これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

猪苗代土産

2008年04月28日 23時00分40秒 | エッセイ
 2006年、正月の猪苗代、そこはカキ氷の国だった。
 道路標識が埋まりそうなくらい、高くそびえ立つ白い壁。左右の壁に挟まれて、車1台通るのがやっとの細い道。見上げれば、灰色の雲が飽きることなく氷を削り続けている。まわりの景色は白一色。いちごやメロン、ブルーハワイのシロップをかけたら、さぞかし華やかになるだろう。

「雪遊びしにいかない?」
 実家の新年会で妹が誘ってきた。実は、冬休みなのに小学生の娘をどこにも連れて行っていないという負い目があった。妹の子供たちと一緒に旅行できれば、つまらない冬休みは一転して最高の冬休みとなる。そんな計算があって、久しぶりに猪苗代にやってきた。
 ゲレンデでそり遊びに熱中する子供たち。雪合戦をしようとしても、パウダースノーは玉にならないし、座っていてもお尻が濡れない。東京にはない砂のような雪質に、遠出した価値を感じた。
 ペンションの温泉で温まると、肌がツルツルになった。夕食は豪華なフランス料理。2泊はあっという間に過ぎ、最後の夜はカクテルで乾杯した。仕事で来られなかった夫への、いい土産話になるだろう。
 夜更けに突然目が覚めた。胃がひどくもたれている。
 食べ過ぎた?
 横を向いても、膝を立てても痛みが治まらない。子ヤギたちを平らげてお腹に石を詰められたオオカミも、こんな風に苦しかったのではないか。
 しばらく横になっていたが、とうとう我慢できずにトイレで吐いた。フランス料理が全部出てきた。それでもまだ気持ち悪い。二度、三度と繰り返し、最後には胃液まで戻したというのに、一向によくならなかった。
 浅い眠りの中で、娘の声が聞こえた。
「ママ……ゲーゲー出そう」
 あわてて起きると、娘が青い顔をしてベッドに座っているではないか。同じ症状が現れるのならば、食中毒かもしれない。
 でも、妹一家は何ともないようだ。私と娘が七転八倒している傍らで、ぐっすり眠り込んでいる。明暗分かれるとはこのことだ。きっと蹴飛ばしても起きないだろう。やってみればよかった。
「年末から嘔吐下痢症が流行っているんですよ。大丈夫ですか」
 翌朝、ペンションの奥さんの話で納得した。私と娘はどこかでウイルスを拾ってきたのだろう。氷点下の寒さで生き延びる、雪国のウイルスの強いことといったらない。下痢と吐き気が治まったあとも、船に乗っているように足元がフラフラし、体に力が入らなかった。
 感染力も桁外れだ。義弟は高速を飛ばして私と娘を自宅まで送り届けたあと、具合が悪くなり、自分の家に着くなり力尽きた。同じように吐き気に見舞われ、2,3日仕事を休んだという。車内で私たちから感染したに違いない。妹も体調を崩したが、すでに罹ったことのある姪と甥だけは元気だったという。
 カキ氷の国には、強力な細菌兵器が隠されていたらしい。
 とんだ土産物をもらってしまった。
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戦国シンデレラ

2008年04月28日 22時25分15秒 | エッセイ
『シンデレラ』の王国が平和ではなく、いつ何時他国に攻められるかわからない状況だったら、物語の展開が変わっただろう。
 舞踏会で王子と踊っているシンデレラを見て、警備兵たちはささやきあう。
「おい、あのご令嬢は誰だ」
「知らないな。招待状も持っていなかった」
「怪しいぞ。刺客かもしれん」
 屈強な兵士たちがシンデレラを警戒し始めたとき、12時を知らせる鐘が鳴り響いた。
「逃げたぞ、追え!」
 脱兎のごとく駆け出したシンデレラを追ったのは王子だけではなかった。
 しかし、毎日雑巾がけや水くみなどで鍛えてきたシンデレラは、足が速かった。
「見失ったか……」
 遺留品を手がかりに、不審な女の捜索が始まった。王子が見初めた姫、ゆくゆくは王妃というおふれを出せば、相手は油断するに違いない。警備兵は一軒一軒しらみつぶしに、証拠となる小さなガラスの靴を履ける女を探し出した。
「あの靴が履けたら、お后様になれるがね」
 シンデレラの義姉たちは大いなる勘違いをし、何とかしてお互いを出し抜いてでもガラスの靴を履こうと企んだ。
「この家に年頃の女はいるか」
 ついに、シンデレラの家にも兵隊たちがやってきた。まずは上の義姉から試してみると、ぴったり足が収まった。
「見つかったぞ」
 警備兵の明るい声に焦った下の義姉は、手を伸ばして靴をひったくり、自分にも履けることを証明してみせた。こっそり様子を覗いていたシンデレラは、あの夜の追っ手を思い出し、急いで物置に身を隠した。
「なんで二人もいるんだ?! まあよい、どちらも城に来てもらおうじゃないか」
 兵隊たちは、他に娘がいないことを確認して出て行った。
 城では王子が仰天していた。あの夜、一緒に踊ったおぼえのない娘が二人も現れ、一人は足の指を全部切り落とし、もう一人は踵を削ぎとって血まみれになっている。
「靴が履けりゃあ、お后様だと思ったんじゃが……」
 義姉たちは厳しい取調べに驚き、必死で申し開きをした。
 王子は、痛みをものともしない女たちの図々しさに心を動かされた。
「あっぱれじゃ! 我を通すためとはいえ、女だてらに身を削るとは!」
 義姉たちは、后にはなれなかったが兵として城に迎え入れられ、たくさんの手柄を立てたという。

 『初版グリム童話』は衝撃的だったが、とりわけシンデレラの義姉たちは只者ではないと感動した。自分の望みを叶えるためには指や踵を失っても惜しくないと考える潔さ、たくましさ、恥知らずなまでの行動力には頭が下がる。なぜ王子は彼女たちを選ばなかったのか。おっとりしたシンデレラよりも魅力的だと感じるのは私だけだろうか。
 乱世こそが彼女たちのフェロモンを倍増する場所なのだ。
 全身に返り血と戦火の灰を浴びて、全く新しい灰かぶり姫~シンデレラ~が誕生するだろう。
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不気味な隣人

2008年04月26日 20時37分07秒 | エッセイ
 2003年が明けて間もない土曜日のこと、ゴミを出しに表に出ると、30代とおぼしき男性が近寄ってきた。
「あのう、坂巻さんのお宅はどちらですか?」
 近くに電気屋の軽トラックがあるところを見ると、新年早々修理か配達なのだろう。聞いたことのない家だったので、自宅に帰って義母に聞いてみた。
「ほら……いつも雨戸が閉まっている家よ」
 義母は眉間にシワを寄せ、急に声をひそめて言った。そういえば、目と鼻の先にあるオバケ屋敷のような家を、義母は気味悪がっていたっけ。あれが坂巻邸なのだ。人が住んでいるのに、昼間でも家中の雨戸が閉まっている。庭の草は伸び放題、物干し台や植木鉢はなぎ倒されたままだ。
 間違いなく不気味なこの家が、まさか電気屋を呼ぶとは! ちょっと滑稽に感じられた。
 私は男性に坂巻邸の場所を教え、すぐわかるようにと一言つけ加えた。
「家中の雨戸が閉まっているから、すぐわかりますよ」
 思わず一オクターブ低い声で市原悦子のようなしゃべり方をしてしまったせいか、男性は日焼けした顔をサッと曇らせ「ええっ」と叫んだ。しばし一時停止したあと、思い出したように私に礼を言うと、ノロノロと車を発進させた。
 店に帰ってしまうのではないかしら、と私は思った。
 男性は意外に怖がりの人が多い。私の夫はスポーツマンで大きな図体をしているのに、『呪怨』『リング』といったホラー映画が観られない。なにしろ、CMを見た途端、悲鳴をあげて即座にチャンネルを変えるくらいである。あの男性も同類なのではという気がした。
 坂巻邸の内部はどうなっているのだろう。私は子供のときに探検した幽霊屋敷を思い出した。あの家は大きかったけれども何年もの間無人で、昼間だというのにやけに暗く足音が響くほど静まりかえっていた。姉と姉の友人数人と忍び込んだものの、最初の勢いはどこへやら、奥に進むにつれ今にも何かが出てきそうな雰囲気に全員がビクビクしはじめた。押しくらまんじゅうができそうなくらい体を寄せ合い、リビングルームに入った。床には大きな血痕があった。誰かの悲鳴がきっかけでみんながパニックになり、叫びながら走って逃げ出したことがある。
 某ホラー小説では、保険会社勤務の男が奇妙な家に呼ばれ、首吊り死体と対面する場面があったけれども、あの男性は読んでいないだろう。
 窓から坂巻邸の様子を伺った。相変わらず空き家のように荒れていて、人が住んでいるとは思えない有様だ。30分くらいしてからもう一度見ると、ちょうど2階の雨戸がゆっくりと動き始めたところだった。
 好奇心のおもむくままに坂巻邸を観察する。雨戸を開けたのは、白髪を振り乱しボロボロの和服を着た老婆……ではなく、その辺のスーパーで大根でも買っていそうなおばさんだった。頭に白いものが混じっているところを見ると、50代後半から60代といったところか。洋服に血糊もないし、夜叉のような形相でもなかった。
 おばさんが奥に引っ込むと、先ほどの男性がベランダに現れ、緊張した面持ちでエアコンの室外機を直し始めた。私にとっては退屈な結末になってしまったけれども、男性にとっては一安心といったところだろうか。
 友人にこの話をしたら、思わぬ返事が返ってきた。
「オバケ屋敷なら、ゴミ屋敷よりましよ」
 確かにその通りだ。ゴミ屋敷は悪臭を撒き散らし、ネズミやゴキブリを繁殖させて近所に害を及ぼすが、オバケは他の家にやってこない。
 急に坂巻さんがありがたくなってきた。
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悪い癖

2008年04月26日 15時31分08秒 | エッセイ
 1990年、記念すべき初出勤は、緊張と気負いからずいぶん早い時間に到着した。
 私には、時間にルーズという悪い癖がある。友達と待ち合わせたときや、大学の講義開始の時間などによく遅刻していた。20分、30分といった大幅な遅刻ではなく、ほんの5分前後なのだが、遅れは遅れだ。
 幸か不幸か、誠実そうな顔立ちと言われるので、外見からは遅刻魔に見えない。つき合いの浅い相手に、途中で事故に遭ったのではと心配されたときは心苦しかった。
 でも、仕事では遅刻するわけにいかない。出勤2日目も必死の思いで起床した。しかし、母の一言で気合いが吹き飛んでしまった。
「おじいちゃん、昨夜死んじゃったよ」
 母方の祖父は近所の老人病院に入院しており、母が毎日世話をしていたが、近頃容態が思わしくないと聞いていた。明け方に危篤の連絡が入り、そのまま逝ってしまったという。母は兄弟で一番上なので、悲しむ間もなく葬儀の手配に追われていた。
 私は戸惑った。祖父の死はショックだけれども、仕事を休むことに不安を感じて涙すら出てこない。あまりにもタイミングが悪かった。
「多分明日が通夜になるから、今日は仕事に行ってきなさい」
 そう言われ出かけようとしたのだが、うまく気持ちを切り替えられない。昨日は早く着いたのだから、もう少しのんびりしていても大丈夫だろう、といつもの癖が顔を出してきた。
 結局、職場に着いたのは定時の5分前である。他の職員がそろって着席している中を小走りにすり抜け、そそくさと自分の席に向かった。
「新人は、30分前に来なきゃダメだろう!」
 席の近い初老男性から、厳しい口調で注意を受けた。
「はい、すみません。気をつけます」
 私は素直に頭を下げた。事情を説明しても、その場しのぎの言い訳にしかならない。今までのツケが回ってきたのだ。
 その後、上司に祖父の葬儀の件を相談して、慶弔休暇を取った。あわただしく手続きしていると、例の初老男性がガラリと態度を変えてやってきた。
「先ほどは事情も知りませんで、大変失礼なことを申し上げました……」
 30歳も年下の私に深々と頭を下げるので、かえってこちらの方が恐縮してしまった。
 やがて、私の正体が明らかになってきた。ひと月ほど経つと当初の意気込みはどこへやら、毎日のように5分前出勤となってしまった。遅刻しているわけではないが、新人であるだけに堂々と登場することもはばかられる。
 あの男性は、二度と私に説教をしなかったけれども、大きな目でジロリと睨みつけてきた。
 謝って損した、と言っているようだった。
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