でも結婚前から、
親の面倒は私達がみる、との決心はついていた。
長男である義兄は、20代の頃に
勤務地である関東から、突然失踪。
詳しくは語られないまま、長い年月が過ぎ
10年ほど前、病気で入院したと
一緒にいる女性から実家に連絡が来て
居場所がわかったらしい。
千葉にいた私たち一家も東京に駆けつけ
その時、私は初めてお義兄さんにお会いした。
以来、両親や叔母たちとの交流はあったらしいが
私は蚊帳の外だった。
義父が亡くなって
お葬式の翌日、義兄はやってきた。
(諸事情で間に合わなかった…)
叔母たちが、つかの間の再会を果たして帰って行き
その夜は、義母と夫と義兄と私だけが家に残った。
夕食後、頃合いを見て私が席を外し
祭壇の前に座っている時、
3人とも泣いていた。
大学を出て公務員になった義兄が、何度となく
「俺みたいな出来の悪い息子が」と口にしたことが
私には不思議でならなかったが
三日間過ごすうちに、なんとなくわかってきた。
結婚した頃、夫の祖母だけは
誰もいない時にお義兄さんの写真を出してきて
「いつも隅っこに隠れてるような、
優しい子供だったんだよ~」と
私に教えてくれたことを思い出す。
人の本質を敏感に酌み取る繊細さを持ち、
それゆえに、人とのコミュニケーションを
うまく取れない部分があるように思える。
そして、時折、言葉を詰まらせて吃ることがある。
元校長の厳格な父と、
小さな田舎の町の教育長を務めた祖父、
ずらっと同居していた小姑たちとの日々で
義母はとんでもない苦労をしてきたらしく、
そんな中、期待に応えられない自分への重圧にも
心が折れたのだとわかった。
義兄は私に何度も感謝してくれたし、
義母と私が母娘のように接する姿を
とても喜んでくれた。
しかしーーー
詳しくは書かないが、様々な事情で
もし今後、ゆくゆく義兄の面倒を
まさか私達がみる?のか??という
考えたくない新たな不安が
私の中で大きくなってしまった。
義兄は、良い人だし
仲良くやって行けると思う。
でも、この家を継ぐのは難しいだろうし
何より義兄自身の今後をあれこれ考えると
その選択は、なくはない。
…ブログがあってよかった。
何が起きても「ネタだ、ネタ!」と
気持ちを前向きに戻すことができる(笑)
なるようにしかならないし、
どう転んだとしても
夫がいてくれるだけで、私は安心。
彼を信じて、支え合って切り抜けていく。
…とりあえず、そんなゴタゴタが
あったというお話。
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