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里城(2024年5月25日)

2024-06-01 11:45:09 | 日記

里城

長崎県平戸市田平町里免にある里城に行ってきました(2024年5月25日)。

最寄駅はたびら平戸口駅で、駅から歩いて15分ほどです。ちようど里城に行く途中に籠手田城がありますので、セットで行かれることをお勧めします。

Googleマップで表示されるのは、本丸跡で説明板が建っているところになります。そこをそのまま真っすぐ進んでゆくとカーブミラーのあるあたりの左側に本丸跡東側の空堀があり、そこから左折して城跡を一周するのがお勧めです。最初は位置関係が分からずに本丸跡周辺をウロチョロしてました。

空堀のところを左折してしばらくするとお墓があって、その角に本丸跡北東隅の石垣があります。あとは、その石垣に沿って歩いてゆくと本丸跡の虎口にたどり着きます。その後も石垣沿いに歩いて行くと、無事に一周することが出来ます。

「長崎県中近世城館跡分布調査報告書」によると、松浦党の峰氏が城主とされるとのことです。戦国時代の城主としては峰昌が知られているとのことです。

里城の位置(本丸跡で説明板の建っているところ)

本丸跡

説明板

本丸跡東側の空堀

本丸跡の北東隅の石垣

本丸跡の北東側の石垣

本丸跡の虎口(北側中央)

本丸よりさらに北側の石垣

畑越しに見る本丸跡西側の石垣

本丸跡西側の石垣


籠手田城(2024年5月25日)

2024-05-30 23:57:47 | 日記

籠手田城

長崎県平戸市田平町山内免にある籠手田城に行ってきました(2024年5月25日)。

最寄駅はたびら平戸口駅で、駅から東の方に歩いて

分ほどです。国道沿いを歩いていくと、角にセブンイレブンがある交差点がありますが、交差点を渡ったところに登城口があります。

国道が出来たため日本城郭大系に掲載されている縄張図からは大きく変わっています。空堀が残っていますが、竹藪化してました。

籠手田城の位置

登城口

空堀(1)

空堀(2)


陣笠城(2024年5月25日)

2024-05-30 06:52:03 | 日記

陣笠城(別名は日の浦城)

長崎県平戸市田平町山内免にある陣笠城(別名は日の浦城)に行ってきました(2024年5月25日)。

最寄駅はたびら平戸口駅で、駅から登城口(駐車場のあるところ)までは歩いて15〜20分ほどです。少しづつ登っていくことになります。日本城郭大系にも記載のある城跡です。

現地の説明板によると、延徳二年から永正年間にかけて行われた田平里城主の峯昌と平戸 松浦弘定の間で行われた平戸田平合戦で、田平方の主陣がここに置かれたとのことです。

陣笠城の位置(左上の城山公園が主郭跡。道を先に進むと駐車場で、そこから5分ほど。)

登城口

説明板

登城口からの眺望(平戸大橋が見えます)

虎口

虎口脇の石垣

主郭(1) 展望台

主郭(2) 忠魂碑

主郭(3)

 


平戸御館(2024年5月24日)

2024-05-28 07:35:17 | 日記

平戸御館

長崎県平戸市鏡川町にある平戸御館に行ってきました(2024年5月24日)。

平戸桟橋のバス停から歩いて5〜6分で、バスの乗り継ぎ待ち時間の間に行くことが出来ました。

日本城郭大系にも記載がありましたが、平戸城が出来上がるまでの間、80年間にわたって松浦氏の居城と藩の政庁が置かれていたところとのことです。

現在では松浦資料博物館になっています。

平戸御館の位置

全景

松浦隆信(道可)の像

石垣

平戸松浦氏発祥之地の碑

鶴ヶ峯邸(松浦資料博物館)(1)

鶴ヶ峯邸(松浦資料博物館)(2)

平戸御館から見た平戸城(1)

平戸御館から見た平戸城(2)


箕坪城(2024年5月24日)

2024-05-27 04:55:43 | 日記

箕坪城

長崎県平戸市主師町城山にある箕坪城(みのつぼじょう)に行ってきました(2024年5月24日)。

最寄のバス停は、箕の坪ダム入口になります。羽田空港から長崎空港まで飛行機。長崎空港から佐世保駅までバス。佐世保駅でバスを乗り換えて平戸桟橋まで。さらに平戸桟橋で生月島方面に向かうバスに乗り換えて生月大橋の少し手前になる箕の坪ダム入口で降ります。バス停で降りたら、進行方向に300メートルほど歩くと右手に登城口が現れます。戻るような形で登ります。

箕坪城は、標高288メートルの城山の山頂になるため、登城口からはひたすら登ることになります。登城口の標高が80メートルほどあるので、登城口を基準とすると比高は200メートルほどになります。

標高248メートルぐらいのところに堀切があり、そこを過ぎるとすぐに大手曲輪にたどり着きます。曲輪としては、大手曲輪、主曲輪、東出曲輪、西出曲輪、水の手曲輪の五つの曲輪から成り立っています。見どころとしては、主郭を囲む石積、水の手曲輪の石積になるかと思います。

この城が作られた時期ですが、15世紀後半と考えられています。

縄張図は長崎県中近世城館跡分布調査報告書に掲載されており参考になります。

箕坪城の位置

登城口

堀切を上から撮影

堀切を堀底から撮影

主郭周辺の石積(1)

主郭周辺の石積(2)

主郭周辺の石積(3)

水の手曲輪の石積(1)

水の手曲輪の石積(2)

水の手曲輪の石積(3)

水の手曲輪の石積(4) 下側から撮影

水の手曲輪の石積(5) 下側から撮影