後藤正文、坂本龍一を語る【前編】「社会の問題に対して、いま取り組まないことのほうが恥ずかしい」──教授動静〈番外編〉第3回
10/5(火) 20:11配信
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後藤正文
“教授”こと坂本龍一の動向を追うライター・編集者の吉村栄一による「教授動静」。教授がお休みのあいだ、彼と交流の深い人物へのインタビューを連載する。第3回は、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのGotchこと、後藤正文が登場! 今回は、その前編をお届けする。 【写真を見る】「NO NUKES 2012」での2人など、これまでの交流
突然のダイレクトメッセージ
後藤正文と坂本龍一の出会いは、握手だった。2000年代はじめ、あるロックフェスのバックステージでのことだ。 「そのフェスでは、坂本さんとASIAN KUNG-FU GENERATIONが同じ日の出演だったんです。そのとき、人づてに『坂本さんの息子さんがアジカンのファンらしくて、サインを頼まれているそうだから、楽屋に呼ばれるかも』なんて聞いちゃって。そんなの、すごくドキドキするじゃないですか。だから、呼ばれる前に自分たちから挨拶に行きました。握手はしてもらいましたが、サインは頼まれなかった(笑)」 いま40代の後藤は、YMOをリアルタイムでは体験していないという。それでも、どこかしらでYMOや坂本龍一の音楽を耳にしながら育った。
「大ヒットしたCM曲の〈Energy Flow〉や〈戦場のメリークリスマス〉などは自然と耳に入ってきていたし、iTunesStoreが日本で始まって以降は、あらためてYMOや坂本さんの音楽をダウンロードして聴き直したりもしました」 iTunesStoreの日本でのサービス開始は2005年。後藤が坂本龍一の音楽を再発見した何年か後、ふたりは第2の出会いをすることになる。場所はTwitterだ。 「ぼくがTwitterを始めてまもない2010年だったと思います。突然、ダイレクトメッセージをもらったんですよ」 それは、教授が後藤のツイートに目を留めたのがきっかけだった。
「当時、ぼくは鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー『六ヶ所村ラプソディー』(2006)を観て、原発問題に関心を持っていろいろ調べていたんです。当然、教授による六ヶ所村の再処理工場への抗議活動も知っていました。その時、なにか原発関連のツイートをしたんですが、それを読んだ教授がメッセージをくれたんです」 原発や環境問題についての後藤の真摯な姿勢を知った教授は、何冊もの書籍を後藤に紹介してくれたという。そして、本を通して交流は深まっていく。当時、教授にオススメされて印象的だったのは、小泉文夫の『音楽の根源にあるもの』、ルドルフ・シュタイナーの『農業講座 農業を豊かにするための精神科学的な基礎』、竹村真一の『宇宙樹』などだそう。
「あと、相撲の話なんかもしました。ぼくも教授も相撲が好きなんです。当時は豊真将(ほうましょう)という力士がいて(2015年引退)、その所作が美しいなんて話をした記憶もあります」 こうしてTwitter上で淡い交流を続けたふたりだったが、2011年の東日本大震災とそれに伴う福島第一原発のメルトダウン事故が、関係の様相を変えた。
人間としての怒りの声を上げることの大切さ
震災後、両者はそれぞれに福島~東北の復興のためのチャリティ活動を行なっていた。教授は、kizunaworldによる寄付の募集や被災地の学校の楽器の修復、そして、ミュージシャンの大友良英らが代表を務める「プロジェクトFUKUSHIMA!」への協力などだ。 後藤は、被災地への募金を集めるほか、自ら物資の運搬や、被災地のライブハウスの支援をおこない、未来を考えるための新聞『THE FUTURE TIMES』の発行も始めた。
そして震災の翌年、坂本龍一は脱原発のための音楽イベント『NO NUKES 2012』を開催する。
後藤はまっさきに出演を要請されたという。 「あのとき、坂本さんから記者会見をやるので参加してくれとも頼まれたんです。もちろん参加しましたが、翌日の報道では見事に『会見する坂本龍一ら』の“ら”でくくられていました(笑)」 この『NO NUKES 2012』は、YMOやASIAN KUNG-FU GENERATIONのほか、国内外の多くのアーティストが参加して大きな成功を収めた。以降、毎年開催されることになる。
教授も後藤も、こうした音楽家としての活動のみならず、ひとりの市民、国民としても脱原発や環境問題に取り組んでいる。政治に抗議するデモや集会にも参加する。 「『THE FUTURE TIMES』は、当時、同じ世代の仲間たちと新しいアクションをしなきゃいけないという気持ちから創刊しました。ぼくらの世代は、大震災やメルトダウンの後でさえ、『デモに参加する』ということに対してまだまだ抵抗感があった。
デモや社会運動というのは、自分たちから遠い、べつの世界の人たちが行うものだという“距離”があったんです」 『THE FUTURE TIMES』を創刊することで、後藤は、同世代の友人の編集者やライターとともに社会運動をあらためて考え、民主主義とはなにかという勉強も始めた。 「創刊してすぐに坂本さんにも出てもらいました。その頃はまだ、緊張しながらお話しをさせてもらっていましたね(笑)」 東北への物資の輸送やライブハウス支援のときとはちがい、脱原発の運動やデモへの参加の表明には無理解や批判の声もあった。「音楽に政治を持ち込むな」という理不尽な意見もそうしたもののうちだ。 「ぼくは、叩かれることに関しては落ち込んだりしませんでした。“自分は正しい”と思うほど傲慢ではないけれど、この社会の問題に対していま取り組まないことのほうが恥ずかしいと感じていたからです。東日本大震災を機にこの社会の杜撰さが露わになっている以上、それに対して声を上げることに職業は関係ないだろうと。仮に、ぼくがロックミュージシャンではなくてサラリーマンだったとしても、同じ行動をとっていたと思います」 ロックミュージシャン、有名人という枠で発言するのではなく、あくまでも、ひとりの人間として声を上げる。 「自分が最前列でスピーチすることはなくても、すくなくとも最後尾に並んで、人間としての怒りの声を上げることの大切さっていうのを感じていました」 実際にデモに集まった人々を見渡してみると、そこには同世代のミュージシャンをはじめ、仕事を一緒にしてきたカメラマン、ライターなどの姿があちこちにあったという。後藤はその光景に勇気づけられた。 「そうか、みんな同じ思いなんだ、と。そう思うとネットで叩かれることも気にならない。そもそも、坂本さんなんかもっと叩かれてるじゃないですか。
東日本大震災の前から反原発の権化扱いでしたし、原発のある街に教授が来ただけでみんな緊張するくらい(笑)」 覚悟と楽観がそこにある。 「社会的なことに対して発言することで離れていく人がいたら、それは仕方がない。でも、そこに不安はないんです。たとえこれまでのファンが離れても、またライブハウスからやり直せばいい。自分の音楽を好きになってくれる人が1000人いれば言うことないし、いっそ10人でもいい。これっておかしな考え方かな?」
“教授”こと坂本龍一の動向を追うライター・編集者の吉村栄一による「教授動静」。教授がお休みのあいだ、彼と交流の深い人物へのインタビューを連載する。第3回は、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのGotchこと、後藤正文が登場! 今回は、その後編をお届けする。 【インタビューの前編を読む】
NO NUKESの終わりと新しい挑戦
後藤正文と教授の絆が深まったイベント『NO NUKES』は、2012年以降、2013~2015年、2017年、2019年と、休止の年もありながら回を重ねていった。 しかし、回を重ねるに連れて、ふたりは共通するジレンマを感じていくことになる。とくに2014年以降だ。出演アーティストが固定化し、観客の顔ぶれも変わっていないのではないか? イベントの趣旨に対するアーティストと観客の熱量は高いままだが、このままでいいのか? とくに、若い世代の関心を惹きつけていないように思えてならなかったという。 「どうすれば若い人たちが関心を持ってくれるのか、というのはつねに気にしていました。ぼくもちょっと経験があるけれど、世界中を移動するのって大変なんですよ。それなのに、毎年、ニューヨークからイベントのために教授が来てくれる。それはもちろんありがたいんですけど、そんな教授の背中に負われているだけじゃダメでしょうという気持ちもあった。せめて傍ら、横に並んで立たないといけないなって」 イベントは毎回盛況なだけに、「このままでいいのか?」という焦燥に駆られた。 「来てくれる人たちが、教授の世代と、ぼくたち40代ぎりぎりのパンク世代とで固定化されてしまっている。その間の世代や、とくに下の世代ですけど、出演したいというアーティストがなかなか出てこない。
ぼくは決して『NO NUKES』に意味がなかったとは思わないですけど、あのやり方の延長でありつつ、もっと若い人たちが参加しやすく、議論できる場を作っていかないといけないと感じていたんです。メンバーが固定化して、少しずつ高齢化していく……。それでも、最後の2019年は若いアーティストが参加してくれて、嬉しかったですね。すこしでも伝わってくれたんだなと」 2019年の(いまのところ)最後の『NO NUKES』のイベントを終えたのち、坂本龍一と後藤正文はあらためて確認した。このままではダメだと。 次の段階に進む時期が来た。そのために、教授や後藤らがトライしたのが『D2021』だ。
サステイナブルな社会運動を目指す『D2021』
「D2021は、坂本龍一、後藤正文(Gotch)が中心となり、震災(Disaster)から10年(Decade)という節目に、さまざまな「D」をテーマに過去と向き合い、未来を志向するためのムーブメントです。 D2021は、不条理に対する抵抗の声(Demonstration)であり、民主主義(Democracy)を維持するための運動です。ダンス(Dance)や対話(Dialogue)を通じて、社会の分断(Divison)を乗り越えることを目指しています」(公式インスタグラム: https://www.instagram.com/d2021_official/より) 「『D2021』のDというのは坂本さんのアイデア。
『NO NUKES』の流れから、もう少し新しい集いにしていかないといけない、という思いは共通していました。その運動の精神を保ちつつ、もっと人が集う場所にしたい。20代の若いメンバーから坂本さんまで入り、みんなで話していくうちに、イシューを限定しないで、いろいろな問題を当事者として語る集まりを作りたいと思うようになりました」 この『D2021』には、元SEALDsの奥田愛基らも参加している。
『教授動静』第19回での辺野古視察に奥田が同行していたのも、この『D2021』のスタート準備の一環だった。 もともと、『D2021』は今年の3月、東京・日比谷公園で行われる環境系フェスでのイベントでお披露目される予定だったという。 しかし、昨年から続く新型コロナウイルスの蔓延によってフェスは中止となり、『D2021』はスタートから躓く。以降、ポッドキャストなどネット上での活動にシフトし、さらなる拡がりを目指している。いまの状況下でできることを模索しつつ、コロナ以後の展開も視野に入れている。
「いまみんなで話しているのは、ポッドキャストや番組作りをしながら、つまり、既存のインフラを使いながら、人と人のつながりを作るということです。どうすればこの活動がサステイナブルなものになっていくのか、それを考えたい。人を集めることって、本当にパワーがいるものだし、パワーをもらえる場所でもあるんです。いまはコロナ禍でできないけれど、イベントというものの持つ力、“人々がそこに来る”というエネルギーの大きさを考えていますね。それまでは、番組の配信やイベントを企画して進めていければと思っています」 まだまだ試行錯誤だが、その試行錯誤自体に意味があると後藤は考えている。
いつもそこには教授がいる
「このあいだ奥田(愛基)くんと話したとき、『こういう運動をしたい!』と動き出したときに、いつのまにか坂本さんがすっとそこに自分の名前を連ねているの、すごくない?って盛り上がったんですよ。どんな小さな署名活動にも、いつのまにか名前を連ねている。ためらいがない、ああいう姿勢から俺らも学ばないとって。坂本さんは、自分の有名性みたいなものを躊躇いなく差し出すんですよね。それって、世の中を諦めない姿勢でもあると思うんです。だから教授を見習い続けて、自分も進歩していきたい」 「教授の影響は本当に大きい」と、改めて後藤は言う。 「音楽に限らず、自分たちで何かをやろうとすると、それは坂本さんがとっくの昔にやっていたことだったりする。日本の伝統芸能に興味が出てちょっと調べると、坂本さんがもうやってるし、縄文時代に興味を持ったら、そこにもいる(笑)。
社会運動もしかりですよね。ぼくにとっては指標でもあるんですよ。あ、坂本さんが先にやってるということは、自分の進路としてはまちがいないんだなと。自分的にはまだ解像度が低くてわかっていないことでも、教授は深く理解したうえで先に立っている。だから安心して、『よし、じゃあ、もっと自分なりに考えてみよう』と思えるんです」 そんな教授の背中を意識しながらも、後藤自身の自負や希望も最近は大きくなっている。 「ぼくの音楽を聴いている人には20代後半から30代くらいの方が多いんですけど、最近ご一緒することの多くなってきた研究者さんのなかにも、『アジカンを聴いて育ちました!』と言ってくださる人が出てきて、すごくうれしいですね。彼らは、ぼくがいろんな場所で言ったり書いたりしてきたことも受け止めてくれている。ロックをやってきて本当によかったなと思います」
後藤正文(ごとう まさふみ)
PROFILE 1976年静岡県生まれ。 ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターであり、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。これまでにキューンミュージック(ソニー)から9枚のオリジナル・アルバムを発表。2010年には自身主宰のレーベル「only in dreams」を発足。 また、エッセイや小説の執筆といった文筆業や、新しい時代やこれからの社会など私たちの未来を考える新聞『THE FUTURE TIMES』を編集長として発行し続け、2018年からは新進気鋭のミュージシャンが発表したアルバムに贈られる作品賞『APPLE VINEGAR -Music Award-』の立ち上げなど、音楽はもちろんSNSでの社会とコミットした言動でも注目されている。 2020年12月2日、約4年半ぶりとなるGotch名義のソロアルバム『Lives By The Sea』をデジタル先行リリース。3月にはCDとLPが、7月にはカセットテープがSPM STORE他、一部店舗にて発売開始となった。 著書に『何度でもオールライトと歌え』『YOROZU~妄想の民俗史~』『凍った脳みそ』他。
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