女でいなければ牛と揶揄されて『あなた不要です』と言葉で殺されている。
ドオー！怒声が上がる。福岡市中心にある市民の憩いの場「西公園」。花見客の数人が怒りの感情を抑えられないように、暴力的な金切り声をあげている。ドウー！ジュー！デー！怒りが感染したように、奇声が収まらない。悠美は、小学６年生から、ずっと長い年月、男の人から、女性と見做されないまま、生きてきた。男の人から見れば、女性でないから、牛なのだ。苗字や名前で優しく声を掛けられることはない。毎日、誰とも喋らず、家の中に引き籠る。現在、６３歳の悠美は、学童期から自閉症の症状を現わしており、一年前からメンタルクリニックに通院している。毎月一度、不眠症の薬を処方してもらう。西公園の道なりに出店が営業をしている。たくさんの花見客でにぎわい、誰もがスマホを操作している。すれ違う女性グループが悠美を振り返り、「ねぇねぇ、ちょっと後ろを見てよ」悠美の後姿を見た女性たちの口から、弾けるような勢いで、高圧的な笑い声がはじける。「懐かしいねえ」「見苦しいねえ、あんな服着て」悠美は、学生の体操着ジャージの上下につばなしのニット帽子をサッとかぶっただけ。ノーメイクで歩いている。次の日も、その次の日も、花見のシーズンを歩いた。誰かのスマホに撮られ、毎日、誰かの怒声を浴びせられているうちに、祭りの出店の店員にまで｢わー、行進している。うんこマンだ！こんにちは｣と、冗談や皮肉でからかわれて、ばかにされた。店から通路に出て、にぎやかに両手を高く伸ばして振っている。最初は悠美の行く手に立ちふさがり、それから、悠美のすぐ後ろで。だが、帰り道には、店の奥に隠れるようにちじこまり、次の日は出店はなかった。退店したのだ。やがて、付近の子供たちが、ドー！ドー！と何時間も叫ぶ遊びを始めた。幼児も、小学生も。悠美の歩く姿を見つけると、子供たちは、げたげたと遠慮なしにばかにした笑い声を放つ。誰かが止めたり、「動物虐待はいけないよ」とそれはいけないことだと穏やかに注意を与えると、ドーだ！ドーだ！と、狂乱したように喚き続ける。子供たちの遊びは、範囲が広がり、悠美の部屋の前の公園広場で、子供野球遊びをしながら、ずっと、ドー！ドー！と大声を張り上げ、けらけらと笑い声を繰り返し、悠美が近くを歩くと、「お尻ふりふり」と思いついた言葉にメロディーを付けて、「わはは」と 大口を開けて声を高くして笑う。毎週通う整体院では、親切そうな整体師が、いつもより割高な金額を言葉にして、施術中に「ウシ」とつぶやく。悠美は、こんな現実を観察して、男の人と直接関わることは、この時代、女の人の精神面と肉体面と経済面に多大な負担を与えるのだなあと、緊張と不安と恐怖で押しつぶされそうになる。男の人とは間接的に関わる程度でも、一方的に見られるだけでも、歪んだ関係を強要されている気がしてならない。男の人の怒声や揶揄いの言葉さえも、その正確な意味を理解できなければ、感染して言葉を壊してしまう。それこそが、社会からの真の孤立を招く。整体師は、大切な息子のために、毎月２０万円の仕送りをしなければならない。これまでよりも多大な出費でお金が足りないのだろう。直接的な関係の奥さんには、悠美に対する悪意ある言葉より、ストレートな要求が行われているはずだ。それは、家計をやりくりするために、もっと働いてほしいとか、経済面での家庭崩壊の悲惨さを見せつけられているのかもしれない。今日も子供たちが、壊れたように、ドー！ドー！と喚きたてている。その様子を見ても、女の人は子供の異変を心配するどころか、胸がスーッとする。いい気味だとばかりに、イヒヒイヒヒイヒヒヒヒヒヒと嗤いながら、現実破壊を期待するかのように、目で見たこと、耳で聞いたことだけを恣意的に歪めて噂を広めている。