆弾の直撃を受け31人が亡くなったという場所
この爆風でなぎ倒された しいの木の根本で24人が即死、7人は病院で息を引き取ったそうです↓
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