聖書と共に

今日から受難週

受難週の為に、ヘブル書から抜粋します。

 子達は(人間は、信者は)ともに、血肉を持っ
ているので、主も又、同じく、これを持たれた
。これは死の権威を持っている者、すなわち
悪魔を死によりて滅ぼし、さらに死の恐れの
奴隷となっている者たちを解放するためです。
              (ヘブル2-14)

 キリストは肉体におられた時に、大いなる
叫びと涙をもって、自分を死より救い得る者に
祈りと願いを献げ、その恭敬(うやうやしさ)に
よって、聴かれられた。彼は、御子なのに、
受けた苦難によって従順を学ばれた。
これにより成し遂げられたので、ご自分に従う
者のために、永遠の救いの原となられた。
              (ヘブル5-7)
 イエス様はゲッセマネの園で祈られた。
「ひれ伏して言われた。父よ、もし、できる事
なら、この酒杯を私から過ぎ去らして下さい。
しかし、私の意のままではなく、御心のままに
成して下さい。」      (マタイ26-39)

 イエス、悲しみ迫り、いよいよ切に祈られた
。汗は、地上に落ちる血の雫の様だった。
              (ルカ22ー44)

 イエスは、他の大祭司の様に、まず、自分の
罪の為に、次に民の罪のために日々、犠牲を
献げる事はなく、ただ一度のみ、ご自分を献げ
て、これを完成された。   (ヘブル7-27)

 キリストは、ヤギや子牛などの血を用いず
ご自分の血をもって、ただ一度、至聖所に入り
て永遠の贖罪を終えた。   (ヘブル9-12)

おおよそ、律法によれば、萬のもの血をもて
潔められる。もし血を流す事なければ、罪が
赦されることはない。    (ヘブル9-21)

 あなた方が、先祖からの空しい生き方から
あがない出されたのは、銀や金のような朽ちる
ものによらず、傷もなく、汚れもない子羊の様
なキリストの尊い血によったのです。
           (第一ペテロ1-18)







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