
「鳥の写真」での嗜好が ありがたがられる種名を叫べるだけが全ての集いでは 即スルーで、 関心を向けることもない種類...
そして、 写真は、 階調を表現できる範囲が目視より遥かに狭い事情で、 中間域とは明暗差が大きい黒や白は 質感が再現され難い。
そんな諸々が複合するカラスは、 被写体として 難敵。

木の実か、 小さな“何か”1つだけを持っていくところ。
眼が、 瞼とは別にある 瞬膜【しゅんまく】での“まばたき(瞬き)”で覆われているタイミング。
他種では多い透明なら 閉じている間も視界を妨げる影響は軽い、が、 カラスでは 透明感とは遠い色。
写真でも 結構な頻度で写って、 色が 全身とは対極的で目立つので、 目視でも 他種の多くより気付き易い。
印象では 覆っている時間が長めに感じる...が、 これも、 色が目立つから、なのかもしれない。

カラスは黒い...『だけ』ではなくて、 “輝き”も持っている。
そこを捉える志向は、 彩度が高い色とか特定種をありがたがって殺到する嗜好とは、 写真への根本的な指向から無関係ほど違う。
それで、 自身が鳥写真で優れている証明の知見かのように、 カラスを
『真っ黒にしか写らない』
と語るのが ありがち...でも、 その主語で指すべき先は
『カラスは』
ではなく 「その自身の能力では」の話。
そんな風に、 目視でなら 現に細部が見えているのが、 写真になると 全面べったり均一感の真っ黒にしか写らなかったりする。
それが飛翔の動体だと、 3次元空間での移動だけではない 多要素の条件が速く変化するのも加わる。
写真として諸々の体裁が揃って 階調感もある画は、 いつでも、どこでも、誰にでも...とはいかないところ。
それを狙うのは、 鳥写真に行動するなら持ちたい諸スキルが連動した実践の総合レベルが、 他種よりも 明快にも残酷にも表れる。
そこには、 他種での曖昧な寛容とは違う、 “頭脳も実技も複合するスポーツ”的な 攻略し甲斐や ゲーム性のような感覚もある。
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