耳の聞こえない【のぶちゃん】

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ドラマの様な話

2023-02-28 15:33:34 | 日記


一年前の今頃、妹が突然電話をかけてきた。

家を出てからあまり交流がなかったので少し驚いた。

「病院に行って検査をしたら、家族を呼べって言われたから来て。両親には内緒で」

嫌な話だということは簡単に想像できた。

妹は胃癌だった。

初期の段階だが、すぐ手術をしなければいけないということだった。

「お父さんとお母さんに言ったら、びっくりすると思うからお兄ちゃんを呼んだ。迷惑かけてゴメン」

親父は二ヶ月前に胃潰瘍を患っている。

お袋は神経が細かいので、こういった話には耐えられないだろう。

だから妹は俺を呼んだのだと言う。

妹は少し優秀なプログラマーで、手術の費用などは心配するなと笑っていた。

高額医療保障制度もあるし、大丈夫。

でも、お父さんとお母さんにだけは内緒にしておいて。

手術が終わったら言うから。

迷惑かけてゴメンね。 迷惑かけてゴメンね、

と、何回も繰り返す妹に、俺は「迷惑じゃないよ」としか言えなかった。

医者に話を聞いたら、本当は初期じゃなかった。

だいぶ進行していて既に末期だという。

手術中に死ぬかもしれないとも言われた。

手術しても助からないかもしれないとも言われた。

俺は両親に言ってしまった。

親父は絶句して、お袋は精神的なショックで一時的に左耳が聴こえなくなった。

でも、二人ともすぐに入院した妹に会いに行った。

妹が俺を責めた。

「何で言ったの。言わないでって言ったじゃない」

俺は「ゴメン」しか言えなかった。

死ぬかもしれない妹に、とにかく両親を会わせてやりたかった。

でも本当は、妹の死を一人で背負う事が辛かったんだと思う。

俺は弱い卑怯者だと思う。

手術の日、手術室に移される前に、妹が俺に言った。

「迷惑かけてゴメンね」

俺はやっぱり、「迷惑じゃないよ」としか言えなかった。

手術は腹を開いただけだった。

検査で分かっていたが、手術をしても無駄なほど癌が進行していた。

それから二ヵ月後、妹は死んだ。

27歳だった。

死ぬまで、俺は毎日病院に通った。

仕事の合間にも顔を出した。

周囲にはいい兄貴に見えたと思う。

そんなに仲がいい兄妹じゃなかったと思うが、それでも毎日病院に通った。

妹は何度も、「迷惑かけてゴメンね」と謝った。

意識がなくなる二日前、俺に

「お父さんとお母さんに教えたって、責めてゴメンね。  迷惑かけてゴメンね」

と言った。

俺は「迷惑じゃないよ」としか言えなくて、自分が死にたくなった。

もうすぐ妹の命日だが、今でも後悔している事がたくさんある。

もっと気の利いたことを言ってやりたかった。

調べればもっといい病院があったかもしれない。探してやりたかった。

今まで全然甘えなかった妹が最後に俺を頼ったのに、俺は何もしてやれなかった。

27年間、もしやり直せるんだったら、俺はもっと強くていい兄貴になりたい。

でもそれはできない。

立ち直るまでまだもう少し時間がかかりそうだが(一年も経ってまだ立ち直ってないのかと自分でも思うが)、

妹の分までしっかり生きていってやろうと思ってる。

もっと強くていい兄貴になって、天国の妹が自慢に思ってくれるような人間になりたい。