大規模な化学テロの発生に備え、政府が今年、初期治療で使われる解毒剤の国家備蓄に乗り出した。

　＜化学テロ対策＞解毒剤を国家備蓄　東京五輪控え整備費計上

毎日新聞 2月22日(日)7時30分配信

　大規模な化学テロの発生に備え、政府が今年、初期治療で使われる解毒剤の国家備蓄に乗り出したことが分かった。１９９５年３月に起きた地下鉄サリン事件を参考に、海外では国レベルで備えに乗り出す動きが強まったが、日本は主要７カ国（Ｇ７）の中で唯一、化学テロ解毒剤の国家備蓄がなかった。東京五輪・パラリンピック開催を２０２０年に控え、国内でも化学剤や生物剤を使った「ＣＢＲＮＥ（シーバーン）テロ」の危険性が高まっていることを受け、予算化された。事件から２０年を経て、ようやく事件の教訓を生かしたといえそうだ。

　被害が急速に拡大する化学テロでは初動の治療が重要とされ、中でも解毒剤治療は救命に不可欠となるケースが多い。政府は今国会で成立した今年度補正予算に整備費を計上し、国家備蓄を決めた。厚生労働省は詳細を明らかにしていないが、サリンやシアン化合物、ヒ素などの化学物質による急性中毒に有効な解毒剤を、国内の複数の施設で保管する準備を進めているとみられる。

　６０００人余が巻き込まれた地下鉄サリン事件では、中毒症状に陥った患者らに、有機リン系中毒に有効な「パム」などの解毒剤が投与された。だがパムは主に農薬中毒の患者に使われるため都心の病院には備蓄が少なく、製薬会社や医薬品卸業者の協力で全国から急きょ集められた経緯がある。こうした教訓から政府は０１年のテロ対策会議で「テロの発生に備えた医薬品備蓄体制の確立」を今後の課題に掲げていた。

　同年に米国で炭疽（たんそ）菌を使った生物テロが起きたことを受けて、政府は天然痘ワクチンの国家備蓄を開始。一方で化学テロの解毒剤整備は自治体や医療機関に任せてきた。しかし、その後の厚労省の研究で「現在の解毒剤の備蓄量では小規模化学テロにも対応できない」との結果がまとまった。このため厚生科学審議会の部会が化学テロ対策について検討。昨年の提言で、解毒剤備蓄の必要性を指摘した。

　通常の診療で使われず医療機関が保管していない解毒剤もあるが、広域テロが発生すれば国内で大量の需要が予測される。国家備蓄はこういった事態に備える狙いがある。厚労省の担当者は「まだ理想の量に届いていない。備蓄する解毒剤は数年で有効期限が切れるため、今後も必要な予算措置をしたい」としている。

　日本中毒情報センターの吉岡敏治理事長は「地下鉄サリン事件は海外の国に大きな衝撃を与えたが、日本では化学テロの脅威が深刻に受け止められてこなかった。遅きに失した感はあるが、どこでテロが起きても一定の解毒剤を供給できる態勢がようやく整った」としている。【山本将克】

　◇ＣＢＲＮＥ（シーバーン）テロ

　化学（Chemical）、生物（Biological）、放射性物質（Radiological）、核（Nuclear）、爆発物（Explosive）の頭文字から取ったテロの総称。地下鉄サリン事件や２００１年の米同時多発テロ、０５年のロンドン同時爆破テロなどを機に専門的な対策の必要性が指摘され、先進国を中心に取り組みが進められている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150222-00000001-mai-soci