MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2592 誤解を招かないやり方もあったろうに

2024年06月08日 | 社会・経済

 6月4日、国土交通省は必要な型式指定の申請で不正行為が明らかになったトヨタ自動車(愛知県豊田市)に対する行政処分を行うため、職員による立ち入り検査を実施しました。同省は、併せて不正があったことを報告したホンダ、マツダ、ヤマハ発動機、スズキの各社に対しても、今後、順次検査に入るとしています。

 対象は各社計38車種にのぼるということで、このうちトヨタとマツダ、ヤマハ発は現在生産する6車種の出荷を既に停止しているとされています。

 本件に関しては、検査の前日(6月3日)にトヨタの豊田章男会長が記者会見を行い、「認証制度の根底を揺るがす行為で、自動車メーカーとして絶対にやってはいけない」と述べて陳謝しました。しかしその一方で、豊田会長は「国の認証試験より厳しい条件で行った」「安全性に問題はない」と説明したと伝えられています。

 えっ、どういうこと?厳しく試験したならその方がいいじゃない…と多くの人は思うでしょう。会長の弁によれば「日本国内における認証制度は、主に安全と環境の分野においてルールに沿った測定方法で、定められた基準を達成しているかを確認する制度。認証試験で基準を達成してはじめて車を量産・販売することが可能になるが、今回の問題は、正しい認証プロセスを踏まずに量産・販売してしまった点にある」という話。

 要は、お上の言ったとおりにやってなかったんでお灸をすえられた…ということのようです。豊田会長自身、「そうは言っても不正は不正。みんなで安心安全な交通流を作っていくのに、我々は認証の部分でやっちゃいけないことをやってしまった。そこはしっかり正してまいります」との反省の弁を語ったとされています。

 なんか随分と日本的。いわゆる「お役所仕事」の典型だなと嫌な感じを抱いていたところ、6月5日の総合情報サイト「Newsweek日本版」に在米ジャーナリストの冷泉彰彦氏が「自動車の型式指定申請での不正、海外に誤解を広めるな」と題する一文を寄せていたので、参考までにその概要を小欄に残しておきたいと思います。

 国土交通省が、トヨタ自動車、ホンダ、マツダ、ヤマハ発動機、スズキの5社への行政処分を検討しているとされる、型式指定申請を巡るこの問題。いずれも安全面での性能に問題がないことは各社確認済みということで、販売済のクルマについても回収や再整備を行う計画はないとされており、(国交省もこの方針に異議を唱えていないことから)本当に安全面には影響はないのだろうと、冷泉氏はこの論考に記しています。

 (今回問題視された細かい検査方法の違いは省きますが)つまりは、内容に問題はないが、国土交通省の定めたやり方ではないので違反は違反であるということ。氏によれば、これは「より厳しい条件で試験しているので、安全性は確認できる」ことから、「クルマを回収したり、再整備したりする必要はない」という(ある意味「玉虫色の」)結論だということのようです。

 さて、この問題については、形式主義に傾いた日本の行政が悪いのだから、縮小する国内市場向けに(意味のない)追加コストはかけられない自動車メーカーには一分の理があるだろうと氏は話しています。

 一方、自動車は一歩間違えば人の命に関わる乗り物。乗員を守らなくてはならないだけではなく凶器にもなるため、どんなに形式主義であっても厳密に国内法令を遵守することが大事という考え方も成り立つ。いずれにしても、今回の事件、あるいは官民の対立というのは純粋に日本国内の問題。とにかく販売された車両の安全性には問題はないということであれば、国内、そして国外のユーザーに対し(その点について)不安を拡大する必要はないというのが氏の認識です。

 そこで問題となるのは、この事件が「世界でも日本車の信頼を損ねている」とか、「各国でも報道」という流れだというのが、この論考で氏の指摘するところです。確かに日本での法令違反があったのは事実だが、問題の本質を考えるのであれば、厳しい欧州での基準はクリアしている。実際、事前検査の代わりに厳しい消費者保護行政のあるアメリカでも、対象車種に関して大きな問題は起きていないということです。

 それにもかかわらず、例えば東京発のある外電では、「大規模な不正」とか「幅広いテストの不正」というかなり激しい言葉で報道される状況が生まれている。少なくとも、内容を精査して「50度でいいのにより厳しい65度で衝突させた」とか「ずっと重い台車で試験した」「確実にエアバッグを発火させて保護性能を検査した」「左右入れ替えても同じ条件の場合に入れ替えて衝突検査をした」というようなことを理解していたら、このような報道にはならなかったはずだと氏は言います。

 また、過去の日本の自動車業界の歴史を知っていたら、「官民共同で世界を制覇したはずの日本の自動車業界で、官民が深刻な対立に至った不思議」というような(かなり)切り込んだ内容の記事にすることもできたはず。そのように書けば、今回の事件は純粋に日本ローカルの問題ということは誤解なく伝わったのではないかというのが氏の見解です。

 「大規模な不正」「幅広いテストの不正」と英語で発信すると、場合によってはグローバルなブランドイメージに関する大きな誤解を生む可能性が高いと氏はしています。実際、私も日経新聞で検査の(技術的な)細かい内容を追うまでは、神妙に謝罪する豊田会長の映像に、「また自動車業界の闇が炙り出されたのか」とかなりがっかりした気分させられたのを白状しなければなりません。

 いずれにしても、指導官庁、メーカー、メディアそろって日本的な旧弊が明らかにされた今回の事件。冷静に、しかも分かり易く状況を説明できる人が(各セクターに)もっとたくさんいてもいいはずなのにと、思わず感じたところです。