MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#411 病気はクスリで作られる?

2015年09月23日 | 社会・経済


 半月ほど前の話になりますが、我が家の郵便受けに「うつ病にお悩みの方へ」と書かれた、大手製薬メーカーによるB4サイズのチラシが投函されていました。手にとって眺めてみると、うつ病と診断され首都圏の医療機関に通院(投薬)中の患者に対し、同社が開発した新薬(抗うつ薬)の治験への参加を呼び掛ける内容のものでした。

 その際、何となく違和感があったので手元に置いておいたのですが、改めて取りだして読んでみると、このチラシの根底にある(言い方は悪いかも知れませんが)一般の人々の悩みや苦しみを梃子にして症例を募り、(患者を通じて)医師に新薬の処方を働きかけるという製薬メーカーのストレートなアピールに、やはりある種の驚きを禁じ得ませんでした。

 (巨額を投じて開発された)「よく効く新薬」の存在を前提として、医療の名のもとに「病気」としての治療や投薬が行われているのではないか。ビジネスとしての医療と疾病との関係に着目し、こうした懸念を指摘して話題となった昨年4月の「週刊現代」の特集記事(「病気はクスリで作られる」)の内容を、折角なのでこの機会に改めて整理しておきたいと思います。

 私たちは普通「病気があるからクスリが作られる」と考えます。しかし一方で、「クスリがあるから病気が作られている」という現実があることを、この際しっかりと見据える必要があるのではないかとこの記事は指摘しています。

  積極性や自己主張が前向きに評価されるアメリカでは、「悲しみ」や「落ち込み」といったナイーヴな感情は好ましくないものとされ、すぐに「病気」(うつ病)として診断されてしまうと記事は言います。一方日本では、そうした「負の感情」も、生きてゆく上で避けることのできない、時には必要なものだとさえ考えられてきた。つまり、病気としての「うつ」の基準には、一定程度の文化的な(背景の)違いがあるということです。

 しかし、それでは日本でうつ病の患者数が増えず、市場にならない。そこで製薬会社は「病的なうつ」と「自然な悲しみ」との境界線を操作し、日本を抗うつ薬の「メガ・マーケット」に仕立て上げることにしたと記事は述べています。

 記事は、日本の抗うつ薬市場の急拡大した背景には、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の「パキシル」を開発したグラクソ・スミスクライン社の存在が大きいと指摘しています。

 パキシルは、「うつの特効薬」という触れ込みで2000年に国内販売が開始された新薬でした。ところが、この新薬の発売を契機に(それまでおよそ43万人で横ばいだった)日本のうつ病患者は急激に増大し、3年後の2002年には一気に70万人を突破。さらに3年後の2005年には当初の2倍以上となる92万人に達し、国内における抗うつ剤の売り上げは10年で5倍以上に増えたということです。

 こうした不自然な患者数の増加は実は日本だけで起きている現象ではなく、アメリカ本国、イギリス、北欧、最近では南米や中国でも、(抗うつ薬の発売をきっかけに)患者数が激増している実態があると記事は続けます。

 例えば中国では、2012年の1年間だけで抗うつ薬の売り上げが22・6%も伸びているということです。これまでの例を見れば、中国における抗うつ薬の市場規模が年間1000億円という、(日本を超える)「メガ・マーケット」に育つ日は近いだろうと記事は予測しています。

 それでは、製薬会社は具体的に、どのような戦略で「患者を増やす」のか。

 筑波大学教授で精神科医の斎藤環氏によれば、例えば日本では、前述のSSRI発売時に展開された、「うつは心の風邪」キャンペーンなどが挙げられるということです。「ちょっと調子が悪いなと思ったら、迷わず身近な医師に相談しましよう…」そうしたテレビCMが流れることで、精神科受診の敷居がぐっと下がったと斎藤氏はこの記事で指摘しています。

 さらに氏は、現在問題となっている「新型うつ」についても、その土台を作ったのは製薬会社と精神科医だと説明しています。
 
 少なくともそれまで「病気」ではなかった人にまで「あなたは病気ですよ」と囁きかけ、病院に行かせて(高額な)抗うつ薬をを飲ませる。失恋で落ち込むのも、家族を失った悲しみも、全部「うつ」。何かにすがりたいという傷心につけ込んだ、まさにマッチポンプとしか言いようのないやり口だという厳しい指摘です。

 さらに言えば、こと抗うつ薬に関して言えば、クスリそのものの効果にさえ疑問符が付いているという指摘もされています。

 斎藤氏によれば、そもそもSSRIはなぜ効くのかというメカニズムがはっきりと解明されておらず、プラシーボ(偽薬)と比較した実験でも効果にほぼ差がなかったというデータすら出ているということです。また、治験では6割とされているSSRIによる改善率も、最終的な「寛解率」で見れば3割程度にすぎず、服用した患者の3分の2以上が治っていないという実態も明らかにされているようです。

 一方、SSRIなどの抗うつ薬には、連続服用による効果の低減に加え、思考力の低下、手の震え、攻撃性の亢進といった深刻な副作用も報告されているということです。

 うつ病治療に関する最近の状況を見てみると、2008年から2011年にかけてうつ病の患者数自体は減少傾向にあったにもかかわらず、抗うつ薬の売り上げは大きく伸びている。このデータから読み取れるのは、他でもない患者一人当たりの投与量の累進的増加であり、「クスリ漬け」のうつ病患者が増えていることの証左であると、記事は臨床現場の状況をまとめています。

 さて、厳しい指摘が続きましたが、医療機関も製薬メーカーも決して利益を優先させてきた訳ではなく、いわゆる「不定愁訴」を訴える患者の「病識」に丁寧に向き合い、患者の感じている不調が少しでも快方に向かうよう手段を尽くしていることは十分に理解できます。

 しかしその一方で、過剰医療に伴う医療費の増大や、国民の精神的な不調が社会や経済に与える影響も無視できるものではありません。またそれ以上に、投薬に頼った医療が人々の生活や健康に与える影響を、どこかで正視しなければならないのは言うまでもありません。

 個々人の様々な事情により生活上の不安が増し、生きづらさが身体の不調に繋がる人が増える中で、この記事の指摘が意味するところを、私達はもう一度しっかり考えてみる必要がありそうです。



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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2023-11-17 19:13:21
パルスしたマイクロ波がセロトニンやメラトニンのレベルに影響するそうで、ほかにもマイクロ波を曝露されている方が向精神薬を服用すると、条件によっては相乗効果で副作用が増大する可能性もあるそうです。

Effect of Short term 900 MHz low level electromagnetic radiation exposure on blood serotonin and glutamate levels
血中セロトニンおよびグルタミン酸レベルにおける短期の900MHzの低レベル電磁放射線被曝の影響
Eris AH et al, DOI: 10.4149/BLL_2015_019

Microwave Radiation and Chlordiazepoxide: Synergistic Effects on Fixed-Interval Behavior
マイクロ波放射線とクロルジアゼポキシド:一定間隔の行動における相乗効果
JOHN R. THOMAS et al, DOI: 10.1126/science.424759

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