朝日新聞 2024年8月6日付社説
「被爆79年の世界 核リスクの高まりにあらがう」
https://www.asahi.com/articles/DA3S16003807.html?iref=pc_rensai_long_16_article
9,583発。
いつでも使える態勢にあるか、配備できる状態にある「現役核弾頭」が
今年、地球上にこれだけある。
広島、長崎の惨禍から79年。
「世界では核軍拡が進んでいる」。
弾頭数を推計した長崎大学核兵器廃絶研究センターは、警鐘を鳴らす。
老朽化して解体を待つものなどを含む核弾頭の総数は過去10年以上、減り続けている。
だが「現役」は2018年から増加傾向に転じ、300発以上増えたという。
■核軍縮から核軍拡へ
核軍縮に重い責任を負う核保有国が、核戦争のリスクを高める当事者になる。
そんな嘆かわしい現実も広がる。
ウクライナ侵略を続けるロシアのプーチン大統領は
「なぜか西側は、ロシアが決してこれ(核兵器)を使わないと考えている」と挑発する。
突出したペースで核戦力を増強するのが中国だ。
2018年の240発から500発に「現役」を倍増させた。
米国も対抗する。
バイデン政権は2年前、「核の先制不使用」を核政策の指針に盛り込むことを見送った。
米高官は今年6月、「数年内に配備を増やす局面が来るかもしれない」と述べた。
核の運搬手段となるミサイルについては、
歯止め策を欠いたまま核保有各国が開発や配備にしのぎを削る。
相互不信や緊張が高まるほど、ミスや誤算のリスクは増す。
はびこる偽情報、人間が制御しきれない人工知能(AI)の導入が、
不確実性に拍車をかける。
この春、米下院議員がガザ情勢をめぐり
「長崎や広島のようにすべきだ。早く終わらせよう」と、
核使用を促すかのような発言をしたと報じられた。
核兵器は使われてはならない――。
この「理性のふた」が外れかかっているとすればゆゆしき状況だ。
「核戦争のリスクはこの数十年で最高レベル」と国連のグテーレス事務総長はいう。
今こそ世界が共有すべき危機感にほかなるまい。
■ほころぶ「核抑止」
核を持つことで相手国に攻撃を思いとどまらせる。
核保有国と、その傘に守られる国々は、この「核抑止論」で核戦力を正当化してきた。
だがロシアのウクライナ侵攻は、その落とし穴もあぶりだした。
プーチン政権は国際社会を威圧し、違法な侵略を止めさせないための「道具」として、
核を利用した。
核不拡散条約(NPT)が米ロ英仏中5カ国のみに核保有を認めたのは、
それ以上の拡散を防ぐとともに、核軍縮への取り組みを定めているためだ。
しかし、その義務は果たされていない。
保有国の誠意と理性を前提にしたNPT体制が、根本的な欠陥を抱えているのは明らかだ。
ひとたび核が使われれば、人類の生存そのものが脅かされる。
3年前に発効した核兵器禁止条約は、そんな危機意識から生まれた。
「国家の安全保障」から、「人類の安全保障」へ。
軍事・安保にとらわれず、社会、経済、環境、人権など
多角的な観点から核問題をとらえ直す発想と実践が、今ほど求められている時はない。
安保環境が厳しさを増す中でいくら核兵器の禁止を唱えても、
実効性はあるのか、といぶかる声がある。
だが、これまで核禁条約に署名した国・地域は国連加盟国の約半数に及ぶ。
近年、国際社会で存在感を増す新興・途上国が多く名を連ねる。
NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」国際運営委員の川崎哲さんは
「NPTへの信頼が崩れる中で、核禁条約は核兵器を許さない法的根拠となっている」と語る。
いま必要なのは、危機への歯止めを強くすることだ。
加盟国や市民社会の声で核禁条約参加を各国に促し、
ほころびが目立つNPT体制を補完していくべきだろう。
■被爆国としての責任
「核兵器のない世界」を掲げる岸田政権は昨年、主要7カ国(G7)サミットを広島で開催した。
だが、目立った成果は見えない。
それどころか「核の傘」を含む米国の戦力による「拡大抑止」強化を打ち出した。
アジアの核軍拡競争を加速させかねない対応だ。
今、日本がなすべきは、保有国に核の惨禍を説き、軍縮を促す外交だ。
核実験などによる被害者の援助や、汚染された環境の修復も、
核禁条約の重要な使命だ。
知見がある日本の貢献が期待されている。
最低限でもオブザーバー参加し、唯一の戦争被爆国としての責任を果たしてもらいたい。
今年は米国の水爆実験で日本漁船も被曝(ひばく)した「ビキニ事件」から70年。
なおも続く核被害に注目が集まった。
日本の若い世代も世界の反核運動と連帯を広げる。
4月に発足した「核兵器をなくす日本キャンペーン」事務局の浅野英男さん(27)は話す。
「私たちはいかなる未来を作りたいのか。
そのためにどんな選択をするのかが問われている」。
その答えを世代が連携して追求したい。
「被爆79年の世界 核リスクの高まりにあらがう」
https://www.asahi.com/articles/DA3S16003807.html?iref=pc_rensai_long_16_article
9,583発。
いつでも使える態勢にあるか、配備できる状態にある「現役核弾頭」が
今年、地球上にこれだけある。
広島、長崎の惨禍から79年。
「世界では核軍拡が進んでいる」。
弾頭数を推計した長崎大学核兵器廃絶研究センターは、警鐘を鳴らす。
老朽化して解体を待つものなどを含む核弾頭の総数は過去10年以上、減り続けている。
だが「現役」は2018年から増加傾向に転じ、300発以上増えたという。
■核軍縮から核軍拡へ
核軍縮に重い責任を負う核保有国が、核戦争のリスクを高める当事者になる。
そんな嘆かわしい現実も広がる。
ウクライナ侵略を続けるロシアのプーチン大統領は
「なぜか西側は、ロシアが決してこれ(核兵器)を使わないと考えている」と挑発する。
突出したペースで核戦力を増強するのが中国だ。
2018年の240発から500発に「現役」を倍増させた。
米国も対抗する。
バイデン政権は2年前、「核の先制不使用」を核政策の指針に盛り込むことを見送った。
米高官は今年6月、「数年内に配備を増やす局面が来るかもしれない」と述べた。
核の運搬手段となるミサイルについては、
歯止め策を欠いたまま核保有各国が開発や配備にしのぎを削る。
相互不信や緊張が高まるほど、ミスや誤算のリスクは増す。
はびこる偽情報、人間が制御しきれない人工知能(AI)の導入が、
不確実性に拍車をかける。
この春、米下院議員がガザ情勢をめぐり
「長崎や広島のようにすべきだ。早く終わらせよう」と、
核使用を促すかのような発言をしたと報じられた。
核兵器は使われてはならない――。
この「理性のふた」が外れかかっているとすればゆゆしき状況だ。
「核戦争のリスクはこの数十年で最高レベル」と国連のグテーレス事務総長はいう。
今こそ世界が共有すべき危機感にほかなるまい。
■ほころぶ「核抑止」
核を持つことで相手国に攻撃を思いとどまらせる。
核保有国と、その傘に守られる国々は、この「核抑止論」で核戦力を正当化してきた。
だがロシアのウクライナ侵攻は、その落とし穴もあぶりだした。
プーチン政権は国際社会を威圧し、違法な侵略を止めさせないための「道具」として、
核を利用した。
核不拡散条約(NPT)が米ロ英仏中5カ国のみに核保有を認めたのは、
それ以上の拡散を防ぐとともに、核軍縮への取り組みを定めているためだ。
しかし、その義務は果たされていない。
保有国の誠意と理性を前提にしたNPT体制が、根本的な欠陥を抱えているのは明らかだ。
ひとたび核が使われれば、人類の生存そのものが脅かされる。
3年前に発効した核兵器禁止条約は、そんな危機意識から生まれた。
「国家の安全保障」から、「人類の安全保障」へ。
軍事・安保にとらわれず、社会、経済、環境、人権など
多角的な観点から核問題をとらえ直す発想と実践が、今ほど求められている時はない。
安保環境が厳しさを増す中でいくら核兵器の禁止を唱えても、
実効性はあるのか、といぶかる声がある。
だが、これまで核禁条約に署名した国・地域は国連加盟国の約半数に及ぶ。
近年、国際社会で存在感を増す新興・途上国が多く名を連ねる。
NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」国際運営委員の川崎哲さんは
「NPTへの信頼が崩れる中で、核禁条約は核兵器を許さない法的根拠となっている」と語る。
いま必要なのは、危機への歯止めを強くすることだ。
加盟国や市民社会の声で核禁条約参加を各国に促し、
ほころびが目立つNPT体制を補完していくべきだろう。
■被爆国としての責任
「核兵器のない世界」を掲げる岸田政権は昨年、主要7カ国(G7)サミットを広島で開催した。
だが、目立った成果は見えない。
それどころか「核の傘」を含む米国の戦力による「拡大抑止」強化を打ち出した。
アジアの核軍拡競争を加速させかねない対応だ。
今、日本がなすべきは、保有国に核の惨禍を説き、軍縮を促す外交だ。
核実験などによる被害者の援助や、汚染された環境の修復も、
核禁条約の重要な使命だ。
知見がある日本の貢献が期待されている。
最低限でもオブザーバー参加し、唯一の戦争被爆国としての責任を果たしてもらいたい。
今年は米国の水爆実験で日本漁船も被曝(ひばく)した「ビキニ事件」から70年。
なおも続く核被害に注目が集まった。
日本の若い世代も世界の反核運動と連帯を広げる。
4月に発足した「核兵器をなくす日本キャンペーン」事務局の浅野英男さん(27)は話す。
「私たちはいかなる未来を作りたいのか。
そのためにどんな選択をするのかが問われている」。
その答えを世代が連携して追求したい。