◇地表を横走するエゾノタチツボスミレ Viola acuminate について
春先は明るく夏は半日陰となる関東地方の標高1015mの落葉樹林で、研究員Bが変わったタチツボスミレを見つけた(2011年4月17日)。その株は茎生葉が心形で葉の基部が浅い心形、タチツボスミレとは違う印象で雑種の疑いがあり、継続観察(~2015年)をした。その株は前年度の枯れた地上茎の基に枯れかかった小さな心形の根生葉が1枚、心形と長三角形の茎生葉2枚とが観察された。エゾノタチツボスミレについて調べたところ、エゾノタチツボスミレは木化して硬い地下茎から、タチツボスミレよりも太い地下茎が数本直立して出る(浜 1975a)ということで、この株はエゾノタチだろうと思われた。しかし、この株の最大の特徴は開花時期に地表を横走し生長しているのでエゾノタチツボスミレならとても違和感がある。
◇この株の形態の詳細について
葉:、根元近くの葉①は卵形~心形で基部は浅い心形、中間部は卵状心形や三角状卵状心形で基部は浅い心形、地上茎先端の葉②は長三角形で基部は浅い心形、葉の長さは15~30mm、幅15~20mmで基部の葉より先端の葉の方が長くなるが、大きな葉にはならない。表面の縁に白色の短毛がまばらに生えて、葉裏は葉脈に沿って白色の荒い微毛がある。上部③や下部④の托葉は線状で深裂し、短毛は見られない。①~④は同株(開花時)、⑤は別個体(未開花時)。
撮影日:①②2015/04/23 ③④2015/0419 ⑤2015/04/26
花:えき生。蕾は白色、丸い花びら。開花時⑥⑦(同じ株)は淡紫色になる。花冠は径15~23mm。側弁の基部に白色の密毛がある。距の裏側⑧は淡黄緑色で短く、裏側中央に溝(張り合わせたようなすじ)がある。花柱の上部に突起毛がやや密生している。萼片⑨は細長く有毛。萼片の付属体は短く丸くまばらに短毛がある。⑥~⑨は①と同一個体。
撮影日:⑥2015/04/23 ⑦⑧⑨2015/0419
果実:さく果は鋭頭楕円形。1果あたり15個、17個結実、2果を確認できた。⑩のさく果は①と同一株。
撮影日:⑩2015/04/27
◇エゾノタチツボスミレ Viola acuminate
撮影日:⑪⑫⑬⑭⑮⑯ 2015/05/10 ⑪~⑭は同一個体、⑮⑯同一個体
⑪直立して開花する。⑫花柱上部は突起毛有り。⑬距の裏は張り合わせたようなすじ有り。⑭托葉の縁に短毛が見られる。
◇タチツボスミレ Viola grypoceras
撮影日:2015/04/26
◇雑種 エゾノタチツボ×タチツボ(スワタチツボスミレViola ×Akirae Shimazu)の可能性について検討する
・スワタチツボスミレの茎生葉はタチツボスミレに似た円状心臓形で、最上位のものでも心臓形をしている(浜 1975b)。
・スワタチツボスミレはエゾノタチツボスミレのように茎が立ち上がって花を咲かせる(いがり 2004a)。茎は叢生して立ち上がる(今井, 伊東 2004)。この個体は立ち上がらないで、中心から横に4方向へ茎を伸ばして生長する。
・コタチツボスミレは開花期に地表を横走する。コタチツボスミレとの交雑を考慮するに当たり、採取地にはコタチツボスミレの分布は無く、本株の葉の大きさを考慮すると交雑の可能性は無いものと考えられる。
・托葉が櫛の歯状に切れ込むのはタチツボスミレと同じだが、エゾノタチツボスミレはふちに細かい毛が生えている(いがり 2004b)。エゾノタチツボスミレは櫛型状の托葉に短毛が見られるが、この個体は線状で深裂し短毛が見られない。
・この個体は地上茎の節間は短く、タチツボスミレと同様である。
タチツボスミレとの交雑種(スワタチツボスミレ)であるとはっきり断言できないものの、全体の形状や印象も考え合わせるとエゾノタチツボスミレとは考えられない要素がある。
仮にエゾノタチやスワタチであるとしても、開花期に横走して生長することを考慮するとどちらにも当てはまらず、かといって、タチツボであるなら花冠の花柱上部の突起毛と距裏の張り合わせたようなすじがタチツボに当てはめることは断じてできない。花は生殖器官であり、種を決定するに重要な器官である。
スワタチツボスミレのさく果はほとんど不稔である(浜 1975b)。多くの雑種個体は不稔の性質をもつ中、この個体は有稔である。比較的近い種同志の交雑、あるいは雑種個体寿命が長いほど有捻になる事例(アスマスミレ、ウンゼンスミレ、ヘイリンジスミレ4倍体、サガシオスミレ、ヒラツカスミレ、スワキクバスミレ、オクタマスミレ、春らんまんスミレ等)があることも考慮し、この個体はエゾノタチツボスミレと考えるのが妥当であるといえなくもない。ただ、横走して生長するのが変わっているということである。
ということで、新たな知見による明確な回答が得られるまでは結論を先送りにし、今後の経過観察に注視したい。地上を横走する性質をもつこの株は2011年に初めてこの観察地(関東地方標高1000m以上)で発見し、2015年にこの地で別個体を発見したが、数か月後に訪れたとき見失ってしまい観察することができなかった。来年、再発見できることを祈る。
次回はエゾノタチによく似ているスミレ(国内・国外)について述べたい。6年前より、エゾノタチツボスミレに似たスミレを観察し、考えていた(最近の植田博士の知見を知り、勇気がでたので)ことを報告します。研究員Aより
参考文献:
いがり まさし ( 2004a) 増補改訂日本のスミレ. 山と渓谷社 P.202
いがり まさし (2004b) 増補改訂日本のスミレ. 山と渓谷社 P. 91
いがり まさし( 2004c) 増補改訂日本のスミレ. 山と渓谷社 P.88
今井 建樹, 伊東 昭介 (2004) 信州のスミレ. ほおずき書籍 P.154
浜 栄助(2002a) 増補 原色日本のスミレ P.69
浜 栄助(2002b) 増補 原色日本のスミレ P.81
この場所のタチツボスミレは何故か匍匐性が強く,その為ここのスワタチツボスミレは,一般的に言われる立性のスワタチツボスミレとは違う形態になったのかもしれません。
但し,今回見られたものは種を作っているので雑種ではない可能性が高いです。研究員B
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