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石ころ

若い日の友へ

 
 真夏のような陽差しを、優しくさえぎる桜並木に差しかかると、そこで歩を緩めて深呼吸を繰り返す。フィトンチッドをすべて吸い尽くすぞ~と鼻の穴を膨らませて・・

この暑さには参っている。けれども清水の舞台から飛び降りるおもいで、私にとっては上等なウオーキングシューズを買ってしまったので、履き慣れようと頑張ってせっせと歩いている。

慣れない靴のせいか、低血圧のせいか・・それは定かではないけれど、軽やかに歩くことはできず、体は重くだるくてかなり辛い・・。調子が良いときは、足が勝手に前に進むのに・・。

 それでも道々の草花は多彩で可愛らしく、5月という素晴らしい季節をたたえるように咲き乱れている。
向い山に、藤の花が紫色の流れ落ちる大滝のように咲いている。今年は藤がとても盛ん。赤紫の山つつじ。栗の瑞々しい青葉若葉。
本当に、神様の備えて下さった自然はどんなときでも励ましに満ちている。

 
 なぜか突然、独身時代の友を思い出してとても会いたくなった。そうして昔のように熱く語り合いたくなった。
カトリックの信者である彼女は、修道院に入るために持参金を貯めようと一生懸命に働いていた。彼女の仕事ぶりはいつも誠実で馬鹿正直という言葉そのものだった。

吹けば飛ぶような小さな町工場で、毎日並んで造花を作っていた。彼女と同じ品物を作るときは、私は時々ずるをして手抜きをした。
今もそのことを思い出すと恥ずかしくて胸が痛む。しかし、彼女はどんな時も淡々と少しも態度が変わることはなかった。

 私はいつも議論をふっかけていたけれど、物静かな彼女は、私に自分の考えや信仰を決して押しつけることはなく、むしろ彼女の選択がいよいよ分からなくなるような、修道院の裏が書かれているような本や、話しを聞かせてくれた。

今思えば彼女は、純粋にキリストの花嫁として、人間的なものにはなんの期待もなく修道院に嫁ごうと思っていたのだろう。
その頃は私は、カトリックもなにもキリスト教のことは殆ど何も知らなかった。

だから、今こそ会いたい。そうして心からイエスさまのことを話し合ってみたい。今こそ大切なことを伝えたい。それが彼女が積み上げたものを壊すことになるとしても・・。

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コメント一覧

石ころ
エシュコルさんへ
「連絡出来るのなら、してみては如何でしょう。」
そうできるのなら、そうしているのですけれど・・
私は事情があって、遠へ離れてしまったことから、音信がなくなってしまいました。

私は、毎日いっぱいおしゃべりをしていたのに、彼女の住所さえ知らなかったのです。
いつも、近くに居るはずの人だったのですが・・。

信仰の真実さは、主だけがごぞんじでしょう。
何処に属するからということではないと思います。

今、祈りによって、あるいは彼女と繋がっているのかも知れません。
霊の交わりは、距離も時間も無関係だと思いますから。
エシュコル
修道院には。。。
http://hswofach-wtl.jugem.jp/
もう入られているのでしょうか?

お互いキリストを信じる、信頼する者として、お話出来ると良いですね。

たまにシスターを見掛けますが、時折りヨーロッパのシスター(聖人)の信仰を想い起こす事があります。実に素朴であり純粋であり、むしろ私達プロテスタントよりも清い想いを抱いている様にも思える感じがします。だから逆にサタンに簡単に騙され易いかもしれない。。。

連絡出来るのなら、してみては如何でしょう。
石ころ
イチゴさんへ
コメント感謝します。
あの頃、私は彼女の祈りの中に居たのだと思います。
私は何も知らずに、彼女を試したり、揺さぶったりしていたのです。

それから、何十年もして私はイエスさまにたどり着きました。
今、私が彼女のために祈る時なのでしょうね。

会いたいけれど、それはこの世でではないのかもしれません・・。
でも、御国で会えたらもっと嬉しいことです。
イチゴ
主を崇めます 主を礼拝します
「そうして心からイエスさまのことを・・」
このような想いを持たされたのであれば それは主がされたこと 主が想いを起させるということ自体が 大切な必要な信仰の要素です
「想いが起された時 即実行に移すこと」よりも 「想いが無い時 行動の衝動を抑えること」の方が苦しい

「それが彼女が積み上げたものを壊すことになるとしても・・」
こちらは 霊が助けてくれますし 責任は神がとってくださるので 安心です しかし過程では お互いに痛みが伴うから この痛みを負う時に 辛いですよね 相変わらず 私は「痛い 苦しい」と弱音を振りまいてます それでも少しずつ強くなっていくから 神の方法に文句の付け様がありません

いのちは 十字架の死の裏側に 紙の裏表のようにくっ付いていると感じます 表から裏へ捲れて変わったときの その紙の大きさ美しさを味わうことを繰り返す 繰り返すための日々です
目が覚めてしまって早朝から まとまりのない文章で申し訳ありません
コメント書かせて頂いて 感謝します

お友達にお会いできたらいいなあ と思います 
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