「・・・マリヤはイエスといっしょにいた人たちが嘆き悲しんで泣いているところに行き、そのことを知らせた。ところが、彼らは、イエスが生きておられ、お姿をよく見た、と聞いても、それを信じようとはしなかった。」(マルコ16:10)
「その後、彼らのうちのふたりがいなかのほうへ歩いていたおりに、イエスは別の姿でご自分を現わされた。そこでこのふたりも、残りの人たちのところへ行ってこれを知らせたが、彼らはふたりの話も信じなかった。」(16:12)
イエス様とずっと一緒に居て、沢山の奇跡も体験している弟子たち。彼らは、イエス様からあらかじめこれから起こるすべてのことを聞いていた。
「人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです。彼らは、人の子を死刑に定め、そして、異邦人に引き渡します。すると彼らはあざけり、つばきをかけ、むち打ち、ついに殺します。しかし、人の子は三日の後に、よみがえります。」(マルコ10:33)
「 しかしわたしは、よみがえってから、あなたがたより先に、ガリラヤへ行きます。」(マルコ14:28)
こんなにはっきり語っておられる。それでも弟子たちは、死んだイエス様が生き返られた事実を、聞いただけでは信じることができなかった。
だったらなおさらのこと、今の世が聖書を信じられないのは当たり前。
聖書に書かれていることをそのままに、イエス様のよみがえりを文字通り信じる者は、イエス様がその人の内に現れてくださったからだと思う。
マリヤに現れてくださったように、クレオパに現れてくださったように、信じないトマスに手の釘の痕を見せてくださったように、信じられるようにどこまでも助けてくださったからだと思う。
それはやはり特別な恵み、なんてすばらしいことだろう。
「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」(マルコ16:17)
最新の画像もっと見る
最近の「Weblog」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事