MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

「雨男」に合わない大臣ポストについて

2019-10-31 00:56:50 | Weblog

(2019年10月30日付毎日新聞朝刊)
 
 東スポに拠るならば、28日に都内で開いた政治資金パーティーで河野太郎防衛相は「きょうは大勢の皆さまに、このようにお集まりいただきまして本当にありがとうございます」とあいさつし、「予算が限られた中で、これから日本の防衛をどのようにやっていくのか。それが大きな課題になっている」と防衛について熱く語った後に「よく地元で雨男と言われました。私はよく地元で雨男と言われた。私が防衛大臣になってから、すでに台風が3つ」と話したところで会場から笑いが起こり、続けて「そのたびに災害派遣。自衛隊の隊員が出てくれております」と、災害派遣の意義と隊員の処遇改善を強調したらしい。
 河野の発言を真面目に捉えるならば、河野は何故防衛大臣を辞任しないのか理解できない。河野は自身が「雨男」であるという認識を持ち、実際に台風が3つも来て、日本に多大な被害をもたらし、そのたびに災害派遣で自衛隊の隊員を煩わせているという自覚があるのならば、河野は即刻大臣を辞任するべきなのである。
 それともそんなことはあろうはずがないのだが万が一、仮に河野が冗談をかましたとするならば、それは軽率という誹りを免れないと思う。河野の発言に関して千葉市の熊谷俊人市長がツイッターで「被災地の首長として全く気になりません」とし、「報道機関は『問題視される可能性もある』等の世論誘導的な文末の悪癖を直した方が良いと思います」とも訴えているようである。日本の報道機関に「世論誘導的な文末の悪癖」があることは確かだが今回の件に関して具体的な指摘が無いために熊谷が「全く」気にならない理由が分からない故に、それが千葉市民の総意であるかどうかも疑わしい。しかし河野の発言には被災者や自衛隊に対する繊細な心遣いが感じられないことは間違いないと思う。

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身の丈に合わない大臣ポストについて

2019-10-30 00:47:12 | Weblog

(2019年10月28日付毎日新聞朝刊)
 
 萩生田光一文部科学相が24日夜のBSフジ「プライムニュース」で語った内容が毎日新聞で具体的に記されているので引用してみたい。
 
 司会者が「お金や地理的に恵まれた生徒が有利になるのではないか」と指摘したのに対し、「それを言ったら『あいつ、予備校通っていてずるいよな』と言うのと同じだ。裕福な家庭の子が回数を受けてウォーミングアップできるようなことはあるかもしれないが、そこは身の丈に合わせて2回を選んで勝負してもらえれば」と語った。さらに『できるだけ近くに会場を作れるように業者や団体にお願いしてはいるが、人生のうち自分の志で1回や2回は故郷から出て試験を受ける、そういう緊張感も大事』などと述べた。
 
 発言の真意を訊かれた萩生田は「どのような環境下の受験生も、自分の力を最大限発揮できるよう、自分の都合に合わせて(2回まで受けられる民間試験を)全力で頑張ってもらいたいとの思い」だったと説明したうえで「説明不足な発言であり、改めておわびしたい」と述べているのだが、前提として「あいつ、予備校通っていてずるいよな」という発言は存在しない。大抵の受験生は予備校に通っており、例え金銭面で通えない受験生でさえ矜恃としてこのような不平不満は口にしない。しかしそのように不利を強いられる受験生に対して「人生のうち自分の志で1回や2回は故郷から出て試験を受ける、そういう緊張感も大事」と文部科学相が口にするのは自分の仕事を棚に上げて民間業者に任せてしまう無責任な発言でしかない。

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社会を美しくする方法について

2019-10-29 00:21:42 | 美術


(2019年10月25日付毎日新聞夕刊)

 2019年10月25日付毎日新聞夕刊の「『表現の不自由展・その後』物議の実態は」という江畑佳明記者の記事は「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の「その後」の良質なレポートだと思う。
 実際に展示室に入った記者は「平和の少女像」に触れて銅像ではなく樹脂で出来ていることを確認し、勝手な解釈と断りながら「戦争や性暴力の被害について考えて欲しい」という作家の思いが伝わってきたと記している。
 あるいは昭和天皇の顔が描かれた紙が燃える場面で始まる、美術家の大浦信行の映像作品「遠近を抱えて PartⅡ」を観て記者は「終盤、紙が全て燃え、燃えかすが靴でかき消される。批判の多くは、おそらくこの場面を指して『天皇陛下の写真を燃やして踏みつける』と訴えているのだろう。だが記者には、残り火が燃え広がらないようにしているようにも受け取れた。たばこの火を足で消すような『踏みつける』動作には見えなかったからだ。」と感想を記している。
 要するにこれらの作品は美術館にある限り「筆致」が問われているのであって、政治が問われているのではない。作品を批判する人々は単に自分勝手に捉えた「イメージ」だけで批判しているだけで、作品そのものを語り損ねており、そのようにひとつの物事を丁寧に議論できない社会の未来にはファシズムしかあり得ないと思うのである。
 今回の騒動を見ているとやはり19世紀後半の印象派作品のぞんざいな扱われ方を想起させる。もしもあの時、印象派の作品を人類が捉え損ねて全ての作品を失っていたら、今の私たちが暮す社会がこれほど美しく楽しいものになっていただろうか。


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『108~海馬五郎の復讐と冒険~』

2019-10-28 00:56:15 | goo映画レビュー

原題:『108~海馬五郎の復讐と冒険~』
監督:松尾スズキ
脚本:松尾スズキ
撮影:山崎裕典
出演:松尾スズキ/中山美穂/大東駿介/土居志央梨/栗原類/LiLiCo/坂井真紀/秋山菜津子
2019年/日本

妻に対する復讐の「適当さ」について

 主人公で脚本家の海馬五郎は元女優で妻の綾子がダンサーのドクタースネークとの仲睦まじい写真をフェイスブックに投稿していることを親しくしている若手女優の赤井美月に教えられ激怒し離婚を決意するものの、財産分与で資産の半分にあたる1000万円を支払わなければならず、それならば離婚するまでの一ヵ月間で使ってしまおうと思い立ち、フェイスブックの投稿についた「いいね!」の数である108人の女を抱く野望を抱く。
 詳細は敢えて書かないが膣痙攣やバイアグラなどの下ネタは満遍なく網羅されており、R-18ではあるが欲情させるような演出ではないために観賞する目的を間違えると観賞料金を無駄にしてしまうと思う。
 しかしストーリーに関して納得できない点がある。海馬五郎は最初に15万円で高級娼婦のあずさを買ってから26人目の赤井美月までは正確に数えていたのであるが、その後は時間も体力も無いということでホストの聖矢などを交えて乱交パーティーで58人まで抱いたことにして、その後は聖矢の案内で船で「女島」に渡り残りの50人を抱くという計画を立てる。
 しかしこれはどう考えても復讐として納得できるものではない。海馬五郎の本気が感じられないからである。射精までを一回と考えるから無理が生じるのであって、数回の「出し入れ」を一回と捉えれば108人の女は容易に抱けるはずなのである。もっともこのような「思い至らなさ」が夫婦間の不和を生み出したのかもしれない。
 ラストが何故か村上春樹の『ノルウェイの森』のラストに似ているのは、妻に対する憎悪が却って自分を活き活きとさせてしまう男としての自分の立ち位置がいまだに理解できないということなのだろうか。


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『ボーダー 二つの世界』

2019-10-27 00:50:48 | goo映画レビュー

原題:『Gräns』 英題:『Border』
監督:アリ・アッバシ
脚本:アリ・アッバシ/イサベラ・エクルーフ/ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
撮影:ナディム・カールセン
出演:エヴァ・メランデル/エーロ・ミロノフ/ステーン・ユングレン/ヨルゲン・トーソン
2018年/スウェーデン

ポップにならない北欧神話について

 主人公でスウェーデンの停泊地の税関職員として務めているティーナは「嗅覚」で不正なものの持ち込みを防ぐ特殊な能力で100%嗅ぎ当て、職員たちから一目置かれているのだが、そもそもティーナは自然界に住み、人間に敵対する超自然的な「トロール(Troll)」と呼ばれる怪物なのである。しかし本人はそのことに気がついておらず、世界中の虫を採集している旅行者のヴォーレとたまたま遭遇したことで自分の出自を知ることになる。
 高齢者福祉施設で暮らすティーナの父親は事実を知っていたが、本人には知らせないままで、ティーナは自分の容姿や身体の仕組みに違和感を持ちながらドッグトレイナーのローランドと森の奥で暮らしているのだが、当然のことながらローランドと性交渉は無い。
 ティーナは再び再会したヴォーレを自分の家の離れのゲストハウスに住まわせ、ローランドが留守の時に初めて性交渉をするのだが、それは高揚したティーナの股間に男根が生えたからである。しかし人間に育てられたティーナに反して、ヴォーレは人間に対して怨みを持っており、復讐しようと自ら不受精のまま産んだ寿命が短いトロールの子供を使って児童ポルノの犯罪に加担していた。ティーナの知人の夫婦もヴォーレの「取り替え子(Changeling)」の被害に遭い、ティーナはスウェーデンから出国するフェリーに乗っていたヴォーレを掴まえようとするのだが、ヴォーレは手錠をかけられたまま海に飛び込んでしまう。
 数ヵ月後、ティーナの元にフィンランドから小包が届けられ、中には赤ん坊が入っていたのであるが、それはおそらくティーナとヴォーレの間の子供であろう。かつての宿敵によって母親にしてもらったのである。
 人間とトロール、スウェーデン国内と国外、男性と女性、仲間と敵、正義と悪など様々な「ボーダー」を組み込み、その「侵食」を描いた本作がハリウッドで制作されたならば、DCコミックス、あるいはマーベル・コミックのようなものになるのだろうが、北欧で制作された本作はそのポップな要素が抜き取られたために生々しく、R‐18指定になっているところが興味深い。


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『ヘルボーイ』(2019年)

2019-10-26 00:28:01 | goo映画レビュー

原題:『Hellboy』
監督:ニール・マーシャル
脚本:アンドリュー・コスビー/マイク・ミニョーラ
撮影:ロレンツォ・セナトーレ
出演:デヴィッド・ハーバー/ミラ・ジョヴォヴィッチ/イアン・マクシェーン/サッシャ・レイン
2019年/アメリカ

全く違う世界観が重なることによる「齟齬」について

 主人公のヘルボーイの物語はアメリカでは興行的に大失敗しているようなのだが、ストーリーに問題があるのは何となくわかる。
 例えば、作品の冒頭の現代のパートにおいてヘルボーイは行方不明になった同僚のエステバン・ルイスを探しているうちにメキシコのプロレスの会場までたどり着くものの、ルイスは既に吸血鬼に変身させられているのだが、ヘルボーイは執拗にルイスを助けようと試みる。あるいはヴィヴィアン・ニムエに魔法をかけられて死にかけている同僚のアリス・モナハンに対しても必死になって助けようとするのである。
 アーサー王の血を引くヘルボーイの生い立ちによるストーリーの規模と、養父のトレヴァー・ブルーム・ブルッテンホルム教授を含むヘルボーイの「少年ジャンプ的」純粋さが上手くマッチしていないように感じられるとしても、個人的にはこのような2つの全く違う世界観が重なることによる「齟齬」が本作の面白みではあると思うのである。


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『アナベル 死霊博物館』

2019-10-25 00:56:23 | goo映画レビュー

原題:『Annabelle Comes Home』
監督:ゲイリー・ドーベルマン
脚本:ゲイリー・ドーベルマン
撮影:マイケル・バージェス
出演:マッケナ・グレイス/マディソン・アイズマン/ケイティ・サリフ/パトリック・ウィルソン
2019年/アメリカ

「光学的」な悪魔祓いについて

 3人の美少女たちに災難が訪れるというホラー映画の典型ではあるが、なかなか凝った作りではある。例えば、主人公のジュディ・ウォーレンの家に泊まることになったダニエラ・リオスが向かうテレビには少し前の自分が映っており、それはダニエラの未来を映しているのであるが、これはテレビシリーズ『ゴースト・ストーリー』の一篇「私たちが置き去りにする死体(The Dead We Leave Behind)」(ポール・スタンリー監督 1972年)から想を得ており、その他にも光を当てると幽霊が消えたり、憑依されたダニエラがジュディの父親のエドが撮影していた悪魔祓いの儀式の映像を浴びることで動きが止まるなど、「光学的」な演出が秀逸だと思う。


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『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』

2019-10-24 00:23:48 | goo映画レビュー

原題:『The Hummingbird Project』
監督:キム・グエン
脚本:キム・グエン
撮影:ニコラ・ボルデュク
出演:ジェシー・アイゼンバーグ/アレクサンダー・スカルスガルド/サルマ・ハエック/マイケル・マンド
2018年/カナダ・ベルギー

「ドリル」を巡る暗喩について

 最初、株取引の時間を従来よりも0.001秒縮めることに何の意味があるのかと思っていたら、株の高頻度取引というものは人間ではなくコンピューターが自動的に行なうものだと知って納得した次第である。
 今では問題になっている高頻度取引なのだが、本作の舞台になっている2011年頃は全盛期で、アントン・ザレスキの高度なプログラム能力を買った従兄のヴィンセント・ザレスキは光ファイバーの敷設に関する土地売買や施工業者の交渉役を請け負い、カンザス州にあるデータセンターとニューヨーク証券取引所の間に一直線に光ファイバーを通す大胆な計画を実行する。
 しかしただストーリーをなぞっただけでは本作の面白さは分からない。ここでは地下に穴を開ける「ドリル」に注目するべきであろう。当初は順調に土地買収が上手くいき、ドリルで地下30メートルに穴をあけられていたのだが、途中から絶対に神から授かった土地を売らないという男が現れ、さらに固い岩盤でドリルの先端が破損する事故が起こるのであるが、それはヴィンセントが末期の胃がんを患いながらプロジェクトを離脱することはできず、治療を先延ばしした結果、ヴィンセントの「先端」から血尿を出すということがプロジェクトの失敗の暗喩として描かれているからである。
 だからといってライバルのエヴァ・トレスが社長を務める株取引会社が建てた塔が勝利を掴むわけではなく、テニスボールや月や雨粒などの「丸」の出現により「棒」は完全に否定されるのである。


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『魂のゆくえ』

2019-10-23 00:34:06 | goo映画レビュー

原題:『First Reformed』
監督:ポール・シュレイダー
脚本:ポール・シュレイダー
撮影:アレクサンダー・ダイナン
出演:イーサン・ホーク/アマンダ・サイフリッド/セドリック・カイルズ/ヴィクトリア・ヒル
2017年/アメリカ

痛快娯楽作にならない主人公の老いについて

 主人公のエルンスト・トラー牧師はトーマス・マートン(Thomas Merton)を信奉しており、ニューヨーク州北部にある「ファースト・リフォームド」と呼ばれる小さな教会に務めている。その教会は設立250周年を祝う祝典の準備をしているくらい歴史のある教会なのだが、トラーの仕事はわずかな信者たちに対する典礼儀式と観光客に対するガイド役くらいで、教会の維持費などは「アバンダント・ライフ教会」と呼ばれる大きな教会に頼らざるを得ないのである。
 ある日、メアリー・メンサナがトラーを訪ねてきて、彼女の夫であるマイケルが極端な環境保護論者で将来に絶望しているために妊娠しているメアリーに中絶を勧めていることを打ち明け、トラーはマイケルの説得を試みた。さらにマイケルが爆弾や銃を所持していることを知ったのだが、その矢先にマイケルはショットガンで自殺してしまうのである。
 その後、トラーは環境汚染の原因を作っている「バルク」と呼ばれる大企業の経営者であるエドワード・バルクが「アバンダント・ライフ教会」に献金していることを知り、自身が胃がんで余命いくばくもないことも分かったことで、マイケルが作っていた爆弾が付いたベストを着て祝典に臨もうとしていたのだが、そこにメアリーが来ていることを知ったトラーは自身がマイケルと同じ過ちを犯そうとしていたことを思い知り、ベストを脱いで有刺鉄線を体に巻くのである。
 本来ならば『タクシードライバー』(マーティン・スコセッシ監督 1976年)の主人公であるトラヴィス・ビックルのように、トラーが自爆すれば娯楽映画として痛快だったはずなのだが、「若気の至り」を演じられるほどもはやトラーは、そしてポール・シュレイダーも若くはないのである。
 余談であるが、トラーの刺身の食べ方が気になった。醤油のつけすぎだし、箸置きもなかった。


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『ハイ・ライフ』

2019-10-22 22:41:56 | goo映画レビュー

原題:『High Life』
監督:クレール・ドゥニ
脚本:クレール・ドゥニ/ジャン=ポール・ファルジョー
撮影:ヨリック・ル・ソー
出演:ロバート・パティンソン/ジュリエット・ビノシュ/ミア・ゴス/ジェシー・ロス
2018年/フランス・ドイツ・イギリス・ポーランド・アメリカ

処理しきれない「愛」の問題について

 『アド・アストラ』(ジェームズ・グレイ監督 2019年)を難解なSF作品と捉えている観客たちには本作のストーリーは全く意味がわからないであろうが、幸か不幸か本作は単館上映だったためにそのような文句を言われずに済んでいる。
 粗筋を書き記しておくならば、死刑や終身刑が言い渡された9人の重犯罪人たちが極刑の免除の代わりに、宇宙船7号に乗ってブラックホールからエネルギーを抽出するミッションに参加する。船内には地球と同じ環境が整えられており、地球から絶えず映像が送られてくるのだが、乗務員同士の性交は禁じられており、彼らは「ファック・ボックス(The Fuckbox)」の中で性処理をしなければならなかった。
 ところが夫と子供を殺したことで乗船しているディブス医師は彼らを利用して人工授精を企んでいた。実はディブス医師は家族を殺害した時に、自身も傷つけてしまい子宮を失っていたのである。ディブス医師はクルーたちの睡眠もコントロールできる装置を持っており、吟味の末に眠っている主人公のモンテから精液を抜き取り、自分の卵子と混ぜ合わせた後にボイジーの子宮に注入するのである。その結果、元気な女の子が生まれるものの、子供など望んでいないボイジーにしてみれば、自分の乳房から絶えず溢れる乳にまみれることに我慢できず自殺の一因になってしまう。
 間もなくしてディブス医師も自殺してしまうのは、自分がやりたいことを達成できたからであろう。次々とクルーが亡くなり、最後に残ったモンテが彼の娘であるウィローを育てており、彼女がティーンエイジャーになった頃、2人は宇宙船9号に遭遇するのであるが、船内には犬しかいなかった。ウィローはそのうちの一匹を育てたいとモンテに懇願するのであるが、モンテはそれを許さない。子供の頃にモンテは犬を助けるために友人たちを殺しており、犬がトラブルの元になることが分かっていたからである。
 やがて2人はブラックホールの近辺にたどり着き、「準備はいいか?」とモンテに訊かれたウィローは「いい」と答えるのであるが、これは近親相姦を暗示しており、つまりディブス医師はモンテとウィローによって自分が殺した家族の再生に成功し、心置きなく自殺したはずなのだが、自分に似すぎてしまったウィローの魅力で失敗してしまうという皮肉が描かれているように思うのである。


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