「歴史の回想」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「歴史の回想・箱館戦争」アマゾン・グーグル。電子書籍紹介。楽天・角川電子書籍・BOOK★WALKER電

2020-04-04 17:00:19 | 温故知新


「歴史の回想・箱館戦争」マゾン電子書籍紹介。角川電子書籍・BOOK★WALKER電
箱館戦争(五稜郭の戦)蝦夷地箱館を中心に道南で戦われた。戊辰戦争の最期の戦いで箱館戦争ともいう。五稜郭の戦と呼ばれるのは旧幕府軍が本拠を置いた五稜郭の攻防戦に因む。旧幕府の海軍副総裁榎本武揚らは東洋一の最新鋭軍艦開陽丸などを擁して。1868年(慶応4)4月の江戸城開城後8隻の艦隊で品川沖を脱走。前老中板倉勝静らの旧幕府、フランス軍事教官ブリュネや旧幕兵を加えて兵力1500人を集め、10月に蝦夷地鷲ノ木に到着し、南下して箱根へ向かった。新政府の箱館府知事清水谷公孝は青森に敗走旧幕府軍は、11月には松前藩の福山城を攻撃し、道南を平定した。五稜郭に本営を置き、陸海軍の仕官以上投票によって榎本武揚を総裁に選び、陸軍奉行に大鳥圭介が陸軍奉行並びに土方歳三が就任し、軍事指導に当たった。外見としては共和国制を敷いたが、政権の経済的な基盤は旧来の場所請負制と、強奪的献金にあった。1869年(明治2)2月新政府は黒田清隆らを参謀に大軍で進軍を開始した。前年11月、開陽丸は座礁し沈没しており、榎本軍は海軍の要を失っていた。榎本軍は3月25日岩手県宮古港の新政府軍艦隊に奇襲をかけたが失敗。4月、新政府軍は江刺周辺に上陸し、矢不来の激選を制し、箱館を海陸から総攻撃をした。旧幕府軍の中島三郎助らは徹底交戦して16日に戦死したが、五稜郭で防戦した榎本らは18日に降伏した。この戦争を最後に戊辰戦争は終結した。





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