「素人、作家生活に入る」
プロの小説家に習いながら、素人の絵美は、作家生活に入った。
それはもちろん、好きなことを好きなように書くほうが楽しい。
小説の定義や、骨格については、これまで考えてこなかった。
細部まで緻密に描く手法は、学んだからといって書くことがますます楽しくなるわけではない。
読み手に理解してもらい、共感してもらうための技術を会得するのだ。
絵美は、大声で怒鳴る人が苦手だ。それは、男の人だけれど。
小さな声で謎かけをしてくる男の人も苦手だ。
「あなたは男ですか?女ですか?」と厭な目つきで聞かれたことがある。
彼の眼には、絵美が男か女か解らないのだろうか。
女には間違いないけれど、何かが男のようなのか。
しかし、絵美が男のようなことをして、何がいけないのか。
男の人は、絵美を責めているのか?揶揄っているのか?
そもそも、男の人と絵美との間には、何の関係があるのか?
ここまでを頭の中で数分掛けて整理すると、男の人には理解できないだろうが、
絵美には、ひとつの答えが出る。
「男の人と関わらないでいられる絵美の生活は、大切なものだ」
絵美だけに大切なもので、男の人からすれば何の役にも立たない生き方。
絵美は現実でお喋りすることが苦手だ。
大声を聞くと、なんと言われているのか聞こえなくなる。
壊れた言葉の音だけが響いてくる。怖ろしいイメージの音。
絵美が話すと、「早口ね」「訛りがあるね」「なんていってるのか全然わからない」
頭を押さえつけられ、叱られている気分がして、顔はまっ赤になり、泣きべそになる。
だから、黙っている。相手に合わせてお喋りすることが苦手だし苦痛だ。
自分の部屋で、本を読んだり、原稿用紙に文字を書き込む作業は好きなのだ。とても時間が掛かるけれど。本を読むことは1時間では終わらない。原稿用紙1枚書くにも30分掛かる。
だからこそ、男の人と関わらないでいられる絵美の生活は、大切なものだ。
女の人はこうあるべきで、これが普通の女。こうすればより完璧。つまり、正常な女の人の範疇に入らない女は異常なのだ。と理想を押し付けられてもどうにもならない。
だから、永遠の沈黙が続く。ますます不機嫌になって、その男の人は、同じ価値観を持つ人々の輪に入り込み、遠くから、絵美を非難するような罵声をとばして、それは男の人の気が済むまで終わることはない。「おまえは女だろう!女のように振る舞え!」
大声を聞くと、なんと言われているのか聞こえなくなる。
言葉が聞こえなくなるから、いつまでも黙っている。
言葉の通い合わない相手とは遠くに距離を置くのだ。
無言で遠ざけなければ。二度と関わらなくて済むように。
だからこそ、男の人と関わらないでいられる絵美の素人作家生活は、大切なものだ。
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